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幼女の異世界転移録  作者:
奴隷解放編
11/64

幼女は隠れて隠れさせる②

「ナナ、顔色悪くね~か?」


 次の日の朝、ナナは全員を起こして小屋の外に並ばせていた。


「気にしないで。最悪な夢を見ただけだから……」


 ナナがドンヨリと表情を曇らせたままそう言った。


「とにかく、今日からあなた達には修行をして強くなってもらうわ。昨日ユリスから聞いたと思うけど、一応ちゃんと説明しておくわね」


 そうしてナナはこれまでの経緯とこれからの説明を始めた。

 自分が『いびつ持ち』と言われてギルドから危険視されている事。

 そんなお尋ね者状態だからこそ、自由を求めてバルバラン大陸へ来た事。

 そこで奴隷解放を志す事になり、人手がいる事。

 そのためにみんなにはレベル200ほどを目指してもらいたい事など……

 いきなりレベル200という数字に、リリアラとミオが震えていた。しかし……


「ちょっと質問いいか?」


 フィーネが小さく手を挙げていた。


「はいフィーネ。何かしら?」

「ナナはさ、200レベルになるのにどれだけの時間がかかった?」


 そう問われて、ナナはほっべに指を当てて考えた。


「ん~……ここの魔物って魔界で言う中位種族くらいだから……一ヶ月くらいかしら?」

「ふ~ん……なら私も一ヶ月で200レベルを目指すよ」


 その発言に、ナナ意外の全員がギョッとした顔をしていた。


「ま、待って下さい、確かナナちゃんって寝る暇もなく修行していたって言ってました。だからナナちゃんの一ヶ月って普通の人なら半年くらいかかる事なんです!」


 慌ててユリスがそう補足した。


「そうよフィーネ。別に私はいつまでに強くなれなんて期限を設けるつもりはないわ。修行なんて面白いものでもないし、のんびりと自分のペースでやって構わないのよ?」

「まぁ、目標があった方がやる気も出るし。で、具体的にはどんな修行をすればいいんだよ?」


 フィーネが淡々とそう答える。どうやら修行に対してかなり前向きのようだ。


「そうね、みんなそれぞれに課題を与えるわ。まずは……ミオ!」

「は、はい!」


 フィーネとリリアラよりも後方で、木の陰に隠れながらミオは返事をする。

 燃えるような赤髪が特徴的だが、虐待を受けていたせいで人間に対して強い拒絶反応を持っている少女、ミオ。未だに誰にも近寄る事ができないでいた。


「ミオ。あなたの修行は隠れる事よ。私があなたを探すから、全力で隠れなさい。そして、見つかったら全力で逃げる事。どう? シンプルでしょ?」

「うぅ……私を追いかけてくるなんて……」


 ミオがガタガタと震える。そんなミオを見て、ユリスがナナに意見した。


「ミオちゃんに修行はまだ早いんじゃないでしょうか。人間に拒絶反応を起こしているんです。それを治す方が先決じゃないですか?」

「拒絶反応はユリスに任せるわ。けど修行はしてもらう。隠れるすべと逃げ足を鍛えて、さらにレベルを上げて自分に自信をつければ、人間恐怖症みたいな症状も治るかもしれないでしょ?」

「あ、なるほど!」


 ユリスは納得がいったようにポンと手を叩いた。


「まぁ、理由はそれだけじゃないけど……」


 ポツリと誰にも聞こえないくらいの声でナナはそう呟く。そしてミオを見据えて確認を取った。


「ミオ、出来るかしら?」

「は、はい! 私、ナナ様とユリス様に助けてもらったご恩は忘れていません。怖いけど……精一杯励ませてもらいます!!」


 木の影から目だけを覗かせてそう答えていた。

 まぁ今はまだ仕方ないかと思いながら、次はリリアラに向かって修行の内容を伝える。


「リリは長所を伸ばすために、周りの気配を的確に感じられる修行をメインにしするわ。修行中は私を探して追いかける事。昨日みたいに私におぶさろうとすればいいわ」


 それを聞いたリリアラは不思議そうに首を傾げた。


「私、誰かを探すの得意だから、ナナお姉ちゃんだって簡単に見つけられるよ? そんな簡単な修行でいいの?」

「あらそう。ならリリが今、魔物に狙われている事も気付いているのかしら?」

「……え?」


 その瞬間だった。リリアラの足元から突然巨大なミミズが勢いよく飛び出して来た! そして頭に噛みつこうと真上から急降下してくる。その魔物の出現に気が付いて振り返るリリアラの目には、鋭いギザギザの歯が目前まで迫っていた。

 ボグゥ!

