11話 悲炎
「遅い……あの若造は一体何をしておるか……
待ちくたびれて奴隷女を喜ばせる事にも飽きたというのに、まだ帰ってこぬとは……あのタツとかいう若造、使えぬ男だ。」
奴隷と従者達に張らせたテントの中で独りごちる。
「ポーワン! ポーワンよ!」
従者の名前を呼ぶと、慌てながら中年の男がやってくる。
私に仕えて1年。これだけ仕えてようやく1から10まで指示を出さずとも5程の指示で私の意図を察する事が出来るようになった愚鈍だ。
「は、はい! 何用でございましょうかご主人様。」
「あのタツとかいう者は、まだ戻ってこぬのか?」
「はい。まだ姿は見えません」
「まったく……もう3時間は経っておるだろう?
ただゾンビの頭を持ってくるだけだろうに……使えぬな。
ポーワン。お前が行ってさっさと砦の中のゾンビの頭を持ってこい。」
「わ、わたくしめがですかっ!? あ、あの死せる砦に?」
「何か不服か?」
指を鳴らし、ポーワンの目の前に小さな火柱をあげる。
私は長槍の間合いであれば、自由に火を起こす事が出来るのだ。
「ひっ! ひぃぃっ!
か、かしこまりましてございます!
すぐに行って参りますので、なにとぞ仕置きだけはご勘弁を!!」
「ふん。わかればいいのだ。
タツとかいう男の報告では全てケリがついているという話だ心配する事もなかろう。
……だが、そう言った本人が戻ってこぬという事であれば、なにかあった可能性もあるか……ふむ。
よし。ポーワンよ。なにかあったらこの女でも盾に使え。」
グッタリと横たわっている奴隷女を立たせ、ポーワンの方へと蹴り飛ばす。
奴隷女は崩れながらポーワンに寄り掛かる
「おお。お慈悲を有難うございます。ドウェインさま!」
「なに構わぬ。すぐに戻ってこいよ。」
「ハハァっ!」
ポーワンが慌ただしく女奴隷を連れて出て行くのを見送る。
静かになったテントの中でタツとかいう男の言っていた情報を思い返す。
あの若造。ゾンビ化には『虫』が関係している可能性があるとか言いだしおったのだ。
衛星都市から集められた捨て駒共が、我の到着を恐れ逃げ隠れたというのは誤算であったが、まぁあの若造の
『ドウェイン様がお越しになられると情報が入り、戦々恐々となり皆、逃げ出しました。
もちろん此度のブラス砦を攻略し安全な砦にした功績は全てドウェイン様お一人の力によるものであるという事は、参加した者全員が心得ております。
私はこの伝言として残されました。
私を燃やされる前に、もうしばしお聞き願いたい。
此度の攻略にてドウェイン様にも有益と思える情報が手に入りました。もし私をお許し頂けるのであれば、それをお伝えさせて頂きたく存じます。』
と、怯えた態度で話した。
我に対して尊敬を忘れず、常にへりくだっておったから寛大な我は許してやることにし、まぁどこまで若造の言葉が信頼できるかは分からぬが、その情報とやらを聞く事にした。
するとどうだ。
ブラス砦を埋め尽くしたモンスターは『頭に巣食う虫が原因』の可能性があるなどと妄言を吐くではないか。
余りのバカバカしさに即刻燃やしてやろうかとも思った……が、万が一に事実であれば新発見であり、その虫を利用する事が出来れば簡単に敵国を滅ぼせる。さすれば我の名声も高まり、いずれ開くであろう領主としての道も、より早く開けるに違いない。
であれば、真偽を見極めてから燃やしても良いだろうと、タツとかいう若造にゾンビの頭を持ってくるように命令を下したのだ。
……だが、どうだ。あの若造の無能っぷりは。
帰ってくる気配すらないではないか。さっさと燃やしてしまえばよかった。
--*--*--
「…………遅い。
ええい! ポーワンも戻らぬか!」
テントを出て、従者や奴隷たちに目をやると、全員が伏せ、目を合わせようともしない。
ポーワンと同じ命を下されると思っているのだろう。
さて、こやつらのうちのどれかを向かわせるか?
いや、世話係が死ねば帰るのが非常に面倒になる。
「……仕方がない。
面倒極まりないが我が直々に向かうとするか。」
--*--*--
砦を挟んで野営地の反対側に、複数の人影があった。
簡易な日陰を作り何やら話をしている。
「まぁ悪いようにはしないから、ここでじっとしてなさい。」
「しかし、主人の命令を無視すれば……」
「……その顔を見るに、焼かれるのですか?」
ポーワンの顔は無数の火傷の跡だろうかヒドイ面構えになっている。
ポーワンは悲しそうな顔で頷く。
「……はい。
機嫌を損なえば……火をぶつけられます。
……私の仲間も何人も死んでしまいました。」
「ヒドイな……」
「逃げ出しても殺されます!
