23話 相談
『穢れの魔法使いタツの許しを請いたい。』
『穢れの魔法使いタツを差し出せ』
2つの書面に目を通しながらタツは首を捻る。
「どういうことなんでしょう?」
比較的小さなテーブルを挟んで対面に腰掛けているセグイン国王ダスティン・ルーク・セグインに問い掛ける。
「ふむ。とりあえず何をおいても私が言うべきことがあるから先に伝えておくぞ。
我が国は、タツ殿を守り他国が手を出すというのならば国をもって戦う。」
大きなテーブルを挟んでいるが、その視線から国王の気迫が伝わってくる。
『自分を守る』と言われているのだが、あまりの迫力に思わず息を飲む。
「……有難うございます」
「なんせ……ようやく孫の顔が見れるようになるかもしれんのだからな。」
さっきまでの気迫が一瞬にして消え、ニヤリと意地悪く微笑む国王。
余りの変化に呆気にとられた後、恥ずかしさとバツの悪さから国王から目を逸らす。
どうやらティファーニアから国王へは色々《・・》な報告が行っているようだ。
「……というわけで、セグインとしては『穢れの魔法使いタツを差し出せ』という提案に対して、なんらかの実力行使があった場合は、こちらも実力行使を持って対応する。
タツ殿のおかげで、今や防衛に徹するどころではない国力を得ているからな。」
国王の言葉の通り、現在のセグインの国力は半年前とは比べようも無いほどに増大している。
国王からティファーニアを押されるようになった頃に、もしデオダードか隣のビスワスが攻めて来ていたとしたら、タツが手を貸さなければ間違いなく敗戦国となっていただろうと推測できたが、今のセグインにおいてはタツの協力が無くても一方的な『負け』は有り得ない。
そう言い切る自信は、セグインに深く関わるようになり、国王や参議達からセグインの防衛特区の秘密を教えてもらった事が大きい。
そしてこの防衛特区の秘密は、これまでのタツのアウローラの常識を崩すには十分な秘密だった。
まず崩れた常識が何かについては、そもそもの話として世間一般に伝わっている
『1000人に1人程度の割合で魔法使いが存在する。』
という常識。
この『理解』が、完全に正しくなかった。
正しくは
『1000人に1人程度が魔鉱石を有し、魔法使いとしての特訓を受ける事が出来る。』
だ。
『魔法使い』というのは魔法を発動する際に必ず『触媒』が必要となる。
そして、その触媒として適しているのがセグインから産出される『魔鉱石』だったのだ。
つまり『魔法使い』には『魔鉱石』が必須。
魔鉱石があっても魔法を使えない場合もあるが、逆にいえば、魔鉱石さえ持っていれば魔法使いになれる可能性があるのだ。
そしてこの事実は、王族や魔法使い達といった特権階級が自分達の威光を保つ為に機密とされ、世間に漏れないよう厳重に扱われていた。
そしてセグインの国が貧しかった事も『魔鉱石』が採れるという事が原因の一つとなっている。
なぜ貧しくなるかといえば、要は周辺国から生かさず殺さず『魔鉱石』を採取し続けるように仕組まれていたのだ。
セグインの周辺国といっても、北には山脈があり、そこには大型モンスターが根城を構えていて、山脈を越えた先の国を周辺国というには御幣がある為、セグインの西と南方に広がるビスワス王国。東方の砂漠を超えた先のデオダード王国の2カ国
地理の関係から、主にビスワスが自国とするには厳しい荒野の土地であるセグインを搾取対象としていたのだが、その微妙なバランスはデオダードの侵攻開始宣言により崩れた。
デオダードは常に侵略し拡大し続けている国であり、ビスワスにしても危機感はあったのだが砂漠にはゾンビ爆弾ともいえるモンスターの巣窟があった為、侵攻の手は止めざるを得ないと考えていたが、よりにもよって砦は落ちてしまった。
そうなるとビスワスはセグインを侵略して取り込んで自国領とする事が思い浮かぶが、条約を結んでおり自ら攻める事は出来ない。
デオダードに対する援軍をセグインに差し出して、より強固な取引関係を構築する事も出来るのだが、ビスワス上層部は、この機に乗じてセグインに貯えられている魔鉱石を交易により吸い上げようと考えた。
そしてデオダードがセグインを攻め落として空っぽになった国をデオダード領とした後に、吸い上げた魔鉱石を使用してデオダードの手に落ちた旧セグイン領を攻め落とし、自国の一部として手に入れ再編するつもりだった。
……だが、そんな各国の思惑はタツの存在により、大きく変わってしまった。
これまでセグインは『魔鉱石』を放出して食料や物資を手にするしかなかったが、魔鉱石以外を交易に使用するようになる。
ビスワスが交易を締め上げて搾取しようにも、自国で自給自足するようになるどころか大量の金貨を持ちだしてくる始末。
金貨の価値を変更させてしまえば自国の貨幣価値が揺るぐことになる為その影響は計り知れず、金貨に対する交易は従来通り行わざるをえない。
