第26話『黒幕の誤算』
翌朝、大勢の部下たちとともに王宮へ入ったレクター。
企みを知らない彼等の中に、変身したババが紛れている。
昨晩のこともあり、警備はかなり強化されているが、人数の多さがレクターの思惑どおりにババの通過を許す。
そんなレクターたちを、スズはエントランスで出迎える。
「おはようございます皆様。本日もよろしく頼み申す」
頭をさげるスズの前に、レクターと秘書、ババが立つ。
すぐに彼女は姿勢をもどすも、違和感を覚える仕草はない。
策がうまくいっている現状にレクターは安堵する。
そして彼はわざとらしさを一切見せず、彼女の顔色を見てたずねる。
「昨日に比べて元気が無いようだけれど、大丈夫かい?」
「やはり見通されますか。然り、昨晩少々困ったことが起きて、寝不足でございます」
アーク王の戒厳令もあり、内容をにごすスズ。
しかし首謀者であるレクターには無意味な抵抗である。
「親衛隊というのは大変だね。今晩はよく眠れるといいけれど」
「ご心配感謝いたす。しかし私も、王女の無事を任された者ゆえ」
礼をしたスズは、そのまま彼等を招き入れる。
昨晩も案内した道順であるが、レクターは仲間とともに順路を進む。
歩きながらババは構造を頭へ叩き込んでいく。
するとどうしても、彼の動きに怪しさが滲んでしまう。
それを見たレクターは、スズの興味を引きつけるように話しかける。
「今日も昨日と同じように、荷物はゲストルームに置いてもいいのかな?」
「構いませぬ。ご宿泊はなされますか?」
「本当に疲れていたらね。宿もとっているから」
自然な話題にのせて注意を引きつけるレクター。
彼はその間にババをチラリと見て、頭の中に声をおくる。
(目立ちすぎだ。確認しろと言ったが、もう少し自然を装え)
(わ、悪い。わかった)
魔術による念話で説教されるババ。
以降は挙動不審をおさえ、代わりに表情が硬くなる。
彼の様子にレクターは先程よりマシかと安心する。
そんな中で彼はふと〝注意すべき人物〟が気になりだす。
「そういえば出迎えはキミだけなんだね。リンと彼――エイルはどうしたのかな? 彼も寝不足かい?」
「リン王女殿下はすでにお仕事を……エイル殿は……」
言いよどむスズに不信感をいだくレクター。
だが彼は幸いなことに、すぐにその答えと出会う。
長く続く広々とした廊下の、一番手前の曲がり角から、彼とマシェリの声が漏れる。
「だから一人でも大丈夫だ。というか一人で動けなきゃ意味がないだろ」
「まだ半日も経っていないのですよ? 心配するなと言われるほうが困ってしまうのです」
「す、すまない。でもこれはマシェリを守るためで」
「でも……」
心配そうなマシェリの声とともに現れる二人。
マシェリはすぐに姿勢を正し、彼等へ清楚な会釈をする。
その隣に立つエイルは、なぜか目をつぶったまま『ヌエ』を杖代わりのように握り、彼女とともに頭を下げる。
ババは久しぶりに見るエイルの姿に、生きていたことへ驚く。
いっぽうでレクターは微笑み、彼らへ礼を返す。
「これはこれは王女殿下、昨日ぶりでございます」
「レクター様、本日も朝早くからありがとうございます。陛下とは謁見されましたか?」
「いえ、昨日は到着後の仕事で立て込んでしまいましたので、これから挨拶させていただきます……王女殿下は自分の騎士様と逢瀬でも?」
冗談めかした彼の言葉に、かあっと赤くなるマシェリ。
だがその表情はどこか浮かないまま。
スズの言葉から続く違和感にレクターは引っ張られる。
するとマシェリのとなりに立つエイルが、ゆっくりと目を開けながら口を開く。
「姫様をあまりいじめないでいただきたい」
ひらかれた彼の眼を見て、レクターは息を飲む。
その瞳には光がなく、比喩ではなく濁りきっていたのである。
「エイル……!? どうしたんだその瞳は……!」
レクターは我を忘れ、心配まじりの声色で質問してしまう。
だが当のエイルはどこか余裕を見せて返す。
「姫様を護衛するために、新しい力を得ようと思ってな」
エイルはそこから、自身の体質とマシェリの能力について語る。
その間も彼は一切まばたきをせず、視界がほとんど機能していないことがわかる。
昨晩ミザリーを取り逃がしてしまった彼は、呪いを使える二人にたのみ、『盲目』の呪いを自らに宿した。
その効果は、名前と今の彼のとおり。
代わりにマシェリの『反転』により、祝福も与えられる。
「『心眼』――視力以外の五感が強化され、他者の感情の動きまでもが直感的に理解できる。今はまだ習得しきれていないがな」
「そ、そんなことの為に、視力を……!?」
「昨日ふと思いついてな。これも姫様を守るためだ。それに完全に見えなくなったワケではない」
輝きのない目で彼を見つめ、笑ってみせるエイル。
彼もまた夜の事件には触れず、全て自分の意志のように語る。
見えていないはずのその瞳だが、レクターは全てを見通されているような恐怖を覚え、戦慄する。
それでなくとも、彼の選択は正気の沙汰ではないと感じてしまう。
彼を裏切った三人のように、レクターは間抜けではなかった。
(ババ、作戦を変更する)
あわてて念話を飛ばすレクター。
幸いにもこの念話自体は、エイルはまだ感じ取れていない。
いっぽうで彼の行動をただの奇行ととらえ、驚きつつもバカにするババは、ぼんやりした様子で受けこたえる。
(え、変更?)
(アークとの謁見後、お前は秘書と行動しろ。この子も信頼を勝ち得ているから怪しまれることはないはずだ)
(でも昨日はアンタと一緒って言ってたじゃねーか)
(だからそこが変わったんだ、すこしの余裕もなくなった)
一瞬の目配せで声のない会話をした二人。
レクターは正面に顔を戻し、エイルを見つめながら告げる。
(――僕が彼の注意を引く。彼をより深く知らなければいけないようだ)
エイルの忠誠心は、レクターにとって大きな誤算を生みはじめていた。
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