幼女は奴隷を解放する②
ドルンの街は今日も賑やかであった。出店の前を客が通り、貴族は自分の奴隷に荷物を持たせている。そんなドルンの街は大きく分けると四つの区域がある。
A地区。街の東側で、ここには冒険者の館ギルドがある。その他には冒険者が装備を整えるための武器、防具屋なんかが揃っている地区だ。
B地区。街の南側で、ここには一般人が買い物をするような出店などがある。日用品や食料を買うための地区だ。
C地区。街の西側で、ここには奴隷売買の店があり、その他にも馬車や荷車など、商人達が使う小屋が多く並んでいる。この街を納めている領主の館も、このC地区にある。
D地区。街の北側で、ここには貴族達が住んでいる。
現在C地区に、フィーネ、リリアラ、ミオの三人が作戦のために来ていた。
「本当にこんな作戦で大丈夫かな……」
リリアラが不安そうにそう言った。
「面白そうじゃねーか。私は好きだな。こういう作戦。ミオだってそうだろ?」
と、フィーネはご機嫌な様子だった。
「そうですね。少なくとも私はこの街で拒絶反応持ちという体にされた訳ですから、この作戦を遂行する事にやぶさかではありません」
二人の一歩後ろを歩くミオも、気合十分であった。
そんなミオは肩に槍を担いでいる。木で出来た柄の先端に、尖った石をはめ込んだ石槍だ。フレイムウルフと一緒に暮らすミオは魔物に襲われた時、もうナナに頼ることは出来ない。それをかなり心配しているユリスがナナに言って作らせたのがこの石槍であり、ミオもまた、この石槍をその日から大事そうに抱えていた。
「んじゃ行ってくるから、二人はここで待っててくれよ」
そう言ってフィーネは一人で「奴隷売買」と書かれた看板の店へと入っていった。
「いや~、この中に入るのも一ヶ月ぶりだな~」
「あん? なんだこのガキ」
ポケットの手を突っ込んで周りを見渡すフィーネを、いぶかしげな顔で店主は見つめる。
「ここにいる奴隷は全部もらっていく。怪我したくなきゃ引っ込んでな!」
キラリと八重歯を光らせながら、不敵な笑みでフィーネは言った。もちろん、店主はそんな言葉に耳を貸すはずはない。手を伸ばしてフィーネをつまみ出そうとした。だが、
――バキィ!!
ポケットに手を突っ込んだまま、フィーネは目の前のテーブルを蹴り上げた。鋭い蹴りでテーブルは亀裂が入り、落下して床に落ちるとそのまま割れる。
――「謎の首謀者大作戦。それは、ナナちゃんの存在を隠すための作戦です。ナナちゃんが暴れる事が出来ない以上、申し訳ないですがみんなが暴れて奴隷を救い出して下さい。はっきり言って私達には法律をどうこうできるだけの力も知識もありません。ですから、もはや強引に奴隷のみなさんを奪い去るしかないんです。そして、みなさんにはこれまでの修行でそれを可能に出来るだけの力がある! 誰かが背後にいるような雰囲気を漂わせて、命令に従う素振りでドルンの街の奴隷を根こそぎ奪っちゃいましょう。大丈夫です。背後に誰がいるのかが分からなければ、相手も深追いは出来ません♪」
それがユリスの作戦だった。
なんともガバガバな作戦である。が、そんな事は誰もが分かっている。それでも実行するだけの意味があるとフィーネは考えていた。
人を人と認めない街。
平気で人に暴力を振るえる街。
これが決め事だと、誰も助けてくれない街……
――そんな頭のおかしい街なんて、頭のおかしい作戦で十分だ!!
だから三人は実行する決意をしたのだ。
店主はフィーネの態度に驚き、声を上げた。
「お、おい! 営業妨害だ! このガキをつまみ出せ!」
その大声に、店の奥から二人の冒険者が出てきた。護衛の仕事なのだろう。先頭の冒険者がフィーネを捕まえようと両腕を広げて襲い掛かって来た。フィーネはその腕に掴まれる直前にピョンと跳び跳ねると、軽々と冒険者の頭上を飛び越えて、そのまま冒険者の後頭部に蹴りをかました。
「ぐほっ!?」
冒険者は棚に突っ込んで、振ってきた小物と一緒に伸びてしまった。
「こ、こいつぅ!!」
もう一人の冒険者が拳を握り、フィーネに振るってきた。
フィーネはその拳を防ぎ、流し、華麗に捌く。近接戦闘は完全にフィーネの方が上であった。
冒険者がバランスを崩した瞬間、一気にその腹へ拳を叩きこむ!
