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第30話『夜のはじまり』



 舞踏会当日。

 夕刻から開演するパーティーを前に、王宮の忙しさはピークに達していた。


 広い廊下を忙しなく走り回る使用人たち。

 壁に背中をあずけたブレアは、楽しそうに観察する。


「ほれほれ頑張れ、もう時間もないぞー」


「ブレア殿! そんなところで油売ってないでくだされ!」



 廊下の向こうからスズに呼ばれ、ブレアは彼女と並んで歩きだす。


「残りの連中は?」


「すでに控室へ集まっております!」


「早いな。スズは持ち場の確認はしたか?」


「会場への合流地点でありますよね?」


「バッチリだ」


 親指をたてるブレア。

 彼女たちは親衛隊の控え室へついて扉を開く。


 そこにはスーツを着込んだミユウとエイル、そして彼等と同じ格好をしたヌエの姿もあった。


「……この格好はさすがに似合わぬと思うのじゃが」


 スーツの裾をつまむヌエ。

 幼児に近い少女体型には、不釣り合いな格好だ。


 しかし理由を知るエイルは、彼女を撫でてなだめる。


「杖をつく護衛というのは相手に付け込む隙を与えかねないからな」


「でもお主、もう目が見えているのと変わらぬじゃろう」


「おかげさまでな」


 これまで杖の代わりをしてくれたヌエへ感謝を告げる。

 服装に不満をいだきつつ、まんざらでもない彼女。


 ヌエの不満もある程度なくなったところで、ブレアは四人を集める。


「多くの警備を配置したが、守護の要は私たちだ。今回は四人で会場の全範囲を観察できる配置にした」


 さらに異常があれば、気づいた本人だけでなく、最低一人はすぐに駆けつけられる配置である。


「異常に気づいたら手を挙げろ、それが合図だ」


「「「了解!」」」


 強く告げられたブレアの号令に、親衛隊は声を張り上げた。



 数時間後、舞踏会は始まった。


 謁見の間に集められた各国の要人へ、魔族の使用人たちが最高のおもてなしで笑顔をふりまく。


 最初はもの珍しそうだった彼等も柔和になっていく。

 それでもアーク王が姿を現した時はざわめいた。


「こ、子供……?」


「彼が、建国から百年君臨し続ける王なのか?」


 容姿に驚く者や、観察するように目を細める者。


 多種多様な反応を見せる人々の前で、玉座の前に立ったアーク王は、にやりと笑って口を開く。


「申し訳ない、これでも成長期なのだよ」


 微妙なジョークだが、会場のところどころから笑い声が響く。


 アーク王はその後も軽快に話を続け、開催の協力者であるリンを壇上へあげる。


「集まってくださった皆様、どうぞ今回のパーティを楽しんでください!」


「我等魔族が全力で来賓をもてなそう!」


 二人の宣言に拍手が巻き起こる会場。

 かくして舞踏会は、無事に開演された。


 その後しばらくは何もないが、エイルたちは監視をおこたらない。


「エイル、何か感じるか?」


「いや、今のところは。ヌエはどうだ?」


「大人の姿に変身すれば良かった……」


 視線の低さを嘆くヌエ。

 するとその時、大扉が開いてリザードマンの使用人が告げる。


「マシェリ・アムール・アーク王女殿下のご入場です。皆さまあたたかな拍手でお迎えください」


 来賓の視線が一斉に扉へ向けられる。


 入ってきたマシェリは、普段の可愛らしいドレスではなく、気品に溢れた豪華な衣装に飾られていた。


 いつもは幼さのある顔も、化粧で一層大人びる。

 人々は男女問わず、その美しさに見惚れた。


「あれが魔族の姫……噂通りの可憐さだ……」


「すごい威厳ね。まだ子供なのに」


 口々にマシェリを称える来賓の人々。

 彼女の耳にもその声は届いているが、動じることはない。


 それでもエイルは、彼女の心情を感じ取る。


「さすがに緊張しているな」


「うむ。しかし一切漏らしておらぬ、立派な子じゃ」


 まるで親のような反応をするヌエ。

 だが彼女の言葉を聞き、エイルは少しだけ俯く。


「マシェリのドレス姿はどうだ?」


「いつにも増して大人びておる。美しいぞ」


「……見たかったな」


 彼ははじめて、心眼の代わりに失ったものを後悔した。

 エイルの言葉から察し、寄り添おうとするヌエ。


 ――その時、エイルは目をカッと見開く。


「殺気だ……」


「……場所はどこからじゃ」


 ヌエに催促されて、ラジオのチャンネルを絞るように、心眼の精度を狭めていくエイル。


 やがて発生源を見つけ出したエイルは、その方向を指さす。

 彼が示した場所は――頭上だった。


「どういうことじゃエイル!?」


「あまり余裕はない。急ぐぞ」


「ま、待てエイル! 説明するのじゃ!」


 来賓たちの隙間をとおり、走り出すエイルとヌエ。

 人々は若干怪訝そうな顔で彼等を見る。


 それは少し離れた場所にいるマシェリも同じだった。


「エイル様……?」


 自分を守るために走りだしたエイルを見送りながら、彼女はその名を呟いた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この作品を「面白い!」「もっと続きを読みたい!」と少しでも感じましたら、

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執筆の励みになりますので、何卒よろしくお願いいたします。

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