第27話『妖刀使いへの好奇心』
アーク王との謁見をなんとか終えたレクター。
彼に昨晩までの余裕はなく、焦燥していた。
謁見の間から出た大扉の前で、彼は立ちつくす。
するとそこに、彼と行動を共にする秘書が歩みよる。
「どうなされましたか? 顔色が優れない様子ですが……」
「だ、大丈夫。すこし迫力に気圧されてしまっただけだから」
疲れた顔に笑みを浮かべてレクターは返答する。
秘書は眉を八の字にして、困った様子で彼を心配する。
しかしレクターは元気を取りつくろい、少し離れた場所にいるババを手招きする。
「君はナビンズに王宮の案内をしてあげてくれ」
「かしこまりました、ですが……」
ナビンズという偽名でババを呼び、レクターは秘書に託す。
それでも不安げな秘書に彼は手を伸ばし、頭を撫でる。
「僕はすこしゲストルームで休むよ。リン、会議は二時間後だったよね?」
「そんなに疲れているなら明日にずらしてもいいけど」
「せっかく君から買った恩を、こんなところで使いたくないから」
「二枚目は大変ね、へとへとでも格好つけなきゃいけないなんて」
秘書を手なずけるレクターに、上からの態度で告げるリン。
彼は言い返す体力もなく、乾いた笑い声をもらす。
天井を見上げ、物憂げに彼がため息をついていると、そこへエイルの手を引いたマシェリが頭を下げる。
「申し訳ございませんでした。父の圧がレクター様を疲弊させてしまったようで」
「王女殿下、僕は別に気にしてなどは」
「しかし、謁見以前より明らかにお顔色が悪いです。休まれるのでしたら、私がゲストルームまでご案内いたします」
「場所は覚えていますし、王族のお手間を借りるなど…‥」
「ですが要らぬ負担をかけさせてしまったのは私の父ですので……」
押し問答のようにはじまる遠慮合戦。
エイル以外の王女親衛隊、そしてレクターが引き連れてきた人々は、その奇妙な様子を遠目で観察する。
いっぽう間近で見ていたエイルは、遮るように咳をする。
「姫様、でしたら自分が彼を案内致します」
「もっとダメですっ! 今のエイル様は視力がゼロに近いのですから!」
「ですが使用人としての役割をこなせなければ、元も子もありません」
光のない目を閉じ、礼をして頼みこむエイル。
参ったような顔をしたマシェリは、心配に声を震わせる。
「わ、わかりました……では、頼みましたよ?」
「わがままを聞いていただき、ありがとうございます」
頭を上げた彼は、普段とかわらぬ様子でレクターに向く。
「ほぼ盲目の身ではありますが、よろしいですか?」
「……ああ。感謝するよ」
そもそもの困惑の元凶に、レクターは礼を告げる。
二人はそこから、王宮の内部をめぐる秘書たちと、次の仕事に入るマシェリたちから離れ、ゲストルームへの道順を歩く。
杖代わりに『ヌエ』を使っているとはいえ、視力の低下を一切感じさせずに扇動するエイルに、レクターは後ろからたずねる。
「本当に見えていないのかい?」
「感覚で言えば、布を顔に被せられたような視界だ」
「なるほど……」
聞いた情報から、なにげなくハンカチを取りだすレクター。
彼は一瞬だけそれで目を隠し、エイルの視界を体験する。
(この視界でよろめかずに歩けるか。生まれ持っての感覚か、それとも心眼が育ってきているのか)
ハンカチを目からはずし、レクターは警戒を怠らない。
だが今のエイルには、彼の感情を読み取ることはできない。
レクターにとって最後になるかもしれない、エイルの内面を疑われずに聞きだすことのできる好機に、彼は言葉を選ぶ。
「どうして君は、この王宮に努めているんだい?」
「一ヶ月ほど前まではリンの国にいたのだが、仲間だと思っていた人々にひどく裏切られてな。死にかけているところを姫様に助けてもらった」
何気なく語るエイルだが、話を聞くレクターの雰囲気は険しい。
自分が部下として雇った三人が、彼と少なからず関係を持っていたことは知っていたが、それ以上のことは聞いていなかった。
ただの仲違いでないと知り、物思いに耽るレクター。
もう少し深く話を知りたい彼だが、その欲望を一度抑える。
「今の話も気になるけれど、そっちじゃなくてだね」
「信条的なもの、か」
首を縦に振るレクター。
エイルはそれを見ていたように、顔を前へ向ける。
やがて彼は少し顔を赤らめ「恥ずかしい話になるが」と前置きをする。
「以前は俺と姫様の特異な関係性や、命を救われた恩義、運命的なものに流された結果だった。だが今は、全く違う要素がある」
「聞きたいな、それは何だい?」
「…………姫様だ」
溜めに溜めてエイルの口から漏れでた理由。
みなまで言わずともレクターは理解し、言葉を失った。
「舞踏会の開催が決まった頃、リン王女殿下に理由を聞かれてな。その時は答えられず、今でも探しているのだが、それでも気持ちは変わらな――」
「わかった、もういい」
「……そんな面白い話ではなかったな」
「いや、面白かったよ。甘ったるすぎただけで」
それまでとはまた違う疲弊を浮かべるレクター。
彼は腕を頭のうしろに回すと、少し気を抜いて告げる。
「自分の関わっていない甘い話を聞くと、なかなかキツイものがあるんだね……僕も今後は気をつけるよ」
「よくわからないが、そうか……っと」
答えつつ足を止めるエイル。
彼の立つ質素な木扉の上には、ゲストルームをしめす札が下がる。
「ここであっているか?」
「ああ、ばっちり。目が見えていないとは到底思えない正確さだよ」
「休むといっていたが、時間になったら呼びに来ようか?」
「……せっかくだし、時間になったらノックしてくれると嬉しいかな」
ババから少しでも注意をそらすため、レクターはエイルの提案に乗る。
ひらりと手を上げ、ドアをくぐる彼。
会釈するエイルに感謝を告げ、彼は扉を閉めた。
足音が過ぎ去るのを待ち、ベッドへ横になる。
今の彼に先程の緊張はなくなっていた。
(まさか、人が魔族に恋愛感情を抱くだと……?)
自分の感性では考えられないエイルの理由に、レクターは天井を見つめる。
(エイル・エスパーダ、彼は一体……)
この頃には彼が抱く感情は、ただの脅威から興味深い対象へと変わっていた。
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