20話 富と名声
「とんでもないことになった……」
アイーダとテッサを脇に控えさせ、王宮の一室の机に両肘をつき、両手で顔を覆いながら呟く。
『強い酒が飲みてぇ』
ただ、その思い付きだけだった。
それで実験してしまった。
何を実験したかというと、これまで能力を使用した事で、牛をはじめ象や鶏、ジャコウネコなど人間以外の様々な糞を出せることは分かっていた。
だから『もしかして』と思って実験してしまったのだ。
『酒のアルコールって酵母のウンコみたいなもんだよね?』と。
出たのだ。
酒が。
超純度で。
水で超薄めて飲んでみたら、ちゃんと味の無い酒だった。
面白がって飲んでいると、やっぱり少し酔いが回ってきて、酔った頭でさらに思いついてしまった。
というか思い出してしまった。
日本でニュースになっていた雑学。
『塩化金を食べるバクテリアがいる』
を。
もちろんやってしまった。
実験してしまった。
そして出てしまった。
出ちゃった。
ドバっと『砂金』が。
アハハはは。
クッソ。
金のウンコをする生き物がいるんだもの。
仕方ないじゃないか!
くっさいウンコしか出せないと思っていた自分に、アルコールや金を無尽蔵に生み出せる価値があった事に気が付き、テンションがおかしくなってしまって我を忘れ、アイーダとテッサに自慢しに行ってしまった。
……それが失敗だった。
--*--*--
「あ、アイーダっ! テッサ!
てぇーへんだっ! マジでヤバイ! ちょーヤバイんだけど!」
「どどど、どうしたのタツっ!?」
「た、タツ様!? い、いつもと話し方が――」
「いや、マジそれどころじゃねーのっ!
見てコレ! ちょーやばくないっ!?」
二人の前に砂金をドサっと生み出す。
「「 ………… 」」
「ねっ!? さっき気づいたんだけど、やばくないっ!?」
テッサが砂金に触れ、それにつられてアイーダも触れる
「重っ!」
「……タツ様………これって……」
「そう! 金! 純金!
ウンコしか出せないと思ってたけど! 金!」
「…………嘘」
「なーにが嘘なもんか! 見てみて触って!
ほら! 金だよ!」
「……た…タツ! スゴイわ! タツっ!
これならもうどこにいっても億万長者じゃない!
やだっ! 信じられないっ!」
「タツ様。……あぁ、やっぱりタツ様は神様だったのですね。」
「違う違うっ! 神様はちゃんと別にいるし、私は人間っ!
あぁ、でもどうしよう! どれだけでも出せるなんて!」
二人の前にさらに砂金を生み出す。
「きゃあっ! あぁんタツ! 素敵よ!」
「あははははは! 私もそう思う!」
「タツ様ぁ……」
テッサが右腕にぴったりとくっついてきて、それ見たアイーダも左腕にくっついてくる。
「ねぇねぇタツ! どれだけでも出せるのっ!?」
「あぁ、多分山だって作れる!」
「えええっ!! 凄い! 凄すぎるわ!
じゃあ、部屋中を金で満たす事だってできるの!?」
「余裕余裕! 超余裕! ほーれ!」
部屋中に砂金を撒き散らし、どんどんと部屋に砂金が溜まっていく、その幻想的な光景をアイーダは熱狂的に、テッサはうっとりと見惚れるように黄色い声援を上げ続けた。
気を良くし過ぎ、砂金を巻きすぎた結果。
金の重みで家の壁や床が壊れるのは当然の事だった。
「「「 あっ。 」」」
調子に乗りすぎて家屋を危険にさらしてしまった為、二人を連れて家を脱出し、その日は宿をとって休んだ。
が、翌日に冷静になり、砂金を生み出せる事を知られる事自体が、あまりに危険な為、決して口外しないように二人に口止めをした。
二人は言いつけをしっかりと守り、新たにアルコールを提供できるようになったことで参議にコーヒー酒を提案し、さらに交易品のリストを増やした。
酒は純度の高さから、使用時に薄めればいい濃縮タイプとして運搬の手軽さも相まって大きな利益を生み始め、名声はさらに高まっていく。
……だが、仕事などで親しくしているエリンやレスター、それに参議が私達が屋敷に戻らないことを不思議に思い始め、特に参議は屋敷を都合した手前、なにか屋敷に不備があったのかと気を揉み気にかけていた。
そういう状態の為、結局大量に出してしまった砂金は隠しようがなく、次々と知人達にバレてしまい、金を生み出せる事は知られていくのだった。
--*--*--
セグインにある鉱山から取れる物は『魔鉱石』であり、鉱山には金脈は無かった。
だが魔鉱石の価値は非常に高く、その魔鉱石を売る事により大量の金貨を手に入れ、自国の金貨として打ち直す事ができていた。
だが、現状セグインは財政難に喘いでおり金貨は既にわずかな量も無く、交易によって食料を得るには魔鉱石を交易の代金として使用するしか道が残っていなかったのだ。
だが、魔鉱石は
『魔法を使う為に必須の触媒』
であり、あまりに多量に隣国などに販売すれば、それは自国を攻め落とす為の武器を販売している事に他ならない。
故に魔鉱石の売買は慎重かつ、自国が常に上になるようにバランスに気をつけなくてはいけなかった。
だが、食料が手に入らなければ、魔鉱石を使える人間が減る。
年月と共に、バランスを取る事が難しい物になりつつあったのだ。
そんなセグインにとって、貨幣そのものの原材料を生み出せる事は、正しく救世主たらん存在。
ましてや、タツはこれまでも飼料や防衛、交易品に娯楽品などでも国に大きく貢献している。
それ故に、今、王宮に居るのだ。
……なぜ王宮にいるのか。
セグインの国王である、ダスティン・ルーク・セグインは、国王という立場にも関わらず自ら頭を下げて助けを請うてきたのだ。
「恥を忍んでお願いする。
我が国。民を救ってほしい。」
と。
そんな国王の姿に感銘を受け助力を続ける事を約束したのだが……やはりその次も待っていた。
「どうだろうか?
