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お姉ちゃんは帰ってこない

「話は聞いたぞ、啓太。ついにお姉ちゃんを襲ってしまったんだってな」


 仕事から帰ってきた父親は開口一番、リビングで簀巻きにされている僕を見てそういった。

 あの後、部屋に閉じ込められていた僕は、なんとかお姉ちゃんに化けているヤツの正体を暴こうと、自室の窓からお姉ちゃんの部屋へと侵入しようとして、母親にバレて簀巻きにされていた。


「そうなのよ、お父さん。なんとか言ってあげて」


 そうして、家族会議がはじまった。母さんとお姉ちゃんの身体に入った誰かの三人が簀巻きにされた僕を囲んだ。


「父さん母さん、落ち着いて聞いてくれ。こいつはお姉ちゃんじゃないんだよ!」

「お姉ちゃんじゃないから、襲ったってオッケー♪ なんて理論を持ち出すなんて……」


 父さんの歪んだ解釈に、なるほどその手があったか、と感心してしまった。今度使おう。

 

 思わずお姉ちゃんの身体に目を向けると、ヤツと目が合った。ヤツは、僕と目が合うとびくっと身体を震わせた。


「お父さん、お母さん……私、ケータくんが怖い……」


 お姉ちゃんに化けたそいつは、両親にすがってそんなことを言った。だが、バカめ。お姉ちゃんはそんな風には絶対にしゃべらない!


「二人とも、よく考えてよ! お姉ちゃんは母さんのことは『マミー』父さんのことは『ちゃん』って呼ぶはずだろ! 『お母さん・お父さん』なんておかしいだろ!?」

「いいかい、啓太。パパはな、お姉ちゃんに『キモい』って言われなかったら呼び方なんてなんだっていいんだよ」

「お母さんは、お姉ちゃんにずっと『お母さん』って読んで欲しかったわ」


 くそ、ダメだこの親! 自分の都合の良いようにしか現実を捉えない!


「でも、パパは最近思うんだ。もしかしたら、啓太がこうなってしまったのはパパやママのせいかもしれないって」

「私を巻き込むのはやめて欲しいけど、わけを聞きましょうか」

「きっと、啓太に他の兄弟を作ってやらなかったのがいけなかったんだ。だからお姉ちゃんだけに愛情がいってしまうことになったんだ」

「なるほど、それは一理あるかも知れないわね」

「というわけで、母さん。今から啓太に妹を作ってあげよう☆」

「あらあらもう、父さんったら」


 そこで家族会議は終了となった。

 子どもたち二人の前で早くもいちゃつきはじめた二人は、もどかしそうに僕を簀巻きにしたまま自分の部屋へと放り込んだ。


「お姉ちゃんには当分の間、接近禁止! もしも近づいたら、三日三晩ご飯抜きよ」


 去り際に母親にそう釘をさされてしまった。

 三日三晩のご飯抜き。これは僕にとって非常に厳しい罰である。


 お姉ちゃんが大好きな僕は、お姉ちゃんと可能な限り同じ物質で身体を構成したくて、お姉ちゃんと同じご飯を同じ量食べるようにしている。

 お姉ちゃんが外で何かを口にしたら、同じ物を買って食べる。

 お姉ちゃんが修学旅行で出掛けたときは、さすがについて行くことが出来なかったので、お姉ちゃんがSNSに上げた写真や様々な方法で食べたものを全て調べ、同じ料理を再現して食べた。

 

 そんな僕にとって、三日三晩お姉ちゃんが食べているものを食べれないのは非常に厳しい罰なのだ。

 だがしかし、今はお姉ちゃんがどうなったのかを確かめなくてはいけない。


 自室の床で簀巻きにされたまま、絨毯代わりに敷いているお姉ちゃんの古着のパーカーに顔を埋めて僕は考えた。

 こうしてお姉ちゃんの匂いに包まれていると安心して眠気がやってくる。

 僕は眠りへと落ちていった。



 三時間後、唐突に降ってきた天啓により僕は目覚めた。

 頭に載っていたお姉ちゃんの古いパンツを丁寧に畳んで、僕は飛び起きた。

 

「どうも〜、おはようございます」

 

 ビデオカメラを回して、僕はレンズを自分へと向ける。


「これから、お姉ちゃんに寝起きどっきりを行いたいと思います」

 

 寝起きどっきりなら、お姉ちゃんに接近する真っ当な理由になる……それが眠っていた僕に降ってきた天啓だ。

 寝起きのお姉ちゃんはまさしく天使だ。

 万物に対する免罪符だ。

 その姿をビデオに収めるという理由であれば、たとえ裁判所の接近禁止命令だろうと無効化される。いわんや母親をや。



 お姉ちゃんの部屋の鍵を十円玉でそっと外す。

 僕らの部屋には標準装備で鍵がついている。別に僕の侵入を拒むために両親が設置した、とかいうわけではないことを補足しておく。


 ここから先は、隠密行動が鍵になる。気づかれたら負けだ。

 気づかれないようにそっと、大人しく振る舞わねばならない。 

 そーっとドアを開いてお姉ちゃんの部屋へと足を踏み入れる。

 ふわり、とお姉ちゃんの匂いが僕の前身を包み込んだ。お姉ちゃんの強い匂いが鼻腔から粘膜を通して僕の嗅覚神経を焼き尽くす。


「ファー!!」

「な、なにしてるんですか!?」


 うっかり歓喜の舞を踊ってしまい、相手に気づかれた。


「ち、近づかないように言われてたはずじゃ、お、お、おか——」


 騒がれる前にお姉ちゃんの口をボールギャグで塞ぐ。 


「!“#$%!”#$@*〜〜〜!!」


 お姉ちゃんの身体に入った誰かは涙目でこちらを見るけれど、これでもう安心だ。


「ねぇ、僕のお姉ちゃんはどこ?」

「#$%!”#$」

「なにいってるのかわからないよ?」

「#$%!”#$〜〜!!」

「今から、それを外してあげる……けど、騒いだり僕の質問に答えなかったら……わかるね?」


 そういって僕はお姉ちゃんのパジャマのボタンに指先を当てた。

 僕の言葉に、相手はコクコクと頷く。

 ゆっくりとボールギャグを外す。ごほごほとお姉ちゃんの姿をした何者かがむせて、唾液がべとっと床にこぼれた。


「お姉ちゃん……って呼ぶのもイヤだけど、お姉ちゃんの肉体に対して『おまえ』って呼ぶのもイヤだから聞くけど、おまえは誰?」

「わ、わ……わたしは、ナッツです」

「ナッツ……ナッツはどうして、お姉ちゃんの身体に入っているの?」


 僕はナッツ、と名乗った相手に尋ねた。

 ナッツは、かなり迷ったようだったが、僕がパジャマのボタンに手をかけるとあきらめたように口を開いた。


「わ、わたしは、異世界からやってきました」

「は?」

「あなたのお姉さん……夏美さんは、異世界で勇者として戦っています」

「は?」


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