 噛みつかれる直前にナナがミミズの魔物を殴り飛ばす! フッ飛ばされた魔物は奇声をあげながら逃げていった。

 その場で立ち尽くすリリアラは、しばらくしてからペタンと尻餅をついた。そのまま放心状態となった彼女に、ナナは近付いて行く。


「あ……あうぅ……」


 ナナが傍に寄ると、必死に手を伸ばして求めてくる。涙目になったリリアラを抱き寄せると、昨日と同じように背中に引っ付いて離れなくなってしまった。よほど怖かったのか、ガタガタと震えてギュッと力強くしがみ付いていた。


「黙っててごめんね。でもね、こんな風に魔物も気配を消して近付いて来るの。リリは元々気配を読むのがうまいけれど、不意を突こうと近付いて来る魔物に気付けないようではまだまだよ。しっかりと訓練してね」


 グシグシと、ナナの背中に顔を押し付ける。頷いているのか涙を拭っているのかよく分からなかった……

 取りあえずナナは、次にフィーネと向かい合う。


「フィーネは私の隙を突いて一撃を与えられるようになる事。いつでもいいわよ」

「お、おう!」


 フィーネの表情が強張る。それがどれだけ難しいかなんて、彼女自身も理解しているのだ。


「……と、言いたいところだけど、はっきり言ってみんな基礎も身に付いていない状態なのよね。だから、まず初めに気配を読む所から始めるわよ。これが出来なきゃ何も始まらないわ」


 そう言って、ビシッとユリスを指差した。


「かくれんぼをするわ。ユリス、てきとうな所に隠れて」

「ふえぇ!?」


 ナナが自分の両手で顔を覆った。突然振られたユリスはその間に、ナナの真後ろにある岩陰に隠れる。


「はい真後ろの岩陰に隠れたわね。もう出てきていいわよ」

「一瞬で見つかってしまいました!?」


 瞬殺だった……


「はいみんな、今のが気配を読むって事よ。具体的にどう判断するのか、わかる人!」


 はい! とフィーネが手を挙げた。


「はいフィーネ!」

「音じゃない? 足音とかで判断する!」

「正解! 相手が動けば小さくとも必ず音が出るわ。それを聞き逃さなければ相手の位置が分かるわね。他にも息遣いとかも手掛かりになるから聞き逃さないでね。じゃあ他に気配を読むのに必要な事が分かる人!」

「あ、私分かっちゃいました。はい!」


 なんとユリスが手を挙げた。


「はいユリス!」

「視線じゃないですか? 視線を感じ取って相手の位置を特定するんです!」

「ぶっぶ~ハズレ~」


 ナナは両手を広げてやれやれ、と首を振った。


「視線で判断するって本の世界じゃあるまいし……私達の目って、別に何かを放出しているわけじゃないからね? もっと理論的に考えてくれる?」

「ガーーーーン!?」


 ユリスが膝を抱えて落ち込んでしまった。

 とりあえず後で慰めるとして、今は話しを進める事にした。


「正解の一つは、リリが得意としている感情を読み取る事よ」

「感情を読むって何ですか!? それこそ理論的におかしいと思うんですけど!?」


 ユリスが突っかかってくる。


「あら、よく隣の人の緊張が移る、とか言うでしょ? 人の感情ってのは空気に漏れるものなのよ。一番わかりやすいのが殺気かしら? 別にリリほど敏感に感じ取れとは言わないけれど、朧気にでも分かるようになれば相手の位置を特定しやすくなるわ。あともう一つ、空気の流れも意識するようにして。モノが動けば空気も動く。風とは別の、明らかに生き物が動いたときの空気の流れを肌で感じるように意識してみて」


 ちょっと、いやかなり難しいと感じたのか、三人は唸り声を上げて眉間にシワを寄せていた。


「まぁ、考えるよりも実際に訓練した方がいいわ。これからしばらくの間は三人でかくれんぼをして気配の何たるかを身に付けてみて。ミオは隠れる役ね。物音を立てず、空気が激しく動かないように滑らかな動きで、かつ感情を押し殺して隠れるのよ。逆にミオを探す二人は音や空気に意識を集中させて探すのよ。きっとミオは怯えているから、恐怖なんかの感情を五感で察する事も忘れないでね」


 するとここで、リリアラが背中にくっついたまま一つの質問を投げかけてきた。


「かくれんぼはわかったの。けど、もう魔物に襲われたりしない……?」


 どうやら先ほどの巨大ミミズにかなり怯えているらしい。


「大丈夫よリリ。私達の小屋を囲むように半径30メートルほどの所に等間隔で木の杭を打ち込んでおいたわ。私が魔物の気配を察知できるのが50メートルほどだから、この木の杭から外に出なければ絶対に魔物には襲われない。襲われる前に私が排除するもの。だから安心して修行に励んでちょうだい」


 リリは小さく頷いて、ナナの背中から降りていく。

 こうして、元奴隷だった三人の修行が始まるのだった。

 一日が過ぎ、二日が過ぎ、三日目に入ったあたりから、三人は少しずつ気配を読む事、消す事のコツを掴む事が出来るようになった。四日目からは気配を感じる修行と並行して、ついに格闘術の修行に入った。とは言え、ナナが教えるような事は何もない。とにかく近接戦闘を繰り返し、自分で自分の得意な型を見つけ出していく。そういうスタイルだった。ナナも魔界で修行をしていた時にはこういうやり方であったため、それ以上の教え方は出来ないのであった。