つまり、セグインは魔鉱石を貯め続ける事が可能になったのだ。
セグインは、強力な武器たる魔鉱石を蓄え続けているだけでなく、国王が民に対して寛大な事を理由に移住する人も増え豊かになっている。
間者を潜入させ情報を逐一手にしている各国は、この事態を知り、予想外の出来事と慌てふためくことになった。
ビスワスは条約が邪魔をし魔鉱石を手にできなくなるが苦虫を噛む事しかできず、デオダードは攻め落とすのが容易と見ていた国が虎となり、逆に食い殺される可能性さえ出かねない。
セグインがさらに富むことは容易に想像でき、これは年月が経てば経つ程に、交易、戦争のどちらにおいても一層不利になってしまう。
だからこそデオダードは、タツの攻撃の被害から立ち直る為の時間が必要ではあったが、立ち直ってすぐに行動を開始したという事なのだろう。
魔鉱石を貯め込んでいるのであれば、逆に攻め落とせば宝の山が手に入るという事でもあるのだ。
苦しめられ、内情不安に陥っているのであれば、金にも武器にもなるお宝は喉から手が出るほど欲しい。
それに自分達を苦しめた、穢れの魔法使いも可能であれば排除してしまいたい。
もしくは味方にすることさえできれば、セグインを落とす事は容易になる。
……と、考えての書簡と使者だろう。
一通り考えを巡らせて呟く。
「ん~……万が一私を排除できたとしても、きっとデオダードにセグインを落とす事は不可能だと思うんだけどなぁ……防衛特区の秘密をバラして脅す訳にもいきませんものね。」
「えぇ、タツ様。防衛特区は我が国の切り札ですからな。」
参議ナーダが自信満々といった顔で答える。
セグインの防衛特区は、魔法使いになれる魔鉱石が採れる土地だから魔法使いが多いなどということでは無い。
デオダードやビスワスは魔鉱石を貯め込み、魔法使いの育成を開始していると考えているだろうが、その一歩先を行っているのだ。
『一般兵士に対する魔鉱石の付与』
といっても、魔鉱石の秘密を公にするのではなく、魔鉱石の破片や加工した際の欠片等を再利用した事がキッカケで、魔鉱石による武器防具の強化の可能性を見出し、魔鉱石の欠片の武器・防具への付与を実用させたのだ。
例えば弓に魔鉱石の欠片を取り付けると、通常よりも初速の早い矢を放てるようになったり、防具に取り付けることによって軽量化、耐久度の増大などを実現している。
セグインの民の防衛特区に対する信頼も、それらを装備した兵士が、街の問題などを解決し、その姿を民が目にしている事が影響している。
魔鉱石を組み込んだ武具を使うと、一騎当千まではいかずとも、一騎当百といった強さを得られるのだ。
セグインは今や、採取できる魔鉱石の全てを防衛特区に回すこともでき、そういった特殊武具の開発や製造、特殊武具を使用する特殊兵の育成が全盛期を迎えており、さらに、そこに私の日本の知識を吹きこんでみたりしているのだから、とんでもない。
吹き込んだ知識といえば、銃とか、ライフルとか、ハンドガンとか……火薬が無い為、実用に至っていないが、アイデアによる技術革命は新発想に目覚めた職人達により既に起き始めている。
「さしあたっては、向こうの情報が足りませんね。」
「えぇ。今分かっている情報は
『穢れの魔法使いタツの許しを請いたい。』が、
『ルイス・ヘンリー・デオダード』の発行した物。
『穢れの魔法使いタツを差し出せ』が、
『テッド・クリストファー・デオダード』の発行した物。
という事だけ。」
比較的若い参議のライルが答え、顎に手を当てながら続ける。
「ルイスもテッドも、王子の立場だったはずです……王子が対立しているという事でしょうし……国が2つに割れているという事でしょうか?」
タツも顎に手を当て答える
「そういう風にも見えますよね。
……でも、片方は戦う気満々じゃないですか。
国が分断していて尚、その状態でケンカを売ってくるって……どういう状況なんでしょうね?」
国王も腕を組み話す
「一方は友好的に見えるし、一方は敵意が見える。
どちらかが罠か、あるいは両方揃って罠か。
……タツ殿に当てられた内容であるから、どう対応するかについては、私はタツ殿の意見を尊重しよう。
もちろん意見は言わせてもらうがな。」
対面に座る国王と、両隣の参議達の視線が集まる。
「……そうですね。
まずは『穢れの魔法使いタツを差し出せ』と言っている
『テッド・クリストファー・デオダード』と話してみませんか?」
『差し出せ』と命令を出しているテッドに対して、まずは交渉しても良いこと、その使者としての交渉人はタツが信頼をおいた衛星都市ペラエスのギルド職員のデニスだけしか出来ない事を記し、返答の書簡を持たせた使者を帰す。
ルイスの使者へは『タツに伝え検討をする為の時間を貰う。またしばらくの後に来てほしい』と返答し帰す事にした。




