29話 決戦
屋敷があった場所に突如現れた『土の球体』。
土の球体はピシピシ、とヒビが入り割れると、その中からテッドとローシャン、それと3人の魔法使いが現れた。
テッドが青筋に埋め尽くされんばかりの表情で怒りを隠す様子もなく、その手をタツへと向けている。
「……やってくれるなぁ……穢れの魔法使いがぁ……ええ?」
タツは手を向け、再度糞グニルを放とうとする……だが、糞は出ない。
そんなタツの様子を見て、テッドはニヤリと口を歪ませて叫んだ。
「今だ魔法使い共ぉっ!
穢れの魔法使いを討てぇぇぇえっ!!」
テッドの言葉をキッカケに、すぐに一人の魔法使いが鳥のような速度で飛行するようにタツの50m程の距離まで詰め、そして、アッパーカットのように腕を振り上げた。
その腕から風の魔法が放たれ、砂塵を巻き起こしながら風の刃がタツに迫る。
その速さはタツは回避がギリギリできるかできないかのように思われた。
――瞬間。
タツの目の前に火柱が上がる。
風の刃は火柱に阻まれ、タツに到達する事は無かった。
「……そこのアナタ………タツ様に…私のタツ様に何をしたの? ねぇ…何をしたのよ?」
テッサである。
「あぁ……ダメ。
私、アナタ殺すわ?
ええ。殺すの。
いつ? すぐに。今すぐに。」
テッサである。
「燃え尽きなさいっ! このクソ野郎がぁぁっ!!」
テッサだよね?
風の魔法使いはテッサの突如として始まった苛烈な攻めの応戦に追われ、場を離れざるをえなかった、相手の逃げをテッサは許さずに追撃を加え続けている。
一瞬
『誰?』
と思ってしまったタツには隙が生まれていた。
その隙をテッド側の火の魔法使いが逃すはずが無かった。
タツに火の矢が迫る。
――が、その火の矢は突風により狙い通りに進む事は無かった。
「私の旦那様に何するのよっ!! きぃいーーっ!!」
ティファーニアである。
風の矢らしきものを火の魔法使いに連発でお返ししている。
「ちょ、ちょ、お、王女様っ! ああああ!」
アーロンである。
慌てながらも防御が疎かになっているティファーニアの防御に専念している。
火の魔法使いもティファーニアに応戦せざるをえず、その場を離れ、ティファーニアも感情の赴くままにそれを追い、アーロンは慌てながらフォローするのであった。
ここまでくると、もう一人が自分を狙っている事は分かり切っているので注意を払う。
すると、レスターが既にその魔法使いに切りかかり応戦していた。
「はっはっはーっ! 親友は狙わせねぇぜ!
この装備のおかげで、お前らともガッツリ戦えるようになったんだからなぁっ!
これまでの恨み! お前で晴らさせてもらうぜっ! オラァ死ねやぁああっ!!」
レスターが装備しているのは欠片ではない魔鉱石搭載武具フル装備バージョンである。
鎧内部は水魔法の効果による耐ショック性を持ち、具足は風魔法で機動力が増し、土魔法で盾の強度を強化、火魔法で武具の攻撃力を上げている。
とはいえ一騎当千の魔法使いと対峙するには、まだ厳しいものがあるだろうが、レスターとて修羅場を潜り抜けてきている人間であり、そんなレスターが善戦できると判断したのだから、時間は稼げるはずだ。相手にしている魔法使いは水魔法を撃ち出し応戦し、レスターは隙を伺っている。
目をテッドに戻すが、これまでの魔法使いの中に土の魔法がいない。
となると土の球体は一体誰が作り出した?
そう思った瞬間、土の矢が飛んでくる。
だが、その土の矢は同じような土の矢で撃ち落とされた。
「ローシャンよ……ここまで愚かだとは思っていなかった。
……せめてもの情けに、すぐに亡き父の下に送ってやろう。」
「ケヒッ! その言葉……そっくりそのまま返すぞルイスゥウゥゥウっ!!」
ルイスとローシャン。土魔法の戦いが始まる。
二人が戦いを始め、その場を離れた時、強烈な殺気を感じテッドに目を移すと、テッドから土の矢が放たれていた。
矢が迫るその時、タツの目の前に女が立ち、自らの身体をもって矢を防ぐ肉の壁になろうとした。
タツは慌てて女を抱きかかえて横に飛ぶと、それまで立っていた場所に土の矢が、ザスザスザスっと音を立てながら刺さる。
「外したか……このネズミ風情が!」
どうやらあの球体を作ったのはテッドだったようだ。
ルイスから取り返した魔鉱石を大量に身に着け、ギラギラと光らせている。
その様子からテッドが強力な土魔法を使える状態になっている事が見て取れた。
「ふんっ! 今すぐに殺してやるからな!」
テッドはしっかりと手をかざしており、ウンコの能力は封じられ反撃の機会が無い。
テッドはこのチャンスを逃がすまいと土の矢を放つ。
マズイと感じ、懐から魔鉱石を取り出し、抱えている女へと渡す。
「申し訳ないが助けを借りていいかっ!」
「もちろんですご主人様っ!
