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第28話『舞踏会前々夜/宿題の答え』



 時はあっという間に過ぎ、舞踏会前日。


 訓練場でダンスの練習をしていたエイルは、ミユウから組み合っていた手を解き、一歩下がって礼をする。


「なかなかうまくなったじゃん、エイル」


「ありがとう、ここまで付き合ってくれて」


 感謝の言葉に、鼻をこすって照れるミユウ。

 壁際で見ていた他の親衛隊も、彼を称賛する。


「なんだエイル、目が見えなくなる前より動きも柔らかいじゃないか」


「そうなのか? 気にしてなかったな」


「これで王女殿下もさぞ安心かと!」


 グッと拳をにぎって力強く告げるスズ。

 だが彼女の気持ちを制するように、同じく壁際にいたヌエが口を開く。


「本番、わらわたちが参加できればの話……じゃがな」


 ヌエの提言にゆるまった空気がひりつく。

 張り詰める緊張感に、目配せしあう親衛隊の面々。


 やがて彼女たちはエイルに視線を集中させる。


「エイル殿、『心眼』で知覚した情報は真なのですか?」


「ああ、本当に感じ取ったとしか言えないがな。王宮内に殺意が充満するような空気が」


「真偽はわからんが、エイルがそこまで言うなら何かあるのだろうな」


 舞踏会当日を前に『心眼』が覚醒しはじめたエイル。

 彼の感じ取った異常を、三人は共有していた。


 しかし気配はあれど、正体の特定には至らない。

 差し迫る状況に、ミユウは唇を噛む。


「私にもうすこし体力があれば、一人一人チェックできるのに……」


「無理なことを言ってもしかたない。それを言ったら俺だって心眼の精度がまだ甘いのだから」


 励ますように語るエイル。


 すこし辛気臭くなる中、その空気を打ち破るように、ブレアがパン! と手を叩く。


「私たちの役目は舞踏会を無事に成功させることだ」


 彼女の言葉にうなずく三人。

 リーダーシップを発揮したブレアは、腕を組んで続ける。


「明日も忙しくなる、今日のところは全員休め」


「ブレアはどうする?」


「バカヤロー、今日は警備責任者だ」


 ブレアはそう言うと、苦々しく笑う。

 二度目の失敗をしたくない彼女は、痛いところを突かれた形になる。


 エイルたちは察すると、言葉に従い訓練所を出た。



 自室に戻り、本を開いてベッドにすわるエイル。

 彼の腕には以前と同じく、ヌエがちょこんと入る。


「のうエイル、本当に文字をなぞるだけで読めておるのか?」


「紙と文字に少しだけ起伏があるからな、文字を認識することはできる」


「それなら良いのじゃが……」


「ああ。ところでここはどういう意味なんだ?」


 エイルが指した個所のニュアンスを、ヌエは噛み砕いて伝える。


 その後も読み進める二人だが、ふとエイルが気づく。


「こんな遅くに、リン?」


「……本当じゃ。こちらに歩いて来ておるのう」


 遅れて感じ取ったヌエは、何かを察して刀へ戻る。


 エイルが彼女の行動に疑問符を浮かべると、それをさえぎるようにドアがノックされる。


「……エイル、いいかしら?」


「すこし待ってくれ」


 返事をしてドアへ歩みよるエイル。

 彼が扉を開けると――リンは彼の胸へ飛びこんだ。


 彼がリンを受け止めると、まとう服の薄さを感じる。


 リンが着ていたのは、肌が透けて見えそうな、黒くきわどいネグリジェだった。


「こ、こんな格好で出歩いていたのか?」


「目は見えないのに、そういうところはわかるのね」


 エイルの劣情をあおるリンの言葉。

 視界の代わりに鋭くなった五感すべてが、彼女の魅力を伝えてくる。


 柔らかな肌、大きな胸、ただようジャスミンの香り。

 彼女がもらす甘い吐息が、彼の耳をくすぐる。


「宿題、忘れてないわよね?」


「あ、ああ。当然だ」


「じゃあ教えて頂戴、マシェリさんのどこが好きなのか。早く答えないと……」


 頬を赤らめつつ、舌をぺろりと出すリン。

 彼女はベッドまでエイルを追い詰め、押し倒す。


 息を早くしながらリンは彼の上にまたがる。


 リンのつやめく唇が、彼の口に吸い寄せられていく。

 だがその時、エイルはそっと彼女の肩に手をそえる。


「ダメだ、リン」


 急に落ちついた彼にきょとんとするリン。

 見えていない目で、エイルは彼女をにらむ。


「お前もはじめて・・・・なんだろ?」


「なっ!?」


 エイルの指摘に、リンはさらに顔を紅潮させる。

 寄せていた顔を遠ざけ、思わず唇を隠す。


 そこにエイルは、仕返しのように体を持ち上げ接近する。


「な、なんで、わかったの?」


「……どうやらこんな状況で『心眼』が成長したらしい。リンの緊張が手に取るようにわかった」


 説明するエイルだが、緊張するリンにあまり伝わっていない。


 エイルはそんな彼女の体を抱き上げ、隣にうつす。

 スマートな行動だが、彼も顔が赤いままである。


「あ、アレだ。一国の姫様なんだし、そういうのは許せる相手じゃないとな」


「――ありがとう」


 顔を背けるエイルに、リンは感謝の声をかける。

 そろってベッドに腰かけなおすと、エイルは神妙な面持ちになる。


「マシェリの好きなところ、だろ?」


「ええ。それが言えないなら、私があなたをたぶらかす約束で」


「リンも魅力的な女性だよ。マシェリがいなければ危ないところだった」


「それは褒めているのかしら?」


「あの時の口づけや感触を忘れられない程度には、な」


「……本当にむっつりスケベね」


 くすくすと小悪魔のように語るリン。

 対するエイルも困ったような表情と、緊張を浮かべる。


 そうして彼は、宿題の答えを語りだした。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

予定では2月13日の投稿でしたが、ストック不足によるクオリティ維持が困難になってしまったため、一週間ほど書き溜めのお時間を頂きたく思います。


楽しみにしてくださっていた読者様にはまことに申し訳ございません。

次回の更新は2月19日(金)とし、定期更新の頻度も調整したく思います。


後ほど活動報告にも状況等についてを掲載いたします。

今後とも本作をよろしくお願いします。

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