第32話『妖刀使い推参』
スズの身体が、屋根裏の壁に叩きつけられる。
それでも彼女は人々に悟られないよう、苦痛の声を殺す。
怪物に変身したババは彼女へ歩み寄る。
そしてスズの首を掴み、締め付けながら持ち上げた。
『シ、シシ……どうした、終わりか?』
奇声を上げていたババが言葉を取り戻す。
ネズミのような頭に輝く瞳も、焦点のあったモノに戻る。
「ぐ、がっ……」
『バケモノ風情が、人間様に楯突くからこうなるんだよ』
ギチギチと首を絞め、煽るババ。
気道を塞がれたスズは、苦しそうな声をもらし続ける。
それでも彼女は、勝ち誇った目で見上げるババを観察する。
がら空きの腹部に気づいたスズは、振り被って蹴りを見舞う。
『おごッ!?』
ぐしゃりと音を立てるババの腹。
彼はスズを手放し、よたよたと引き下がって地面へ崩れる。
同じく地面へ四つん這いになり、咳込むスズ。
ババは彼女を恨めしそうな目で見つめる。
『このクソアマが……シェアァァァッ!』
咆哮とともに、禿げ上がったババの体表がブツブツと泡立つ。
すぐにスズは彼の変化へ気付くが、意識が朦朧として動けない。
その間にババは立ち上がり、バッと体を広げる。
『ジェアアアアアアッッッ!』
叫んだ瞬間、バケモノの両腕が勢いよく千切れる。
異常な光景にスズは驚くも、すぐに腕はまた生えてきた。
しかし直後、ふっとんだ腕はぐねぐねとうごめき、巨大化する。
そうして腕は少しずつ人の形へ変化し……やがて、ババと同じ見た目の怪物が二体増えることになった。
「分身……否、増殖か……!?」
『こんなこともできちまうとは、とんでもねえ薬だな』
「なんと奇怪な……!」
声を震わせながら立ち上がるスズ。
数の増えたババは、三方向からはさむように迫りくる。
視線と体を動かし、スズはガードを固めて警戒する。
だがババは彼女をあざ笑うように、同時に飛び掛かる。
『『『シェアアアアァァァッッッ……!』』』
咆哮し、銀色にかがやく鋭い爪を向ける怪物。
速度で勝る彼等に、なすすべなく目を瞑るスズ。
両者の距離がみるみる迫っていく――その時だった。
ガギィンッ! という重々しい金属音と共に、三体の怪物の爪が、一振りの刀の前にさえぎられる。
衝撃音にスズが顔を上げ、瞳に映る男の名を呼ぶ。
「エイル殿……!」
「すまない、遅くなった」
振り向くことなく返答するエイル。
彼は見えない目で怪物を睨み、刃を払って彼等をはじく。
音も立てず床に着地する異形たち。
三体の存在を視界以外の五感でエイルは知覚し、静かに驚く。
(ババが、三人いる……しかも人ではない姿で……?)
会話を交わすより早く、正体と異常性に気づく。
そんな彼に守られたスズが告げる。
「その者は珍妙な薬品を摂取して、異形に変身したのです」
「……増えているのは理解できないけれど」
「私も原理はさっぱりであります」
敵の情報を共有している間にも、怪物は立ち上がる。
『チッ……てめえか……!』
「ミザリーが関わっているなら当然お前もいるだろうな。ホプキンスはどうした?」
『今ごろアジトでぬくぬくしてるだろうよ』
会話している隙に、散開するババとその増殖体。
先んじて気づくスズだが、声を上げるより早く襲いかかる。
先陣を切ったババ本体の攻撃を、エイルは紙一重で避ける。
続く二体は刃で受け止め、涼しい顔で告げる。
「まだ下は気付いていないが、あまり大きな音は立てるな」
『クソッ!』
注意して早々、ババが大きな声をもらす。
一瞬ドキリとするエイルだが、階下から気づかれた様子はない。
ホッとした彼に、増殖体は身を引き、再度襲いかかる。
そんな不意打ちに気を取られることなく、エイルは横一文字に刃を振るう。
「――単純な動きだ」
たちまち腹から両断される二つの異形。
彼等はそのまま背後へすっ飛び、スズの左右に転がる。
刃についた血を払い、ババへ顔を上げる。
しかし直後、エイルは特異な気配を感知する。
(……余裕か。まだ何かあるな)
ババから感じ取った感情の答えは、再生して背後から襲いかかる彼の分身体の存在により、発覚する。
「エイル殿!」
今度は声をあげたスズと同時に、エイルは身をひるがえす。
瞬間、黒い瘴気を纏った『ヌエ』を彼は振るう。
黒霧の中に形成された獣のような口が、彼等の肉体を丸呑みする。
『う、不味いのう……それに腹に溜まる……』
「ありがたいが、大丈夫か?」
『構わぬ。ただ今日はもう食べれそうにないのう……』
参った声を上げるヌエに、優しく微笑むエイル。
二人の姿を見上げるスズだが、直後彼等の背後に、ババ本体の大きな影が飛び掛かる。
しかしエイルは振りかえることなく、彼の腹部を刺し貫く。
そしてくるりと反転し、そのまま突進する。
『ぐおおっ!?』
間髪入れないカウンターに驚くババ。
巨大な天井裏で彼を押し込みつつ、ヌエとエイルは会話する。
『どうやら斬撃はあまり有効打ではないようじゃのう』
「この前のキマイラよろしく再生するし、面倒だな」
『しかしどうやら、コイツには核があるようじゃ』
「核?」
『この姿を保つ心臓部のようなものじゃ。全身を移動しておるが、弱点としてはわかりやすいのう』
「……なるほど、それを潰せばいいワケか」
弱点を理解したエイルは、一度ババから刃を引き抜く。
吹っ飛ばされる彼と走りながら、刃を屋根裏の壁へ振るう。
するとその壁は、音も立てずバラバラに崩れる。
月の浮かぶ外の夜空が望む外へ、エイルとババはそのまま放り出される。
「暴れるのにあそこでは少し制約があるからな……壁の修繕、どう言い訳したものか」
心配しながら、濁った目を細めるエイル。
彼を見上げて表情を曇らせる怪物と化したババ。
戦場を外へ移し、二人は空中でにらみ合う……!
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