今のままでは肉の壁となるくらいしかできませんでしたからっ!」
テッサとティファーニアのキレっぷりに一役買っている女。
できれば頼りたくはなかったが……そうもいかないようだ。
かつてこの街で自分を馬鹿にした魔法使いの女。ジュリ・ヘラ。
ルイスと協力関係を結んだ時
『きちんと教育し直し、タツ殿の素晴らしさを教え込んだから大丈夫。』
と、とりあえずのお詫びの印として渡された女。
顔を合わせてすぐに土下座を繰り出し
「その節は見の程も弁えず、崇高なる御主人様に対して甚だ無礼な振る舞いをし申し訳ございませんでした。
私は、御主人様について教えられ改心致しました。
こんな足りぬ頭を持っている女では、ご主人様のお傍に控える事も厚かましい限りですが、どうぞお許し頂けるのであれば、私を手足としてお使いください。
……もしお望み頂けるのであれば、この体も自由にお使い頂ければ嬉しい限りでございます。
まだ新品ですのでご主人様に染められとうございます。」
と、とんでもない事を言い出した女だ。
何をどうやったらこうなるのかはわからないが、有り得ない変わりようにルイスを問い詰めると、
『タツ殿の貴重さ等をしっかり教え込んだだけですよ。』
と、はぐらかされた。
だが、さっきの危機に対して体を張ったことからも言葉に嘘は無いと感じ、賭けてみる事にし、ルイスから預かっていたジュリの持ち物である魔鉱石を渡したのだ。
魔鉱石を受け取ったジュリは、涙と涎を垂らさんばかりの表情に変わっている
「あぁあぁああっ!
ご主人様が私を信頼してくれているぅぅぅっ!
ウレシィノォォ! ハァハァハァ」
変態である。
「ご主人様に認められたぁああ私はぁ……絶対にぃっ! 負けなァいっ!」
言葉を放つと同時にジュリが地面を叩く。
すると、タツとジュリの前には強靭な石のような壁が出現し、土の矢を防ぐ。
「ゴミが小賢しいマネをっ!」
「無礼者がぁっ!
ご主人様に対してそんな口をきく事は許されナァァアイっ!」
自身が作り出した石の壁を怒りのままにジュリが平手打ちすると、そこから土の矢が連続で放たれテッドに迫る。
「ぬぅぅううっ!」
テッドも土の壁を作り防ぐ。
「御主人様ぁ! 厚かましいお願いですが、私をどうか褒めてくださいまし!
そうしたらもっと力が出せる気がするんですぅっ!」
「……あ。……はい。
ジュリのおかげで助かってます。
……有難う。」
「あはぁぁあひゃああぁあぁあんっ!!」
平手を石の壁に連打し、雨のようにテッドの壁に矢が降りそそいでいく。
その様子をどこか他人事のように見ていてタツは思う。
変態だ。
間違いなく変態だ。
……変態であるが
有能である。
困った。
とはいえ、これで互角の戦いに持ちこめる。
ジュリが攻撃と防御をしてくれている事もあり、他の戦っている仲間に目をやる。
ティファーニアはアーロンが一緒にいるから問題ない。
ルイスも押し気味に戦っているように見える。
……だが、テッサは苛烈に押しているが、どうにも後先を考えていないような攻撃に思えてならない。
スタミナ切れになったら一気にやられてしまうかもしれない。
レスターは魔法使いではないから、不利な状況は続いている。
テッサとレスターは長引けば不利。
ならば速攻勝負をつける必要がある。
だが、自分の手からウンコは出ない。
ふと思う。
……ウンコは《・》出ない。
ピンとくるものがあり、試すと手から風が吹き、すぐさまテッドに手を向け最大出力で放ち始める。
「我が能力の前では無駄だというのが分からんのかっ!」
テッドは攻撃で矢を放ちながらも手をかざし能力を防いでいる。
だが、テッドの言葉に耳を貸すことなく手を向け続ける。
「ふんっ!
低能な者の考える事はわから………むっ!? 突風!?
ぐぁっ! くっ臭い! ナンダコレは!」
「ウンコは出せなくてもねぇ……オマケは出せるんですよっ!
それと私もね、攻撃まではいかないけど、ちょっとだけ魔法が使えるようになったんです!
ジュリ! 私達の前に壁を作れっ!」
「はいっ! ご主人様ぁっ!」
目の前に新たな壁が生まれ。
タツはその壁の先に、灯火をイメージする。
「くらえテッドォっ!」
指を鳴らすと、壁の向こうに小さな火が生まれた。
――その瞬間。
タツが放っていたメタンガスに引火し、大爆発が起きた。
その轟音は凄まじく、これまで戦っていた者達は、強烈な音と光にその手を止め、爆発に目を向ける。
その視線の中心にはテッド王子が、爆発の衝撃でフラフラになりながら揺らめいている姿があった。
そして、その手は両手とも下がっていた。
静寂の中、タツの叫ぶ声が響く
「糞動拳っ!」




