10話 ゾンビ討伐
綺麗……
故郷のパンほどの大きさで、うっすらと見える砦が赤く煌々と燃えている。
私はテッサ・ホムルス。
この私が何よりも嫌いな物。
それは炎。
その炎が遠くで煌めいている。
私が炎を嫌いな理由はとても単純。
炎が全てを奪ったから。
……私の生まれは、砂漠の王国『セグイン』の王都。
ただセグインという国は貧しい者が多く、暮らしは厳しい物だった。
王都での暮らしに見切りをつけた両親はセグインに広まりはじめていた甘い言葉に乗せられてデオダード王国への移住を決心し、セグインの砂漠を超え最も近い『コルハン』というデオダードの衛星都市を目指し移動を始めた。
それが5年前。
何とか砂漠を超え、コルハンの街にたどり着いた時に、私を待っていたのは――絶望だった。
後一日早く到着すれば状況は変わっていたのかもしれない。
でも、それはただの願望に過ぎない。
私達家族がコルハンの街に入った時には、デオダード王国はこれまでの交易相手としてではなく、セグインを滅ぼす事を決めコルハンの街にはその知らせが届いていた。
つまり敵国として認定されたのだ。
セグインからコルハンに辿りついた者達は、不穏な空気を感じとり既に逃げ出した後で、何も知らずにノコノコとやってきた私達一家は、ある決起集会の餌食とされることになる。
その指揮を執っていたのは、コルハン領主のお抱えの火の魔法使いドウェイン・アマン。
彼はまず私と、父、母、弟。家族皆を捕縛させた。
そして父と弟を焼き殺した。
私と母の目の前で。
その後はお決まり。
私の初めては下品な笑いと共にアマンに奪われ、母も陵辱され、彼が飽きるまで弄ばれる事になる。
彼はすぐに飽きたのか、2日も経たない内に奴隷商に売り払われる事になり、私は若かったから奴隷として生きられた。
……でも母は鉱山の慰み者として連れ去られてしまった。
あれから5年。
もうきっと母も生きてはいない。
私は運よく『若さ』でペラエスの領主に貢物として献上され、そして男達の慰みものとして使われている。
……きっと長くは生きられない。
領主の元には次々と若い女が奴隷としてご機嫌取りに献上される。
後2年もすればアイーダのように、毎日が綱渡りのような扱いを受けるようになるだろう。
だからそれまでに、私は、私の家族を殺したドウェイン・アマンを殺したい。
……そう思っていた。
復讐だけが生きがいだった。
でもその思いも、もう枯れている。
一介の奴隷女が魔法使いを殺す事ができるだろうか。
疲れた。
ただの道具として生かされる事に疲れた。
……でも。
それでも死にたくない。
……生きていたい。
出来る事なら幸せになりたい。
そう思いながら、藁にすがるように日々を生きてきた。
そんな陰鬱な日々の中、私は変わった男と出会った。
タツ。
他の男と同じように、いつものように餌としてアイーダと私は与えられたけれど、この男はどこか違うように思えた。
最初は、アイーダを助けるくらいだから、ただの甘い男だと思っていた。
伽も普通ならただ腰を振って満足して放り出すだろうに、まるで年寄りの男を相手にしているようなネチッコさで、まるで私を喜ばせようとしているようにも思える。
それに、なぜか終わっても『好きだよ』と毎回言ってきては甘えてくる。
試しに甘えてみたら、子供のように喜ぶし、普段は理路整然とした感じなのに、ギャップがとてもかわいく見えて、気が付いたら心を許してしまっているような自分に気が付く。
アイーダは私より厳しい立場だったから、優しくされ好意を寄せられたら、きっともう心酔してしまっても仕方ないと思う。
私だって、嫌いな炎をタツが起こした物だと思うと、綺麗と思えるくらいに心を許してしまっているのだから。
……もしかすると、私は彼と一緒にいる事で、幸せになれるのかもしれない。
彼と共に生きられるかもしれない。
そんな幻想を……抱いてしまう。
--*--*--
「いやぁ……まさかこんな燃えるとは思ってなかったですよ」
「……なんだか綺麗ね……タツ。」
「本当ですね」
『死せる砦』を野営地で眺めながら座る私の両隣で、アイーダとテッサがくっつきもたれかかっている。砂漠の夜は冷えるから、くっついて暖を取っているのだ。
もちろんデニスさんは屈強だから一人で放っておいても大丈夫。
「……しかし、一体何を燃やしたんだ?」
「いやぁ偶然良い物があったんですよ。はい。
そういうことにしておいてください。」
「……はぁ。
そうだな。そういうことにしておくか。」
「助かります。
……いずれデニスさんにはちゃんと話しますから。」
「だと嬉しいねぇ。」
「えぇ。」
「一応みんなにこれからの予定を伝えておくね。
今日の様子を見てどうするか判断するつもりだったけど、起こした火も一晩は燃え続けそうだし、ゾンビ討伐は成功すると思う。
でも砦は石造りだし、砦の中全体をオーブン状態にしてゾンビを殺すにはまだ時間かかるだろうから明日の朝になったらもう一度燃やしに行くよ。
う~ん……4日程は続けた方がいいかな?