「がはっ!?」
その場に倒れ込んだ冒険者は立ち上がれそうになかった。
「へっ! レベルの低い野郎は引っ込んでな!」
ダン! と、床に大きくその脚を踏み込み音を鳴らすと、店主はビビって外へ逃げていく。
フィーネは完全にノリノリであった。
そのテンションのまま廊下へ出て、奴隷が閉じ込められている扉を全力で蹴破る。フィーネも一か月前にはここにいたのだ。部屋の位置は把握している。
中には男女五人の子供達がいて、フィーネは説明を始めた。決して強制ではない。けれど、出来るだけ正確に奴隷として売られた後の悲惨な状況を教えていく。
けれど説明する必要もないほど、子供達は奴隷としての立場を嫌がっていた。難なく五人の子供達を連れたまま外へ出て、ミオ、リリアラと合流を果たす。
リリアラに二人、ミオに三人子供達を預け、フィーネ達は散開する。
「あいつだ! あのガキがウチの店の奴隷をさらっていきやがったんだ!!」
逃げた店主が近くにいたであろう冒険者を連れて戻ってきた。顔を真っ赤にしてフィーネを指差している。
――「フィーネちゃんの役割は冒険者を引き付ける事です。この中で一番レベルが高いのがフィーネちゃんですから、他の二人が動きやすいように思い切り暴れて下さい。……けど殺しちゃダメですよ?」
フィーネは周りもを見渡す。一般人が何事かと野次馬根性で集まる中で、冒険者が三人こちらへ向かって歩いて来る。
「へへっ、私にぴったりの任務じゃねーか……さぁ祭りの始まりだ!! ぶっ飛ばされてぇ奴からかかってきな!!」
思い切り地面に踏み込みを入れ、構えを取る。古くなったコンクリートが割れ、周りに亀裂が走ると、冒険者は戸惑い動きが鈍るのがわかった。
三人とも自分よりもレベルは低い。そう感じながら、フィーネの闘いが始まるのだった。
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「大変ですギルド長!!」
一人の冒険者がノックもせずに転がり込んで来た。
ギルド長と呼ばれた初老の男性は、書類にハンコを押す手を止めてため息を吐いた。
「どうした、騒々しい」
「現在C地区にて奴隷泥棒が現れました! すでに数名の冒険者が戦闘不能とされており、そのレベル、推定で200以上かと!!」
バン! と、机を叩き勢いよく立ち上がるギルド長。
その表情は怒りの色が見て取れた。
「な、なんだと!? どこかの賊か!? それともギルドランク一級の冒険者か!?」
「そ、それが、盗賊でも冒険者でもありません……相手は年端も行かぬ女の子です!!」
「は、はあああ!?」
さすがに意表を突かれたギルド長から間抜けな声が漏れた。
と、その時。
「失礼しますギルド長! 大至急応援を送ってください!」
「今度は何事だ!!」
後から駆け込んで来た冒険者に声を荒げて、ギルド長は説明を求めた。
「す、すみません! 現在B地区、出店の近くで奴隷を引きつれた奴隷泥棒を確認! 冒険者数名が取り押さえようと善処するも、全く捕まえられません!」
「な、なにぃ!? おい、そいつの特徴を言え!」
「は、はい! 信じられないかと思いますが幼女です! 炎の魔法を使う幼女によって、何人かが負傷している模様! 推定レベルはおよそ150以上かと……」
唖然とする。ギルド長は言葉を失っていた。
こんな偶然があるのだろうか。同じ日に二ヵ所。しかも同じような子供の泥棒が出没したのだ。
さらにそこへ……
「緊急要請、緊急要請! ギルド長、大至急応援をお願いします!」
「またか!? 次はなんだ!?」
「はっ! D地区にて石の槍を所有した女の子が冒険者を攻撃! 大怪我は出ていませんが、一撃で気絶させられている事からかなりの手練れだと思われます! 現在奴隷を数名連れてA地区へ逃亡中!!」
「……」
頭を抱える。このドルンの街にいる冒険者はランクが高い。バルバラン大陸の魔物が強い事から、この街のギルドにはレベルの高い冒険者が集まるのだ。
しかし、それが今はどうだろう。名前も知らない女の子に手が足りなくなっている。どうやら全員が奴隷を集めているようだが、そんな事をして何になるのか理解できなかった。
誰かの命令で動いているようにも思えるが、たったこれだけの人数でこの街を敵に回すなど常軌を逸している。しかし、今は相手に振り回されているのもまた事実。
「なんなんだ。一体この街で、何が起きている!?」
うろたえる三人の冒険者の前で、ギルド長もまた混乱していた。しかし、いつまでも考え込んでいる訳にもいかない。ギルド長は即座に冷静さを取り戻し、指示を出す。
「C地区には一番レベルの高い者を向かわせろ。B地区には二番目の者だ! その二人にバランスが丁度良くなるようにパーティを組ませろ。D地区は……残った者を向かわせる。あの地区は貴族と契約しているレベルの高い冒険者が多い。その者達に頑張ってもらうしかないな……」
ギルド長は落ち着いて椅子に座り直す。手を組み、吐き捨てるように言い放った。
「女子供の奴隷泥棒だと? 舐められたものだ。絶対に負けるわけにはいかん!!」
指示を受けた三人が慌ただしく走り去って行くのを、ジッと見守るのであった。
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「おい! 向こうで誰かが暴れているらしいぜ!」
「マジかよ!? 喧嘩? それとも犯罪?」
周囲から驚きと戸惑いの声が聞こえてくる。それだけではない。興味や歓喜の声も混ざり合う。そんな声に耳を傾けながら、一人の少女が屋根の上で猫のようにしゃがみ込んでいた。
「盛り上がってきたッスね~。大混乱ッス」
トトラがいたずらっぽく笑う。
風に流れて聞こえてくる周りの声や音を聞き逃さないように、高い位置からジッと動かない。
――「トトラちゃんは三人の援護をお願いします。四獣をやっていただけに有名人なので、できればこの作戦で目立ってほしくないんです。けど、三人がピンチになった時は即座に駆け付けて助けてあげて下さい。『縮地』が使えるトトラちゃんならそれが可能なはずです」
虎の耳フードを外して、周りの音を拾い集める。
三人にはナナが作った小さな笛を持たせていた。ピンチの時はこの笛を鳴らす事になっている。
「さて、ここからが本番ッスよ。一番初めに私を呼ぶのは誰っスかね~?」
鼻の先端を空に向けて、周りの声を聞きながら、猫のような恰好でジッと待つのであった。




