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第34話『悪あがきの逃亡』



 決着をつけ、エイルは『ヌエ』を鞘におさめる。

 そこに憲兵から伝言を聞いたブレアが現れる。


「大丈夫かエイル!」


 ブレアの声に気づき、振りかえるエイル。

 白く濁った瞳は、月のような輝きをわずかに残していた。


「侵入者はなんとか倒せた。会場は無事か?」


「おかげさまでな」


「あとはスズ達のケガ含め、王宮の損傷をどうするか……」


 言いながら顎に手を当てたその時。

 わずかに復活した気配に、誰より早くハリスが気づく。


 遅れて彼の背後を見たブレア。

 瞳に映るのは、体の半分が元に戻った歪なババの姿。


 深く刻まれた傷口からは、ひび割れた青緑色のコアが覗いていた。


「スズの言っていたとおりか……まあ、少々特異なようだが」


 自分たちの存在と彼を重ね、憐れむブレア。

 ほぼ瀕死の男に歩みよった彼女は、優しく手を伸ばす。


 だがババはその手を弾き、後ろに跳び下がる。


『バカにすんじゃねぇ……バケモノと死にぞこないの癖に……!』


「何のことを言ってるのかわからないが、バケモノで死にぞこないは、お前だと思うぞ?」


『――――ッ!』


 なにげないブレアの一言が、ババの表情を更に曇らせる。

 呪いで死ぬはずだったエイルに負け、半魔族のブレアに情けをかけられ、彼のプライドはズタズタだった。


 すると彼は、どこからかビー玉ほどの球を取りだす。

 それはかつてミザリーが使っていた煙幕だった。


 彼はそれを地面へ叩きつけ、強烈な煙を発生させる。

 ブレアは咄嗟に顔を隠すが、視界が晴れた頃には、彼の姿はそこになかった。


「くっ、どこに行きやがった!」


「裏庭を通って北門に逃げているらしい。そこまでアイツの身体が持つかはわからないけれど」


「……まずいな」


「まずい、とは?」


「実は会場出入り口の封鎖には成功したのだが、数名所在のわからない参加者がいてな……」


 ブレアの言葉を理解するエイル。

 続けて彼女は、特定できていない来賓の名前を挙げていく。


 先に挙げられた何名かは、エイルとあまり面識のない人々。

 だが最後に挙げられた名前で、彼は目を見開く。


「……あと、レクター。彼と一緒にいたナビンスという連れはいた・・が、彼もどこに行ったのかわからないらしい」


 奇妙なことを口走るブレア。

 しかし彼等はナビンスとババが同一人物であったことは知らない。


 嫌な予感を覚えたエイルは、聞き終えると共に走りだす。


「……ババを追う。ブレアは引き続き不自然ではない封鎖と、見つかっていない人たちの保護を頼む」


「ああ。無理はするなよ」


 言葉を交わすとブレアもまた、王宮へ走りだす。

 ババの気配を辿って駆けるエイルは、内心で呟く。


(レクター……お前は味方なのか、敵なのか……?)



 月に照らされる夜闇の中、もう一人の走る者。

 彼はぐずぐずに崩れていく体を引きずりながら、必死の形相で声をもらす。


『クソッ! なんで、なんで俺がこんな目に逢わなきゃいけないんだ……!』


 歪なバケモノに変わったババは、瞳に涙を浮かべる。

 悲しげなその瞳は、すでに自身の運命を知っているかのようであった。


『俺はただ、ホプキンスとミザリーと一緒に、バカやってたいだけだったのに……!』


 ぐずるように自身の叶わぬ思いを吐きだすババ。

 すると彼の前に、一人の人影が立ち塞がる。


「それがキミの望みだったのか」


『……レクター』


 青い月光の下、目の前に立つレクターを見て、彼は立ち止まる。

 その手には、禍々しくねじれた銀色のナイフが握られていた。


 やがて彼はババの姿を薄目で見つめ、小さく漏らす。


「だから言ったのに……元に戻る薬は後に使えって」


 揺らぐ彼の瞳には、確かな決意が浮かんでいた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この作品を「面白い!」「もっと続きを読みたい!」と少しでも感じましたら、

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執筆の励みになりますので、何卒よろしくお願いいたします。

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