15話 質疑応答
小間使いの持ってきた招待状に指定されていたのは翌々日。2日後の昼過ぎだった。
招待状の内容も未払いの報酬などには一切触れず、要約すれば
『ブラス砦での成果を確認するから来い。』
ただそれだけだ。
領主という立場のせいか相当に強気だな。と思わずにはいられなかったが、ふと逆の立場を想像してみると、どうにもおかしい気がする。
領主の立場からすれば、呼び出す相手は難攻不落の砦を落とした一番の功労者と皆が口をそろえて言う人間。
さらに王都で広がる噂には『手柄を横取りしたコルハンのお抱え魔法使いが殺された』という噂もある。
であれば相当の手練れどころか『かなりの強者である』と考えるだろう。
そういった相手を呼び出す場合は、私が領主だったとしたら
『報酬について話をしたい』
『明後日当たりのご都合はいかが?』
『もし無理だったらいつなら来れる?』
と、まずは機嫌伺いをする。
ましてや金貨90枚が未払い、依頼の約束については不明。そんな怒りを買っても当然という相手に対してここまで上から目線になれるものだろうか?
これは
『どんな強者だろうが、領主の命令に従わせることができる確固たる自信がある』
ということなのではないだろうか。
私は一抹どころではない確信に近い不安を覚え、今回の招待の『最悪』のパターンを想定し、対策を講じておく事にした。
--*--*--
招待当日、私のアキレス腱となりうるアイーダとテッサについては、バスタードソードの手練れのレスターに金貨1枚という大きな報酬で二人の護衛を頼み、夜が明ける前にペラエスの隣の街『シシラ』に向けて旅立ってもらった。
このレスターという人間は、砦でも私のフォローをしてくれていたし中々に快活な人柄。
さらに凱旋の際にも結局集まりすぎた傭兵達に約束通り奢って金貨3枚をフイにしたという性格からも律儀な性格なのだろう事が伺い知れ、何より私よりも間違いなく剣の腕が立つに違いない。だから信頼しても良いと判断したのだ。
私がペラエスで何も無ければシシラの街で合流し観光しようという事になっており、テッサとアイーダの二人には家に保管しておいた金目の物を全て預かってもらっている。
私に何かあったらソレを使って二人が幸せに暮らすよう伝えてもある。
これに対してはテッサもアイーダも不満顔をしたが、街に二人が残る方が私にとっては都合が悪いことは十分に承知してくれていて引いてくれた。
私は午前の終わりごろに領主の屋敷に入ると、昼過ぎの約束だからか待たされ、何もない時間に飽き飽きそしていると、ようやく呼ばれ、部屋に入った。
瞬間
『あぁ。二人を避難させておいて良かった』
そう感じずにはいられなかった。
--*--*--
私の名前は、マーセル・スアン・ペラエス。
ペラエスの街の領主だ。
私の目の前にいる、この若い男が本当に手練れなのだろうかと疑いたくなる。
どう見ても私の親衛隊の方が力量があるように見えて仕方がない。
部屋に入ってすぐに場に圧倒されているようにも見えるしな。
まぁ、それも当然だ。
王都から魔法使いが4人も来ているのだから。
水の魔法使い ナレッシュ・ワッツ
火の魔法使い ココ・ニコルス
風の魔法使い ヴァンス・ビンス
そして紅一点 土の魔法使い ジュリ・ヘラ
さらに私のお抱えの火の魔法使い ファム・アシュリー
一騎当千の魔法使いがこの場に5人もいるのだ。
その存在感たるや相当なものだろう。
この王都からの魔法使い達は、王国からの命令で噂の真偽を確認に来たのだ。
といっても、ヴァンス殿とジュリ殿が確認の為に派遣され、その二人の知人が面白がってついてきたというのが本当のところ……だが、私にとっては好都合だ。
このタツとか言う小僧。
私に後90枚も金貨を払うように催促しているそうではないか。
そんな輩に対してはいい脅しにもなろう。
「ようこそタツ殿。よく来られた。」
「この度は招待を頂き有難うございます。」
「うむ。まぁ早速だが、まずは私の要件からだがな。
そなたと此度の報酬を巡って約束をしたというロイとかいう男なのだがな、どうにも勝手に私の名を語って契約をしていたらしいのだよ。」
「…………」
「まぁ、そんな人間は即刻縛り首としておいた。
そして既に支払われた金貨は報酬として渡す事を了承しよう。
この件で何かあるかな?」
「……縛り首ですか?」
「ああ。なんなら家に首を届けさせようか?」
「いえ結構です。
では報酬は金貨10枚という事ですね。」
「そうだが不服かね?」
「いいえ。残念ではありますが、仕方ありません。
その他の約束に私の世話役として付けられた女奴隷2名の所有と、長期の休みの項目がありましたが、それらはどうなるのでしょうか?」
この小僧。
私に10枚以上の報酬を出せと求めるか。
「ふむ。女奴隷と休みか……」
「オイ領主さんよ~。
そっちばっか話してねーで俺らにも話をさせろよ。」
「ナレッシュ。もう少し礼儀をわきまえなさい。
領主殿が話されておるのだからな」
「へいへい。
……ヴァンスはいちいち煩くてしかたねぇや」
私の言葉を遮ったナレッシュ殿をヴァンス殿が諌めてくれる。
魔法使いは強さと権力の両方を持っているから我儘奔放になりがちで厄介だが、まとめ役が居てくれると、こういった時に助かる。
「でも、ヴァンスさん。
僕らには別にどうでもいい事を話してるだけですし、優先度的には僕らの話の方が上では?」
「ふむ。ココの言うことも一理あるな……」
ヴァンス殿がコチラを見ている。
会話の主導権を譲れという事だろう。
「おお……ヴァンス殿は王国の命でお越しでしたな、ではどうぞお譲りしましょう。」
「うむ。」
領主である私と同等以上の立場だと言わんばかりの態度は頭にも来るが、王都からの命令で来ているのであれば、仕方がない。
「あぁ、やはり王国からお越しの……皆様魔法使いの方々でしょうか?」
「ほう……我らが全員魔法使いとわかるかね?」
「えぇ。態……雰囲気がこの街であまり見かける事はないような感じの方々ですから」
タツとか言う小僧も私を無視するか。
ふん。まぁよい。
どうせ使えるならば王都で使われ、使えないなら殺されるだけの駒。
万が一、使えるようであれば、王都で使い潰されるまで、せいぜい私の名声を上げる為に働いてもらおう。
「あ~……ヴァンス? もう話して良いよな?」
「あぁ、いいとも。」
「なぁ。お前、砦を落としてドウェインも殺したって本当か?」
「はて? 私は砦攻略の先遣隊として使わされ、運よく功績をあげる事が出来たのは事実ですが、ドウェイン?様でしたか? そちらの方は砦に単身で入られて事故死されたという事しか存じませんが。」
「事故死……ねぇ。」
「砦では様々な事が起こりますからね。
私が功績を挙げれたのも、腕が立つというよりは知恵を絞ったという方が正しいので。」
「知恵? お前のようなどこにでもいそうなヤツが?