ですから機嫌を損なうわけにはいかないんです。
お願いですから縄をほどいてください」
「……ポーワンさん。
私があなたを拘束するのは理由があるんですよ。
この砦ですがね……ん~……モンスター住みついた影響なのか時々機嫌が悪くなるんです。
で、私の勘では今日は近づかない方がいい。
下手をすると死んでしまう可能性がありますから。」
「しかし――」
「いいから。そういう事で納得しなさい。
貴方の主人にも私が説明しますから。
とにかく。今すぐに死にたくなければ口を噤むことです。」
これ以上、私が何も説明するつもりはないことを察したのか、ポーワンは諦め、横になって体を休める事にしたようだった。
女奴隷に向きなおる。
「テッサ。そっちの様子は?」
「……ヒドイ状態ですが…命に別状はなさそうです。」
テッサは女奴隷の様子を見ながら答える。
どうやら性器の裂傷が酷いらしく、テッサは何かを思い出したように唇を噛みしめている。
「そうか……できるだけの手当をしてあげてくれるか?」
「はい。
……有難うございます。タツ様」
やり場のない怒りを覚えているだろうが、それをできるだけ隠すようにテッサが礼を言う。
――気を失ったテッサは、あの後しばらくして目をさまし、そして狂乱した。
『殺させて!離して!』
と、泣きわめいたのだ。
感情の起伏の少ないテッサが取り乱すことにも驚いたが、あれほど憎悪を露わにする人間を見たのは初めての事で、その迫力に私は気圧されてしまった。
だが15分ほどもすれば、その怒りがドウェインに向けられている物だと理解でき、アイーダと共に懸命に宥めたが、それでも1時間以上は泣き叫び続けていたように思う。
テッサの叫びは悲しく、辛さが伝わってくるような嗚咽でアイーダも何故か涙をこぼしていた。
テッサは半日経った頃には放心し、ただ涙をこぼす人形のようになり、そこで初めて自分の事を語ってくれた。
それはとても辛い記憶。
聞いている私も涙が隠せず3人で抱き合って涙をこぼした。
こぼさずにはいられなかった。
だから
私は領主お抱えの魔法使い。ドウェインを殺す事に決めた。
一騎当千の魔法使いだ。
当たり障りの無いように触れずにおくに越したことはない。
だが、それでも殺す。
惚れた女が泣いたんだ。
これ以上の理由はいらないだろう。
テッサにドウェインを殺す事を伝え、それから集まっていた手練れ達には、私がドウェインと報酬について交渉をするから、それまで近くのオアシスまで避難するよう伝えると、彼らにしても私の交渉がうまくいけば報酬があたり、失敗してもどうせ私が死んでドウェインの手柄になるだけなので自分たちにデメリットが無いことから全てを任せてくれた。
アイーダとテッサも避難させるつもりだったが、テッサは私と残ると言って聞かず、デニスさんにアイーダを任せた。
そして今。
今すぐにでも野営地に襲いかかりたい感情を抑えながら女奴隷の手当をするテッサ。
その辛さ。もどかしさは痛いほど伝わってくる。
私はテッサの肩に手を置き、そして隙間なく牛糞で埋められた砦に目をやる。
きっと……もうすぐケリがつく。
--*--*--
「なんだ? 門が開けられておるではないか?」
開け放たれた門を進むと、石壁の内部は乾燥した丸い物が敷き詰められている
「むっ? なんだコレは?
……もしや乾燥した家畜の糞かっ!?
ええい気色の悪い! そこかしこ糞だらけではないか!」
ドウェインは口元を押さえながら石壁の内部を見るがどうにもゾンビらしきものは見当たらない。
それもそのはず。外にいたゾンビは火葬され、骨も残っていない。
オーブンと化した砦内部に居たゾンビくらいしか形を留めていないのだ。
「砦も糞まみれではないか……あそこに入り口があるようだが……まさか、中も糞でいっぱいということはあるまいな……」
盛大に溜息をつきながら砦の入り口を見ると、扉は解放されているが、入り口を塞ぐように乾燥した糞が積み重なって扉のようになっている。
ドウェインは違和感を覚えながらも、様子を見る為に杖を使って扉に積み重なった糞をつつき、砦内部が見えるくらいの穴をあけた。
砦の中は真っ暗だ。
ドウェインは火の魔法使い。
砦の内部を照らそうと、指を鳴らし火をつけた。
火が付いた瞬間――
轟音が鳴り響き、ドウェインは吹っ飛ばされるのだった。
--*--*--
轟音を聞き、砦の入り口に向かう。
糞で密封した砦中に満たしたメタンガスに空気が混じり、それにドウェインが火をつけたに違いない。
静電気での爆発の可能性が極僅かにあったが、ドウェインのような人影がこちらに向かってきたのは確認済みだったから、タイミング的に間違いないはずだ。
用心しながら門から砦を覗き、砦の出入り口から吹っ飛ばされた先を見る。
すると乾燥した牛糞にまみれながら石壁に叩きつけられたのか、手足が変な方向に曲がっているドウェインを見つけた。
浅く息をし、かろうじて生きているように見えた。
その姿に私は内心喜ぶ。
『これでテッサの心が晴れる』
と。
嬉々とテッサを呼びに戻るのだった。
--*--*--
――この日、砦は再び炎に包まれた。
砦から煌々とあがるその炎は、まるでテッサの家族を弔うように赤く、どこか悲しく揺らめいていた。




