第35話『一緒に踊っていただけますか?』
ババの気配を追い、遅れてエイルが現れる。
そこには半人半魔の怪物が、何者かに覆いかぶさる姿があった。
「大丈夫か!」
状況を察し、駆け寄るエイル。
周囲には激しい殺気が立ち込めている。
しかし直後、パキッという音と共に、その殺気が薄れていく。
同時にババの気配が急激に無くなっていくのをエイルは感じた。
『ゲ、ハァ……』
力なく崩れるババ。
やがて大きな骸の下から、声が響く。
「誰か、いないか!?」
「レクター? そこにいるのか?」
声に気づき、ババの死体へ駆け寄るエイル。
彼はそれを担ぎ上げると、覆いかぶさられていたレクターが這い出し、荒い呼吸をする。
レクターの身体はスーツごと傷だらけで、対するババの露出したコアには、深々とナイフが突き立てられていた。
「お前がやったのか、レクター」
「ああ。手負いの獣は厄介だと言うけれど、まさかこれ程とはね」
地面にすわりこみ、余裕を振り絞るように笑うレクター。
しかしエイルの心眼には、彼の覚悟と恐怖、そして僅かなウソを感じ取る。
こんな状況で余裕を装うことなどできない。エイルは彼の嘘をそう解釈し、ババを放って彼に肩を貸す。
「問題に巻き込んでしまった。すまない」
「構わないさ……ところで、この怪物は?」
「姫様の命を狙う刺客であり、俺の見知った人物でもあった」
「……そんなこともあるんだね」
目を細め、ババの死体を見下ろすレクター。
すると彼は、自らの傷に手をかざし、おもむろに呟く。
「『キュアー』」
瞬間、彼の服や肉体に刻まれていた損傷が、みるみるうちに治癒していく。
エイルの感覚にも、彼の回復が見て取れる。
やがて彼はエイルの肩から離れ、体を軽く動かす。
「得意なんだ、治癒タイプの魔術が」
そう言うと彼は、おもむろにエイルへ振り向く。
何事かわからない彼に歩み寄ったレクターは、そっと彼の目に手をかざす。
「『ディスエンチャント』」
そう唱えた途端、エイルの白濁した瞳は、元の光宿る目に戻る。
視界も回復し、目の前にはレクターの手のひら。
彼はそっと手をどけると、硬い表情で告げる。
「見たがっていただろう、あの子のドレス姿を」
「あ、ああ……」
「まだ舞踏会の時間には間に合う。早く行ってあげるんだ」
「そうはいかない。こうして事件も起きてしまったし、レクターも巻き込んでしまった。隠ぺいなどとてもできない」
深刻ながら、エイルは迷ったような表情で見つめる。
するとレクターは考えるように一瞬うつむき、顔を上げる。
「……僕が何とかごまかす。だから、まずは行こう」
「ごまかすって言ったって、どうやって」
「エイル」
名前を告げ、レクターはエイルの肩を掴む。
「誠意で紡ぐ恋は美しいが、時に嘘をつかないと、取り繕えない場面も来る」
「俺にはわからない世界だな」
「なら慣れておくといい。そうじゃないと」
そこまで言うと、彼はエイルの耳元に唇を寄せる。
「奪われてしまうかもしれないよ。僕のような人間に」
思いがけない彼の言葉に身を引くエイル。
彼の瞳に観測されるレクターは、嘘とも真とも取れない笑みを浮かべている。
視界を取り戻し〝心眼〟が薄くなり、本心などわからない。
しかしレクターは丁寧に、彼に伝える。
「今はキミに譲ってあげるけれど、ここからはわからない」
言い終えると、彼はニッと歯を見せて笑う。
するとエイルも呆れたように鼻で笑い、彼を見て告げる。
「なるほどな……そこまで言うなら、行くしかないな」
「急いだほうがいい。待たせるわけにはいかないからね」
そう言って彼等は走りだし、途中で憲兵にババの亡骸を任せると、会場へと急いだ。
*
レクターと共に王宮内へ戻ったエイル。
会場ではすでに、静かな音楽が奏でられている。
メロディが演奏されるなか、手を取り合って踊る男女を、人々が円を描くようにして囲んでいる。
二人はその人ごみを分け入り、円の中へ入っていく。
すると二人が飛び出した場所には、ちょうどミユウの姿があった。
「あれ、エイル? 向こうは片付いたの?」
「何とかな。それより姫様は?」
「あそこ。緊張してるみたいで、まだ誰とも踊ってない」
指差された方向に、エイルは顔を向ける。
そこにいるのは、これまで彼が見たこともない美しい装いを纏った、大人びた雰囲気を纏うマシェリの姿。
何かを待つような寂しげな姿に、エイルは見とれて息を飲む。
その様子を見て、ミユウは彼の変化に気づく。
「アンタ、ひょっとしてその目」
「……ありがとう、レクター」
ぼそりと呟いた彼の言葉に、反応して振り向くミユウ。
そこにいたレクターは、おずおずと頭を下げる。
だいたいの内容を理解し、ほっと息を吐いた彼女は、固まったまま動かないエイルの背中を見る。
彼女は大きな背に手を置くと、ポンと前へ押し出した。
「じっとしてるヒマがあったら、誘ってきなよ。せっかく練習したんだし」
「……ああ、いってくる」
そう言うと彼は、会場を横切り、マシェリに歩み寄っていく。
落ち込み俯く彼女の横には、ブレアとアーク王の姿。
エイルがその前に立つと、三人は顔を上げて驚いた。
「エイル様……!?」
「お前、あっちはどうした!?」
「片づけてなかったら、ここに立ってない」
驚愕するブレアに答え、マシェリと見つめ合うエイル。
三人は無意識に、彼の視界が戻ったことを理解した。
すると彼は、マシェリに手を差しのべながら告げる。
「お美しくございます、姫様」
「……ありがとうございます。飾らせてもらった甲斐がありました」
「まあ、普段の姫様も可愛らしいですが」
少し冗談を交え、ほほえむエイル。
彼の言葉にマシェリは頬を染めつつ、嬉しそうに笑う。
そうして場が和むと、エイルは満を持してひざまずき、マシェリに尋ねる。
「僭越ながら、一緒に踊っていただけますか?」
「――はい、喜んで」
差しのべられた彼の手に、マシェリは自身の手を重ねる。
そうして二人は舞踊の円に入っていくと、互いに小さく礼をして、そっと優しく組み合った。
柔らかく奏でられる音色に合わせ、二人は息ぴったりに踊る。
その動きは、練習とは少し遠く、若干ぎこちない。
それでも彼は生いっぱいに、マシェリをエスコートし続けた。
「うまくできていますでしょうか?」
「わかりません……でも、とっても楽しいです」
踊りながら会話を交わし、笑い合う二人。
その光景に、来賓も親衛隊も、彼女の父も、そして彼女を殺そうとした青年すら、胸を撃たれて目を輝かせる。
シャンデリアから降り注ぐ金色の光の中、互いを見つめ合って手を重ねる二人の姿は、他の誰よりも輝いていた――。
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