第24話『侵入者を追え』
リンの手を握り、ずらりとドアの並ぶ廊下を駆けるミユウ。
彼女はある扉の前で急停止し、飛びこむように開く。
その先にある部屋には、仕事用のスーツ姿に着替えるエイルの姿があった。
「……どうしたミユウ、その格好は」
「エイルこそなんでスーツ姿?」
「コイツが『妙な匂いがする』と言っていてな」
腰に差した『ヌエ』の柄頭をなでるエイル。
彼らもまたミユウと同じように、異常を察していた。
なにかを確信するようにミユウがうなづくと、彼の背を押して伝える。
「私はみんなを起こして姫と陛下の警護をするから、アンタはその匂いの主を追って!」
「別にいいが、本当にその服はどうしたんだ?」
「いいから早く行けっての!」
怒ったような声とともに押しだされるエイル。
同時にミユウたちも外に出て隣の部屋をノックする。
その間にこちらを見るリンは、強い視線で訴えかける。
「不審者の撃退は、あなたに任せるわ」
「……ああ」
リンの意思も背負い、廊下を走りだすエイル。
彼の脳内には『ヌエ』による案内が直接とどく。
『王宮内のあちこちに匂いがしみついておる、調べて回ったようじゃ!』
「匂いの主はどこにいる?」
『一階層下じゃ!』
アドバイスを頼りに、通りすぎかけた階段をおりる。
しかしそこに人影はなく、エイルはあたりを観察する。
するとふたたび『ヌエ』が彼へ語りかける。
『どうやら何かの力で透明化しているようじゃ』
「なるほど、それなら」
助言を受け、エイルは目をつぶって剣に手をそえる。
柔らかな動きで、神経を研ぎすますように呼吸を整えていく。
視界以外の感覚を張りつめ、居場所をさぐる。
瞬間、彼の耳になにかがこすれるかすかな音が届き、目をカッと見開く。
「――そこだ」
瞬時に抜刀し、音のあった方向へ刃を突きいれる。
放たれた鋭い衝撃波は、見えない矢となって廊下を駆けぬけ、見えない侵入者の体をかすめた。
服ごと肌を薄く切られた侵入者は、たちまちその姿をあらわす。
「少しは加減しなさいよ!」
振り向きざまに叫ぶ少女。
服装や髪型、アクセサリーなどのせいで普段の面影はないが、彼女の声を聞いたとたんにエイルは勘づく。
「ミザリー、なぜここにいる」
「アンタこそ、まさか隣にいたあの子がここのお姫様とはねっ!」
質問には返答せずにエイルを睨むミザリー。
彼女は言い終えると同時に、数本のナイフを彼へ投げる。
エイルがそれを軽く弾いてみせると、ミザリーは捨てゼリフのように告げる。
「私は暗殺者よ? ここに来た理由くらい、わかるでしょう?」
「……そうか」
返事をした直後、エイルは大きく床を踏みこむ。
一瞬、彼の姿は完全に消え、ミザリーの前に瞬間移動する。
手を返し『ヌエ』の刃をふり上げるエイル。
だがミザリーは寸前で後ろに軽く飛び、攻撃を回避した。
そのまま彼女は廊下の窓ガラスを割り、外へ飛び降りる。
「待て!」
彼女を追い、体を丸めてガラスへ飛びこむエイル。
夜空に舞う二人とともに、粉々になったガラス片が星のようにきらめく。
外を警備していた守衛たちは彼らに気づき、空を見上げる。
「あれ、エイルさんじゃないか? 何で抜刀してるんだ?」
「本当だ……ん? なんだあの女!?」
エイルたちの姿に、守衛たちも異常事態に気づく。
二人が同時に着地し、ミザリーを追う形でエイルが走りだすと、彼等の背を守衛も追いかける。
しかし二人の俊足には、一般人では追いつけない。
ミザリーは背後をチラチラ見ながら舌打ちする。
「なんで剣士のアンタが私に追いつけるのよっ!」
「速度は剣士にとっても命だ。もう一度聞くが、お前はなぜここにいる?」
「言うかバーァカッ!」
城門ちかくまで走ったミザリーが、ふたたびナイフを投げる。
だが今度のエイルは容赦なく、ナイフを彼女へ撃ち返した。
ちいさな刃が彼女の肩やスネに突き刺さる。
苦悶の表情を浮かべたミザリーは、そこでピタリと足を止めると、エイルのほうへ振りかえる。
周囲にはいつの間にか、彼女を囲むように守衛が立つ。
絶体絶命の状況に、ミザリーはニヤリと笑って言葉をもらす。
「やっぱり、楽してできる仕事なんて、この世には無いわね」
「……質問を変えよう。お前の雇い主は誰だ?」
「だーかーらーぁ……誰がアンタなんかに教えるかっての!」
次の瞬間、彼女は豆つぶのような玉をポケットから取り出す。
見覚えのあるその粒に反応するエイル。
彼女はすぐさま粒を地面に投げつけながら、エイルたちに告げる。
「それじゃ、さよならっ!」
地面に着弾した粒たちが、まばゆい閃光をはなつ。
前回の煙幕とちがい、今回は光により追っ手の視界を奪おうとする。
しかしエイルの視界は『ヌエ』が放った黒い霧に守られる。
城門を飛び越えようとする彼女を見つけたエイルは、追いかけるように跳躍する。
「逃がすか!」
大きく飛び上がり、門を超えようとするエイル。
だがその瞬間、彼の体をゆさぶるような衝撃が走る。
呪いを反転できるのは、王宮内かマシェリの近くだけ……つまり門を超えれば、彼の持つ多彩な力は全て呪いへと戻る。
それでもエイルは、マシェリに害をなす敵を倒すため、苦痛を承知で門を超えようとする。
そんな彼の肩を、背後からすっと伸びた女性の手が掴んだ。
「こっから先は私に任せな」
「ブレア……!」
「今日の夜勤当番は私だ。謁見の間にアークたちは集めたから、そっちを頼む」
大剣をたずさえた彼女の言葉にうなずくエイル。
彼はブレアの腕に引かれ、城門の内側へ戻される。
入れ替わるように王宮の外へ飛び出していくブレアを、着地したエイルが見上げる。
守衛が周囲に集まると、エイルは彼等に告げる。
「襲撃者が現れた。皆は厳戒態勢を敷いてくれ」
「「「はっ!」」」
エイルの号令を受け、散り散りになる兵士たち。
一人残った彼は、ブレアに託された命をもとに、謁見の間へ急いだ。
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