第31話『悪意を止める者』
エイルが異変に気づいた同時刻。
ババはすでに、謁見の間の天井裏にいた。
配備されていた守衛を不意打ちで倒し、設備を管理する技師を気絶させた彼は、シャンデリアを吊るす鎖の前に立つ。
(あの豪華なドレスの女か。わかりやすくて助かるぜ)
足元の穴からマシェリを見つけ、彼の口角は上がる。
隠していたハンドアックスを取り出したババは、彼女が真下に来るのを待っていた時だった。
彼の背後に、スーツをまとった足が立つ。
「こんなところで、何をしているでありますか?」
少女の声に呼びかけられ、振り向くババ。
彼の視線の先にある闇の中に立つのは、巨大なガントレットを腕に装備したスズの姿だった。
「エイル殿の手信号に気づいて、先んじて来てみれば。ずいぶん仲間を可愛がってくれたでありますな」
「バレたか……くそっ!」
「その斧でなにをするつもりですか? まあ、答えは求めていませぬが」
巨大なガントレットをゆらし、歩みよるスズ。
ババは引き下がりつつ、ハンドアックスを投げつける。
ブーメランのように斧は飛来するが、スズはガントレットを一なぎし、弾きとばす。
「ずいぶん軽い斧でありますな。その細身では仕方ありませぬか」
「チッ、バケモノが!」
悔しげな声をあげ、斧をもう一つ取りだすババ。
暗殺計画を前に、彼はスズの排除に乗りだす。
「くたばれッ!」
「効かぬッ!」
振り下ろされるアックスを軽くガードするスズ。
空中で無防備なババに、拳が叩きつけられる。
岩石のような巨大な拳は、彼を屋根裏の端まで吹き飛ばす。
膝をついたババは、懐から注射器を取りだす。
「この身体じゃ戦いづらくて仕方ねェ……!」
彼がそう言うと、注射器を腕に突き立てる。
みるみると体内に流れ込んでいく色のついた液体。
それに合わせて、彼の身体がボコボコと盛り上がり、元の筋骨隆々なババの姿へと戻る。
「奇怪な……どちらがバケモノか」
「お前もモンスターなんだろ? お前等にバケモノ扱いされる道理はねェ!」
さきほどスズが弾き飛ばした斧を拾い上げ、二本のハンドアックスを彼はかまえる。
応じるように腰をかがめ、戦闘態勢に入るスズ。
睨み合った二人は、床板を蹴ってぶつかる。
体格差であればババの圧倒的有利。
しかしスズの肉体に秘められた力が、彼を押し返す。
「なんて馬鹿力だ!」
「まだまだ、ここからが本領!」
得意げに告げたスズは、ババを大きく弾く。
抵抗できず空中で無防備になる彼に、下から突き上げるようなガントレットのラッシュが放たれる。
「が、ぐ、ごぁッ!?」
拳が衝突するたび、声を上げるババ。
決め技のアッパーを食らい、彼は宙を舞って地面に落ちる。
そこへ容赦なくせまるスズの追撃。
彼は朦朧とする意識の中で、身を転がす。
床に叩き下ろされようとする拳。
だがスズはそれを寸前で止め、制止した。
「なるほど、下にバレたら困るってか?」
「左様。しかし力の差は歴然!」
スズの言うように、ババは劣勢を強いられる。
本領とはいえ大きく動けないスズに、手も足も出ない彼。
ババは転がるように攻撃を避け、苦い顔をする。
「ムカつく女だ……こちとら仕事中だってのによォ!」
「その仕事とやらが上手くいかれると、私達が困るのでありますよ」
「こうなったら――ッ!」
もう一度ふところへ手を突っ込むババ。
彼はもう一本の注射器を握り、忠告を思い出す。
『強化薬は万が一だ。くれぐれも絶対に、元に戻る薬を使ったら投薬するな』
レクターの強い言葉にババは一瞬だけためらう。
すでに彼は、元に戻る薬物を使用してしまっている。
だが今のままではスズに対抗できる力はない。
ババはニタリと笑うと、ゆっくりとスズへ視線を上げる。
「大したことは起きねえだろ……それに今は万が一の状態だ」
楽観視しながら言い訳を作り、ババはレクターとの約束を破り、注射器を腕へ刺す。
別の色の薬物が彼の身体へ入っていく。
瞬間、彼の肌の色が一気に紫色へ変色していく。
「ぐ、ぐぁ……ッ!?」
「な、何を投薬したでありますかっ!?」
目に見える異常性に、思わず心配の声を上げるスズ。
しかしババの意識にその言葉は入っていかない。
体格はさらに大きくなり、頭部は毛のないネズミのように変化していく。
そうして彼は、スズの数倍近い体格を手に入れ、彼女を見下ろす。
『フシュウゥゥゥゥゥ……ッ!』
威嚇の声を上げるように、大きく息を吐くババ。
スズはたじろぎながらも拳をかまえ、彼を睨む。
「……来なさい、怪物!」
『シェアアアァァァァァァァァ』
本物のバケモノと化したババを挑発し、スズは果敢に攻め入る――!
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次回は3月3日(水曜日)12時の投稿予定です。
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