まぁ、その間ただ待ってるのも暇だろうし、こんなこともあろうかと街でゲームを作っておいたから、今から説明するんで、そのゲームで遊ぼう。ただ待つのも退屈でしょ?」
64マスのマス目を書いた羊皮紙と、半面を白色に塗った石を64個用意。
異世界定番のオセロゲームをデニスさんを相手に説明しながら、軽く遊ぶ。
「へぇ。こりゃおもしれぇな。」
「でしょう? 暇つぶしには持ってこいですよ。
ほら、アイーダとテッサも見てみて。
というかはやく私にくっついて。なんなら膝の上に座ってもいいよ! 二人同時でも!」
アイーダとテッサは少し鼻を鳴らし、顔を見合わせる。
「……タツって不思議な人ね。」
「そうですね。
タツ様は私達を本当に恋人のように扱ってくださいますから……」
こうして砦を焼き続けながら、日々が過ぎていった。
--*--*--
4日間焼き続け、3日間程冷却期間を設けると、後発隊が思いのほか早く私の野営地にやってきた。
ペラエスの手練れと思わしきバスタードソードを担いだ男が、先発隊として私が活動している事を説明してくれていたようで、比較的スムーズに情報交換ができた。
死せる砦を火攻めにした事には驚かれたが『運よく燃料を見つけたから、それを使って、ゾンビ駆除で焼いておいた』くらいの説明しかするつもりはない。
私含め17人程の手練れらしき人間とお付の奴隷。そして監視員で総勢50人以上が野営地に滞在する事になり、指揮を執っているらしき人間が方針を決めるのを傍観していると、翌日、5人程が砦内部に乗り込む事になった。もちろん私は『火攻めし続けて疲れた』と遠慮する。
日が昇り、すぐに砦に侵入を開始した彼ら。
だが、日が頂点に来る頃には拍子抜けしたような顔で戻ってきて告げた。
「焼死体しかなかった。」
と。
どうやら私の討伐作戦は成功したようだ。
その場で緊急会議が開かれ、とりあえず砦内部をよく探って終わりにしようということになったのだが、その話を聞いた監視員の一人が慌ててラクダに跨りどこかへと駆けて行く姿があった。
ソレを見ていた手練れの一人が、ため息を付くようにその場にいた全員に話し始める。
「……すまないね。
今出て行ったヤツはウチの街の監視員だよ。
きっとウチの街のお抱え魔法使いが手柄を横取りしに来るに違いない。
……悪いが、手柄は諦めた方がいい。」
皆、不平不満を口にしたが、
「じゃあ、魔法使いと戦って勝てるってのかい?」
の一言で舌打ち等の諦めの音に変わった。
私とて金貨100枚やアイーダ達、それに休みが無になる可能性があるから他人事ではないから質問する。
「ちなみにどんな魔法使いが来るんですか?」
「あぁ。
ウチの街『コルハン』お抱えのドウェイン。火の魔法使いだよ。」
この言葉を聞いていたテッサが突然気を失い、倒れた。




