裏切りパーティの墜落(6)『暗殺作戦と黒幕の動揺』
時はわずかに遡り、マシェリが現れる前。
舞踏会の会場に備えられたベンチに、レクターは座り込んでいた。
顔から血の気が引いた彼は、手を合わせてうだれる。
暗殺計画はもうすぐそこまで迫っていた。
(僕自身が手を下すワケじゃない……なのに、この緊張は慣れないな)
自身の臆病さを心の中で笑うレクター。
そんな彼のもとに、幼女を連れた青年が歩み寄る。
「恐怖に迷いに、緊張か。何をそんなに悩んでいる?」
「……エイルか」
彼の心を見通し、エイルは微笑む。
レクター自身の迷いが、心眼から彼を守っていた。
それを察したレクターは、利用するように嘘をつく。
「マシェリ姫をダンスに誘おうか、迷っていてね」
心眼にも気づかれない、本心を交えた嘘。
言葉と同時にレクターは彼の顔を伺う。
エイルの見せた表情は……あくまで彼を疑う様子などかけらもない、わずかな困惑が浮かぶ顔。
その表情に、レクターは気づく。
「ひょっとして、君も誘うつもりなのかい?」
「……何事もなければ、な」
エイルの想いを知るレクターは、彼を興味深く観察する。
「恋焦がれる男をそんな目で見るでないわ」
「ああ、ごめんね……君は初めましてだね。僕はレクター、よろしくね」
「……わらわは、ただの補助役じゃ」
注意されたレクターは、自己紹介ののちに腕を組む。
そうして数秒考え込んで、彼に告げる。
「僕も恋愛経験は無いけれど、きっと君が誘うならマシェリ姫も喜ぶよ」
「……レクターほどの男が未経験は嘘だろ」
「嘘か本当か、心眼を持つ君ならわかるだろう?」
心眼込みで話すレクターに、嘘ではないと示すようにうなずくエイル。
するとレクターは、無意識に本心を吐露する。
「友人は多いつもりなだし、好意は向けられるのだけれどね。僕は人を好きになったことがないんだ」
「意外だな。人を手玉に取るのが上手いと思っていた」
「逆だよ。いつも感情と状況に翻弄されてばかりだ。だからリンにもたまに遅れを取る」
「あいつは対等に立ち回れる方が珍しいだろ」
何気ない会話に発展する二人。
レクターから迷いが消えることはなかったが、ごまかされるように薄らいでいく。
彼のリラックスを察したエイルは、安心したように微笑む。
「だいぶ和らいだようだな」
「君のおかげだ、ありがとう」
礼をしたレクターに、会釈を返して振り返るエイルたち。
少しずつ遠ざかっていく中、レクターは内心で嘲る。
(これから命を奪おうとする相手の恋路を応援するとは、僕は何を考えているのだろう)
その瞬間だった。
まるで彼の心を完全に読み取ったように、エイルがバッと振りかえる。
「ど、どうしたんだい?」
「今のレクターは信頼しているし、姫様を誘おうというなら構わない」
前置きをした彼は、濁った目で彼をにらむ。
「だが、姫様を不幸にするなら、俺はお前を許さない……なんてな」
最後は冗談めかすように締める。
だが彼の目は、見えているかのように本気だった。
最終的には釘を刺される程度で済まされたレクター。
しかし見抜かれた緊張は消えず、椅子の上で固まる。
するとそこへ、何も知らないババが歩み寄ってくる。
「どうしたんだ? こんな時に顔色が悪いぞ?」
呑気な声を上げるババに、レクターは立ち上がる。
「……ナビンス、二分置いて例の死角に来い」
「わ、わかった」
冷たく告げたレクターは、ババを置いてその場を後にした。
*
ちょうど二分後、彼等は謁見の間を出てすぐの場所にある、警備の死角で落ち合う。
暗殺に利用できる場所ではないが、ここならどんな話をしても誰にも聞かれることはない。
そこで二人は、暗殺の最終確認をする。
「マシェリ姫が入場したら、彼女は謁見の間の中心でスピーチする。その時に君は、天井裏に行ってシャンデリアの鎖を切断するんだ」
「シャンデリアで押し潰すんだな?」
「失敗しても手が加わった証拠さえ残れば各国の警戒心は高まる。必ず成功させてくれ」
覚悟の決まったレクターに、息を飲んで頷くババ。
レクターは彼の反応を見ると、懐から二本の注射器を取りだす。
「元の姿に戻る薬と、魔獣を基にした強化薬だ。一応預けておく」
「おう、サンキューな」
軽い調子で受け取ろうとするババ。
しかしレクターは、注射器を握りこんで忠告する。
「強化薬は万が一だ。くれぐれも絶対に、元に戻る薬を使ったら投薬するな」
「わ、わかったよ……」
「絶対だからな」
念をかさねてやっと手渡すレクター。
ババは注射器を受け取ると、手筈通りに謁見の間の天井裏へ続く道を走る。
一人になったレクターは、会場に戻ろうと歩きだす。
しかし会場に続く大扉は閉まっていた。
疑問に思って周囲を見ると、彼は横を向いて固まる。
そこには大勢の使用人に囲まれる、華やかに着飾ったマシェリの姿があったのだ。
するとマシェリは彼の視線に気づて振り向く。
「レクター様? どうなされました?」
「す、少し手洗いで身だしなみを整えていたら、閉まっていたもので」
「それは申しわけありません。私の入場が一つのイベントのようになってしまっていて」
マシェリは謝罪しながら、大人びた顔で微笑む。
彼女の笑顔とその姿に、レクターは声を失う。
「私が入場しましたら再び解放されますので、少々お待ちください」
「あ、ああ……」
返事と同時に、謁見の間からマシェリの入場を呼ぶ声が響く。
彼女はレクターに礼をし、前へ向き直る。
美しい横顔に心を奪われるレクター。
その間に大扉は開き、彼女は光の中へ入っていく。
見惚れる彼は、数秒遅れて場内へ戻る。
その後もレクターは、マシェリの姿に見惚れていた。
……異変に気づき、真横を走っていくエイルに、互いに気づかないほどに。
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