表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/46

第35話『一緒に踊っていただけますか?』



 ババの気配を追い、遅れてエイルが現れる。

 そこには半人半魔の怪物が、何者かに覆いかぶさる姿があった。


「大丈夫か!」


 状況を察し、駆け寄るエイル。

 周囲には激しい殺気が立ち込めている。


 しかし直後、パキッという音と共に、その殺気が薄れていく。

 同時にババの気配が急激に無くなっていくのをエイルは感じた。


『ゲ、ハァ……』


 力なく崩れるババ。

 やがて大きな骸の下から、声が響く。


「誰か、いないか!?」


「レクター? そこにいるのか?」


 声に気づき、ババの死体へ駆け寄るエイル。

 彼はそれを担ぎ上げると、覆いかぶさられていたレクターが這い出し、荒い呼吸をする。


 レクターの身体はスーツごと傷だらけで、対するババの露出したコアには、深々とナイフが突き立てられていた。


「お前がやったのか、レクター」


「ああ。手負いの獣は厄介だと言うけれど、まさかこれ程とはね」


 地面にすわりこみ、余裕を振り絞るように笑うレクター。

 しかしエイルの心眼には、彼の覚悟と恐怖、そして僅かなウソを感じ取る。


 こんな状況で余裕を装うことなどできない。エイルは彼の嘘をそう解釈し、ババを放って彼に肩を貸す。


「問題に巻き込んでしまった。すまない」


「構わないさ……ところで、この怪物は?」


「姫様の命を狙う刺客であり、俺の見知った人物でもあった」


「……そんなこともあるんだね」


 目を細め、ババの死体を見下ろすレクター。

 すると彼は、自らの傷に手をかざし、おもむろに呟く。


「『キュアー』」


 瞬間、彼の服や肉体に刻まれていた損傷が、みるみるうちに治癒していく。


 エイルの感覚にも、彼の回復が見て取れる。

 やがて彼はエイルの肩から離れ、体を軽く動かす。


「得意なんだ、治癒タイプの魔術が」


 そう言うと彼は、おもむろにエイルへ振り向く。

 何事かわからない彼に歩み寄ったレクターは、そっと彼の目に手をかざす。


「『ディスエンチャント』」


 そう唱えた途端、エイルの白濁した瞳は、元の光宿る目に戻る。


 視界も回復し、目の前にはレクターの手のひら。

 彼はそっと手をどけると、硬い表情で告げる。


「見たがっていただろう、あの子のドレス姿を」


「あ、ああ……」


「まだ舞踏会の時間には間に合う。早く行ってあげるんだ」


「そうはいかない。こうして事件も起きてしまったし、レクターも巻き込んでしまった。隠ぺいなどとてもできない」


 深刻ながら、エイルは迷ったような表情で見つめる。

 するとレクターは考えるように一瞬うつむき、顔を上げる。


「……僕が何とかごまかす。だから、まずは行こう」


「ごまかすって言ったって、どうやって」


「エイル」


 名前を告げ、レクターはエイルの肩を掴む。


「誠意で紡ぐ恋は美しいが、時に嘘をつかないと、取り繕えない場面も来る」


「俺にはわからない世界だな」


「なら慣れておくといい。そうじゃないと」


 そこまで言うと、彼はエイルの耳元に唇を寄せる。


「奪われてしまうかもしれないよ。僕のような人間に」


 思いがけない彼の言葉に身を引くエイル。


 彼の瞳に観測されるレクターは、嘘とも真とも取れない笑みを浮かべている。


 視界を取り戻し〝心眼〟が薄くなり、本心などわからない。

 しかしレクターは丁寧に、彼に伝える。


「今はキミに譲ってあげるけれど、ここからはわからない」


 言い終えると、彼はニッと歯を見せて笑う。

 するとエイルも呆れたように鼻で笑い、彼を見て告げる。


「なるほどな……そこまで言うなら、行くしかないな」


「急いだほうがいい。待たせるわけにはいかないからね」


 そう言って彼等は走りだし、途中で憲兵にババの亡骸を任せると、会場へと急いだ。



 レクターと共に王宮内へ戻ったエイル。

 会場ではすでに、静かな音楽が奏でられている。


 メロディが演奏されるなか、手を取り合って踊る男女を、人々が円を描くようにして囲んでいる。

 二人はその人ごみを分け入り、円の中へ入っていく。


 すると二人が飛び出した場所には、ちょうどミユウの姿があった。


「あれ、エイル? 向こうは片付いたの?」


「何とかな。それより姫様は?」


「あそこ。緊張してるみたいで、まだ誰とも踊ってない」


 指差された方向に、エイルは顔を向ける。

 そこにいるのは、これまで彼が見たこともない美しい装いを纏った、大人びた雰囲気を纏うマシェリの姿。


 何かを待つような寂しげな姿に、エイルは見とれて息を飲む。

 その様子を見て、ミユウは彼の変化に気づく。


「アンタ、ひょっとしてその目」


「……ありがとう、レクター」


 ぼそりと呟いた彼の言葉に、反応して振り向くミユウ。

 そこにいたレクターは、おずおずと頭を下げる。


 だいたいの内容を理解し、ほっと息を吐いた彼女は、固まったまま動かないエイルの背中を見る。

 彼女は大きな背に手を置くと、ポンと前へ押し出した。


「じっとしてるヒマがあったら、誘ってきなよ。せっかく練習したんだし」


「……ああ、いってくる」


 そう言うと彼は、会場を横切り、マシェリに歩み寄っていく。

 落ち込み俯く彼女の横には、ブレアとアーク王の姿。


 エイルがその前に立つと、三人は顔を上げて驚いた。


「エイル様……!?」


「お前、あっちはどうした!?」


「片づけてなかったら、ここに立ってない」


 驚愕するブレアに答え、マシェリと見つめ合うエイル。

 三人は無意識に、彼の視界が戻ったことを理解した。


 すると彼は、マシェリに手を差しのべながら告げる。


「お美しくございます、姫様」


「……ありがとうございます。飾らせてもらった甲斐がありました」


「まあ、普段の姫様も可愛らしいですが」


 少し冗談を交え、ほほえむエイル。

 彼の言葉にマシェリは頬を染めつつ、嬉しそうに笑う。


 そうして場が和むと、エイルは満を持してひざまずき、マシェリに尋ねる。


「僭越ながら、一緒に踊っていただけますか?」


「――はい、喜んで」


 差しのべられた彼の手に、マシェリは自身の手を重ねる。


 そうして二人は舞踊の円に入っていくと、互いに小さく礼をして、そっと優しく組み合った。


 柔らかく奏でられる音色に合わせ、二人は息ぴったりに踊る。

 その動きは、練習とは少し遠く、若干ぎこちない。


 それでも彼は生いっぱいに、マシェリをエスコートし続けた。


「うまくできていますでしょうか?」


「わかりません……でも、とっても楽しいです」


 踊りながら会話を交わし、笑い合う二人。

 その光景に、来賓も親衛隊も、彼女の父も、そして彼女を殺そうとした青年すら、胸を撃たれて目を輝かせる。


 シャンデリアから降り注ぐ金色の光の中、互いを見つめ合って手を重ねる二人の姿は、他の誰よりも輝いていた――。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この作品を「面白い!」「もっと続きを読みたい!」と少しでも感じましたら、

広告下の☆☆☆☆☆評価、ブックマークをしていただけますと幸いです。


執筆の励みになりますので、何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