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第33話『心眼一閃』

 


 先に仕掛けたのはエイルだった。

 斬撃が効かないババに対し、彼は『ヌエ』を突きの形で構える。


『シェアァァ……たぶん無駄だと思うぜ?』


「それはどうかな。試すに越したことはないだろう」


 筋肉組織をスライムのように波立たせるババに、エイルは一飛びで距離を詰める。

 瞬間、余裕だったババが何かを感じて回避に動く。


 直後――ゴウッ! という音と共に、刀が衝撃波を放つ。

 その一撃は逃れたはずの彼の足を、余波だけで簡単にえぐった。


『ぎィッ……!?』


 削られた足に苦痛の声をあげるババ。

 しかしその声が、エイルに居場所を伝えてしまう。


 無駄のない動きで彼は体を上げ、跳躍していたババに狙いを定める。


『ヤベェ、死――』


 言い終わる前に、彼の身体は四散した。

 目を瞑ったエイルが、『ヌエ』の先を突き立て、文字通り彼を〝破壊〟したのだ。


 怪物の肉片が雨のように降りそそぐ。

 するとそこへ、数名の憲兵が駆け寄ってくる。


「エイル殿、これは……!」


「侵入者だ」


 庭に広がる凄惨な光景を目の当たりにし、戦慄する憲兵たち。

 しかしエイルもまた、彼等とは違う種の厳しい表情をしていた。


「近づかないほうがいい。まだ倒しきれていないからな」


「は……?」


「この場を来賓に見られてはまずい。誰も外に出ないよう、なんとか抑えてくれ。それと会場の天井裏に怪我人が――」


 指示を出しているさ中、飛び散った肉片がうごめきだす。

 それに気づいた憲兵が視線を逸らすと……突如、肉片は風船のように急激に膨張した。


「うわっ! な、何だ!?」


「やはりこうなったか……!」


 無数に増殖したババの気配に、エイルは刀を握りしめる。

 彼は前へ跳び出し、目の前の肉腫を切り裂く。


「ここは俺が抑える。みんなはさっき指示したことを!」


「わ、わかりました!」


 走り去っていく憲兵たちを背に、エイルは臨戦態勢になる。

 無数の肉片は全て怪物化したババと同じ姿を取り、彼を取り囲む。


『痛ぇ……よくもやってくれたな……』


 増殖したババの一体、正面に立つ彼が口を開く。

 人とも獣とも取れない顔には苛立ちが浮かび、ネズミのような牙を剥き出しにする。


「姫様に危害を加える者は、全て俺の敵だ」


『お役御免の分際で、調子に乗りやがって!』


「そうしてお前達に殺されかけた命を助けてもらった。だから俺は……お前を斬る」


『やれるモンなら、やってみろやァ!』


 絶叫するババ。

 同時に無数の怪物が襲いかかる。


 対するエイルも、『ヌエ』に瘴気を纏わせる。

 攻撃を縫うように回避し、刃から放たれる黒い霧で敵を飲み込み、撃破していく。


 怪物の数も減らないが、彼の動きも衰えない。

 爪の斬撃を避け、『ヌエ』で敵を抉り抜く。


 そうして彼が刃を振り上げ、複数体のババを消失させた瞬間、ヌエの声がこだまする。


『すまぬ、これ以上は食えん! 満腹だし何より不味すぎる!』


 エイルより先に音を上げた妖刀。

 しかし彼はフッと微笑み、彼女に答える。


「ありがとう。おかげで雑魚は減らせた」


『大丈夫なのか? お主一人で』


「ああ――次で片づける」


 彼はそう言うと、ヌエを一度納刀する。

 戦意を失ったように見えるエイルに、怪物は容赦なく襲い掛かる。


 それを彼は最小限の動きでかわし、一歩ずつ歩いていく。

 そして突如地面を蹴り跳躍し……カッと目を見開く。


「――そこだ」


 静かに告げ、『ヌエ』を抜刀する。

 白銀の刃は複数いる怪物の一体を捉え、切り裂く。


 刃を握るエイルの手に、鉱石を削るような感覚が走る。

 はじめての手応えに、彼は勝利を確信する。


 見開かれた瞳は、まるで空に浮かぶ乳白色の月のように輝いていた。


『なんでわかった……!?』


 本体を見抜かれコアまで傷つけられ、驚愕するババ。

 敗北が決定した彼の問いかけに、エイルは呆れ顔で答える。


「いくら増殖しても、お前しか喋っていなかったからな」


『な……っ!?』


「乱戦の中でコアを削るのは『心眼』なしではできなかったが……普通の戦いであれば、盲目のままでも倒せたぞ」


 白銀の瞳で彼を見つめ、エイルは告げる。

 本体が深刻なダメージを負ったからか、増殖した怪物は水風船のように弾け、やがて跡形もなく消えていく。


 残されたババは月光の下、ガクンと膝をついて崩れた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この作品を「面白い!」「もっと続きを読みたい!」と少しでも感じましたら、

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執筆の励みになりますので、何卒よろしくお願いいたします。

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