 修行以外にも食事を取る方法も学ばせた。一日に三食、必ずみんなで材料を調達しに行き、森の中で食べられる植物、木の実、魚、魔物の肉など、バランスよく食べる事を学ばせる。この他にも、小屋の隣に畑を作り、ドルンの街で買った野菜の種で栽培を始めるのだった。

 三人が修行を行っている間、ナナは建築の方を進めていた。一日一軒、二階建てで三人分の小部屋が用意されている小屋で、奴隷解放の時のために今から少しずつ建設していた。屋根裏部屋と地下倉庫もセットで作り、少しでも隠れられる箇所を増やして気配の修行に役立てようともしていた。

 ちなみに、ユリスはその間ずっと魔法のお勉強をしていたが、流石に飽きたようで、裁縫を始めて作れそうなものは自分で作るようになった。


 修行を始めて一週間が経過した。この頃から少しずつではあるが、それぞれの特徴が見えてくるようになる。

 茶髪でショートヘア。親に二度売られた所を助けられた事で密かに忠誠を誓っているフィーネは、誰よりも真剣に修行を行っていた。攻撃、防御、速さ、どれも均等に伸びて苦手なステータスが無い彼女は、安定した強さを身に付けていった。強いて弱いところを挙げるのなら、少々頭が弱いところだろうか? 細かい作戦なんかは性に合わないらしい。


 クリーム色のショートボブが特徴的なリリアラは、どうやら近接戦闘は苦手らしい。とはいえ彼女には、それを補うだけの気配を読み取る能力があった。さらにはユリスが火を起こすための炎の魔法を教えるにあたり、一番上手に扱う事ができたため、修行の内容は近接戦闘から魔法の修行へとシフトチェンジしていく事になった。

 メンバーの中で最年少かつ、ナナにべったりな甘えん坊であるリリアラが、この生活に着いてこれるかが一番の不安材料であった。けれど彼女は彼女なりのペースで着実に成長していき、むしろフィーネに次ぐほどに修行に前向きな姿勢を見せていた。


 ナナにとってリリアラが一番心配だったと言うのなら、一番危険視しているのが人間恐怖症のミオだと言えた。どんなことが危険かと言えば、それは色々ある訳だが、この一週間で体に染みついた人間に対する拒絶反応を消す事は出来なかった。だが、それを逆に利用して徹底的に逃げる事を教え込んだ結果、彼女はリリアラでさえ見つけることが出来ないほどに気配を消す術を身に付け、その脚の速さは目まぐるしい成長を見せていた。


「ねぇユリス」

「どうしたんですかナナちゃん」


 こうして、今日も今日とて各々が修行に励む姿を小屋の二階から眺めながらナナは思った。


「あの子達、朝から晩までずっと修行してるわよね」

「そうですねぇ。みんな熱心ですよねぇ♪」


 ユリスが服を編みながらそう答えた。


「他にやる事がないとは言え、嫌にならないのかしら? 私、魔界で修行してた時は毎日が面倒くさかったけど」

「きっと、早くナナちゃんの力になりたいって思ってるんですよ」

「私の?」


 よく意味が分からないという風に、ナナは顔をしかめていた。


「気付いてないんですか? みんなナナちゃんの事を凄く慕っているんですよ? 早く認めてもらいたいって思っているはずです。特にフィーネちゃんが」

「フィーネが? リリじゃなくて?」


 全くと言っていいほど理解していないナナに、ユリスはジト目のまま続けた。


「……フィーネちゃんはナナちゃんの事、すっごい意識してますよ? 一ヶ月でレベル200になるって目標も本気みたいですし」

「それはただの負けず嫌いだからじゃない?」

「……ナナちゃんってコールドリーディングが使える割に、そういうとこニブいですよね……」


 こうして、修行を始めて二週間が経過しようとしていた。この時点でフィーネのレベルは推定100。順調、というよりもハイペースな勢いであった。

 しかし、ついに不穏な影が動き始める。


 ――バルバラン大陸船着き場。


「よ~やく到着したかぁ……ここに『いびつ持ち』の召喚獣がいるんだろ? ったくよぉ、面倒な大陸に逃げ込んだよなぁ」


 髪の毛がツンツンと尖り、ついでにその目も釣り上がってる青年が言った。


「話によると、ここの魔物さえも瞬殺するほどの強さらしい。油断はできん」


 スキンヘッドのいかつい男が言った。その身長は2メートルを超えている。


「けどま、僕たちが力を合せれば勝てない敵はいないけどね。けど、四獣が集まるなんて武術大会以来だよねぇ」


 遠くから見ると男か女か分からないほど、長い髪をなびかせた青年が言った。


「そんな事はどうでもいい……」


 背の低い少女がいそいそと歩き出した。その声は幼く、たどたどしい。


「お、おい白虎! 勝手に行くなって!」


 三人はその少女の後を追う。獣耳フードを被り、ポケットに手を突っ込んで前を歩く少女は、ギラギラとその眼光を光らせていた。


「私は……強い奴と戦えればそれでいい!」


 今、このバルバラン大陸で波乱が巻き起ころうとしていた……

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