アハハハ! 笑わせてくれる。」
ナレッシュが声を上げて笑うと、その他の魔法使い達もつられたのか鼻で笑う。
「あんまり荒唐無稽な事をいう物じゃないですよ。タツ?でしたか?」
紅一点が口を開いた。
「アナタのような剣を振るか体を張るか程度しかでき無さそうな人間の知恵等、どれほど役に立つというのでしょう。」
「まったくだね。僕は非常に不愉快に感じたよジュリ。」
「あら? そうなの? ココ。」
「だって、そうじゃないか。
ドウェインとかいう魔法使いが彼の言うように事故死だとすれば、魔法使いが知恵を絞っても死ぬようなところを、コイツは自分の知恵でどうにでもできるって言ってるんだよ?
ソレって僕らより頭がいいって間接的に言ってる事にならない?」
「あぁ? ……オイ。そりゃあ聞き捨てならねぇぞ?」
タツは小さく息を吐く。
どうやら最悪のパターンにハマっていると考えている。
「なぁ、ヴァンスよぉ。
コイツが強いかどうかを見極めりゃあいいんだろう?
だったら、俺の魔法に耐えられるかでいいじゃねぇか。」
「ふん。それだと死ぬだろう」
魔法使い達が言い争うように議論を始めた時、タツはすでに腹を決め終えていた。
「あ~……。ちょっといいですか?」
「なんだよ平民!」
「……平民ね。
……そこの領主に質問を」
「貴様。私を領主呼ばわりか!」
「あのね…………私も結構この現状に苛立ちを覚えているんですよ。
それはもうあなた以上にね。
だってそうでしょう?
金貨90枚チャラを文句も言わず了承したというのに、魔法使いの方々の尋問は始まるわ、この流れだと結局は私はこの中の誰かと戦うことになるんだろうしね。
少し確認したいだけですから敬称略くらい見逃してくださいよ。
……女奴隷達と休みの報酬についての答えを聞かせてください。」
「ふんっ! そんなもんくれてやるワケなかろう!」
タツは目を閉じ、大きく息を吐いた。
「あ? ナニ? コイツ女奴隷なんかにハマってんの?
その女奴隷今日俺トコに連れてこいよ。
どんな具合か見てやる。」
「ハッハッハ。
ナレッシュ殿はお若いだけありますな。分かりましたとも」
「…………馬鹿の上にクズか。
もう救いようもないな。」
タツの言葉でその場の空気が凍る。
「……聞き間違いかな?
今ナレッシュを侮辱したか?
それは我々を侮辱するも同義だぞ?」
「あぁ……聞こえましたか?
なんでしたっけ? ココさんとか言いましたっけ?」
「ボクの名前を気安く呼ばないで欲しいな。
あと様をつけろよ。」
「はいはい。
あなたは知識に自信があるようでしたが、では、なぜ人が息をするのか分かりますか?」
ココが何かを言おうするが、気にせず続ける。
「どうせ 『そういうものだから』 と納得していて考えたことも無いのでしょう?
人が食事をして食料を力に変えるように、人が吸う空気の中には人の活動に必要な物質が存在しているなんて、微塵も考えたことは無いでしょうね。
……あぁちなみにその物質は『酸素』という名前です。
これほどに知識の差があるという事を言っても、世迷い言と切って信じないでしょうからいいんですけどね……どうせその程度ですから。
領主よ。
最後の質問です。
……約束は反故にするわ、人の事を軽視するわ、あまつさえ『戦って負けたら死ね。勝ったら使ってやる』とでも言わんばかりの対応。
私にはとても友好的な提案には見えませんし、従わなければ敵対するとしか取れません。
これが貴方の私に対する全ての答えと解釈して良いですか?
貴方の回答は 『この国の回答として』 受け取ります。」
領主は一度魔法使い達に目をやる。
ナレッシュとココは既に、タツを殺したくて仕方がないようにも見え、ヴァンスやジュリも魔法使いを馬鹿にされたと取ったようで、いかにも不愉快そうだ。
ファムは興味がないように一歩引いている。
「ふん。当然だ!
お前なんぞただの駒に過ぎん。
身の程をわきまえろ!」
「そうですか。分かりました。
じゃあ、この国の全てが私の『敵』ですね。
……そうそう。
酸素の話の続きですが、もちろん酸素が取り込めない状態になれば……人は死にます。」
タツは両手を領主と魔法使い達に向けた。




