第30話『夜のはじまり』
舞踏会当日。
夕刻から開演するパーティーを前に、王宮の忙しさはピークに達していた。
広い廊下を忙しなく走り回る使用人たち。
壁に背中をあずけたブレアは、楽しそうに観察する。
「ほれほれ頑張れ、もう時間もないぞー」
「ブレア殿! そんなところで油売ってないでくだされ!」
廊下の向こうからスズに呼ばれ、ブレアは彼女と並んで歩きだす。
「残りの連中は?」
「すでに控室へ集まっております!」
「早いな。スズは持ち場の確認はしたか?」
「会場への合流地点でありますよね?」
「バッチリだ」
親指をたてるブレア。
彼女たちは親衛隊の控え室へついて扉を開く。
そこにはスーツを着込んだミユウとエイル、そして彼等と同じ格好をしたヌエの姿もあった。
「……この格好はさすがに似合わぬと思うのじゃが」
スーツの裾をつまむヌエ。
幼児に近い少女体型には、不釣り合いな格好だ。
しかし理由を知るエイルは、彼女を撫でてなだめる。
「杖をつく護衛というのは相手に付け込む隙を与えかねないからな」
「でもお主、もう目が見えているのと変わらぬじゃろう」
「おかげさまでな」
これまで杖の代わりをしてくれたヌエへ感謝を告げる。
服装に不満をいだきつつ、まんざらでもない彼女。
ヌエの不満もある程度なくなったところで、ブレアは四人を集める。
「多くの警備を配置したが、守護の要は私たちだ。今回は四人で会場の全範囲を観察できる配置にした」
さらに異常があれば、気づいた本人だけでなく、最低一人はすぐに駆けつけられる配置である。
「異常に気づいたら手を挙げろ、それが合図だ」
「「「了解!」」」
強く告げられたブレアの号令に、親衛隊は声を張り上げた。
*
数時間後、舞踏会は始まった。
謁見の間に集められた各国の要人へ、魔族の使用人たちが最高のおもてなしで笑顔をふりまく。
最初はもの珍しそうだった彼等も柔和になっていく。
それでもアーク王が姿を現した時はざわめいた。
「こ、子供……?」
「彼が、建国から百年君臨し続ける王なのか?」
容姿に驚く者や、観察するように目を細める者。
多種多様な反応を見せる人々の前で、玉座の前に立ったアーク王は、にやりと笑って口を開く。
「申し訳ない、これでも成長期なのだよ」
微妙なジョークだが、会場のところどころから笑い声が響く。
アーク王はその後も軽快に話を続け、開催の協力者であるリンを壇上へあげる。
「集まってくださった皆様、どうぞ今回のパーティを楽しんでください!」
「我等魔族が全力で来賓をもてなそう!」
二人の宣言に拍手が巻き起こる会場。
かくして舞踏会は、無事に開演された。
その後しばらくは何もないが、エイルたちは監視をおこたらない。
「エイル、何か感じるか?」
「いや、今のところは。ヌエはどうだ?」
「大人の姿に変身すれば良かった……」
視線の低さを嘆くヌエ。
するとその時、大扉が開いてリザードマンの使用人が告げる。
「マシェリ・アムール・アーク王女殿下のご入場です。皆さまあたたかな拍手でお迎えください」
来賓の視線が一斉に扉へ向けられる。
入ってきたマシェリは、普段の可愛らしいドレスではなく、気品に溢れた豪華な衣装に飾られていた。
いつもは幼さのある顔も、化粧で一層大人びる。
人々は男女問わず、その美しさに見惚れた。
「あれが魔族の姫……噂通りの可憐さだ……」
「すごい威厳ね。まだ子供なのに」
口々にマシェリを称える来賓の人々。
彼女の耳にもその声は届いているが、動じることはない。
それでもエイルは、彼女の心情を感じ取る。
「さすがに緊張しているな」
「うむ。しかし一切漏らしておらぬ、立派な子じゃ」
まるで親のような反応をするヌエ。
だが彼女の言葉を聞き、エイルは少しだけ俯く。
「マシェリのドレス姿はどうだ?」
「いつにも増して大人びておる。美しいぞ」
「……見たかったな」
彼ははじめて、心眼の代わりに失ったものを後悔した。
エイルの言葉から察し、寄り添おうとするヌエ。
――その時、エイルは目をカッと見開く。
「殺気だ……」
「……場所はどこからじゃ」
ヌエに催促されて、ラジオのチャンネルを絞るように、心眼の精度を狭めていくエイル。
やがて発生源を見つけ出したエイルは、その方向を指さす。
彼が示した場所は――頭上だった。
「どういうことじゃエイル!?」
「あまり余裕はない。急ぐぞ」
「ま、待てエイル! 説明するのじゃ!」
来賓たちの隙間をとおり、走り出すエイルとヌエ。
人々は若干怪訝そうな顔で彼等を見る。
それは少し離れた場所にいるマシェリも同じだった。
「エイル様……?」
自分を守るために走りだしたエイルを見送りながら、彼女はその名を呟いた。
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