第38話『明かす計画、隠した想い』
「まあ! 旅行ですか!?」
夜。久々に自室に訪れたエイルの話を聞き、マシェリは目をキラキラと輝かせる。
緊張を胸に訪れたエイルも、彼女の笑みを見てほっとした。
「陛下がお誘いしてくださってな、休暇ついでに俺もついて行っていいらしい」
「本当ですか!? やったぁ!」
「まあ、マシェリから離れたら死んじゃうからな、俺」
比喩表現ではなく、冗談めかして語るエイル。
いつもの雰囲気が壊れるほどはしゃいでいたマシェリも、彼の話を聞いて少しだけ落ちつく。
「本当に出かけるのが好きなんだな」
「お城の壁の中で過ごす日のほうが多いですから」
健気にほほえみ、窓からのぞく外の景色を見るマシェリ。
王宮をかこむ壁の外には、魔族たちの暮らす城下町が広がる。
ほぼ箱入り娘の彼女は、他の国の事情はおろか、自国の事情すら入る情報を聞くばかりで、本当の姿をあまり知らない。
それゆえに、外出というのは彼女にとって貴重品なのである。
「隣国以外の国へ行くと陛下は仰っていたけれど、果たしてどこに行くのだろうか」
「知らされていないのですか?」
「聞きそびれた……すまん」
「いえいえ! 困ってるのは話しそびれた父に対してなのでっ!」
あわてるマシェリにエイルは「気遣ってくれてありがとう」と返答する。
ホッとしたような表情で、彼を見上げるマシェリ。
彼女はすこし考えると、提示された疑問に仮定をだす。
「父との旅行となると、毎回行くリゾート地があります」
「リゾート?」
「はい。綺麗な海からカジノまである場所で――」
そう言って彼女の口から、国の名前が告げられる。
するとその名にエイルはピクリと反応した。
「どうされたのですか?」
「いや、その国は……」
話す途中で言いよどむエイル。
様子のおかしい彼に気づき、マシェリは首をかしげる。
すると彼は喉を鳴らし、改めて告げた。
「俺の故郷だ。国自体が広いから、一番栄えている地域から離れてはいたが」
「そうでしたか……とても良い地に生まれましたね」
「今の体質になっても、食べ物には困らなかったからな」
故郷の名前に、ぎこちなく笑うエイル。
彼の頭には、ひもじくも懐かしい過去の記憶がよみがえる。
マシェリに出会うよりも、ホプキンス達に誘われるよりもずっと前、境遇に変化をもたらすために飛び出した大きな国。
彼はそこの小さな町の路地裏で、貧民同然の生活を営んでいた。
苦い過去だが、今であればよい経験だったと、部屋に置いて来た『ヌエ』を思い浮かべる。
「年に数回、ゴミ漁りでもしなければ生きていけない時期はあったけれど」
「本当に、険しい人生を送ってこられたのですね」
「でもその紆余曲折があったから、こうしてマシェリと会えたんだ」
「エイル様……」
見つめるエイルの瞳に、頬を染めるマシェリ。
しかしふと、彼女は何かに気づいたように我にかえる。
「そういえば、エイル様のご家族は?」
「いないよ。『ヌエ』を拾った日に家族は全員亡くなった」
「……えっ?」
「暴漢の集団に襲われたんだ。その時に空から突然『ヌエ』が降ってきて、初めて人を斬った」
そうして身寄りのなくなった彼は、貧民として暮らすようになった。
前後して打ち明けられたエイルの過去に、マシェリの表情は陰る。
少しの間を置き、謝ろうとする彼女だが、それより先にエイルが言葉を続ける。
「ただ、家族の代わりのような存在はいた」
「家族の代わり、ですか」
「ああ。同じ廃墟に住んでいた、同世代の子だ」
名前はカナシ。あだ名としてカナと呼んでいた、彼の家族。
小柄であどけなく、中性的な黒髪の子供が、彼の記憶をよぎる。
「アイツのおかげで、俺はなんとか闇に染まらずに済んだ。いつの間にかいなくなってしまったけど、確かにアイツは、俺の家族だった」
そう言って、窓の外に浮かぶ月を眺めるエイル。
懐古する彼の口元は、友との別れを悲しみ、綻ぶ。
初めて見る彼の表情に、釘付けになるマシェリ。
不意に彼女は、意識と思考を置き去りにして動いた。
「エイル、さま」
「どうした、マシェリ?」
「…………いえ、なんでもありません」
流し目でふり返った彼に、マシェリは言葉を殺す。
最後の最後で追いついた理性が、言葉をギリギリで引きとめた。
『私たちもいずれ、家族になれるでしょうか?』
――彼女の言おうとした言葉は、今はあまりにも遠かった。
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