私の娘。王女だが、なかなか利口な子でな。
一度会ってもらえんだろうか?」
と。
国王に頼まれ無下に断るわけにも行かず、会うだけ会いましょうと答える以外はなかった。
そして、初めて顔を合わせ、息を飲む。
「初めましてタツ様。ティファーニアと申します。
父よりタツ様のお話はしっかりと聞いております。
セグインの王女として、心より御礼申し上げます。」
これがロイヤルオーラーか……と、国王に会う以上になぜか緊張するタツ。
もちろん、国王の言わんとするところは『嫁としてどうだ』という事。
そんなことはウチの女奴隷ちゃん達が嫉妬に狂うからムリだ!
ムリなのだっ!
「タツ。いいお話だと思うわ! 私応援する!」
「えっ!?」
「タツ様の為を思えば、このお話を受ける方がより為になるかと、ティファーニア様が私達、奴隷如きに直接お話しに来てくださったんです。
それにティファーニア様は、もし婚約が成立したとしても、私とアイーダとタツ様の関係を尊重すると約束してくださいましたので……」
「……って、ことは?」
「タツ次第よ。」
「タツ様次第です。」
「マジですか……」
まさか2人が嫉妬するどころか後方支援になるとは……
想定外の事態に困惑していると、ティファーニアが口を開く。
「タツ様……私はタツ様に受け入れてもらえませんでしょうか?」
「い、いや、そんなことは無いです!」
ティファーニアを見る。
完全な金色のサラサラロングヘアーに、育ちの良さそうな整った顔立ち。
しっかりと教育を受けたことを感じさせる理知的な瞳。
そしてドレスの上からでもわかるような出る所は出て、締まる所は締まっているスタイル。
「……ええとですね。
ティファーニア様は……それはもう魅力的な女性かと存じます。」
「有難うございますタツ様。
どうぞ私の事はティファと呼んでください。」
「あ、え、はい。
……あ。そうじゃなくてですね。
えっと……ティファーニア様が政略の為に私と結婚する形となっていますが、私はそのような関係は望んでいません。」
「……と、言いますと?」
「まぁ、アイーダとテッサを見てもらって分かるかと思うのですが、二人は奴隷です。
ですが、私は奴隷だから二人を連れているのではなく、お互いに好きあっていると感じているから一緒にいるのです。
私はどうにも形だけの関係が身近にあるというのは、どうにも無理な性質でして。」
「…………」
「もちろんティファーニア様との結婚などなくても、このセグインはとても良い国だと思っていますし、協力は惜しんだりしませんので、ご安心してください。」
「タツ様……かしこまりました。
……一つだけお願いがあるのですが、アイーダさんとテッサさん。お二人とお話をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「ん? ……かまいませんが。」
「有難うございます。」
ティファーニアはアイーダとテッサに近づき、3人でコソコソと話を始める。
手持無沙汰になり、腕を組んでみたり頬を掻いてみたりしながら様子を見ていると、ティファーニアが問い掛けをし、アイーダとテッサがそれぞれ何かを答えてはティファーニアが頷き、そしてまた問いかけるといった事の繰り返しのようだった。
しばらくの問答の後、ティファーニアが笑顔で戻ってくる。
ロイヤルスマイル。
素敵です。
ニコニコ笑顔のまま、私の両手を掴むティファーニア。
「タツ様! 私も一緒に暮らします!
そこから始めましょうっ!」
「ちょ待てよっ!」
王女様は待たなかったよ。




