第23話『観測者の憂鬱』
レクターが『アークス』に到着した日の深夜。
一台の荷馬車が王宮の裏に停まる。
すると簡素な裏口から、一人のハーピィメイドが現れ、荷馬車のテントを叩く。
「ミユウ様、到着されましたよ」
声に応じて、テントの中から現れるミユウ。
彼女は以前のように、露出の多い占い師の変装をしていた。
「舞踏会の準備はどう?」
「今日までに招待状の送付が完了し、そちらの国から協力してくださる方々が訪問されました」
「そちらの国って……私も王女親衛隊だよ?」
「ハッ!? も、申し訳ありませんっ!」
謝るハーピィの頭を、ミユウは優しく撫でる。
彼女はそのままメイドたちに迎えられ、王宮内へ入った。
冷たい風が流れる裏口通路を、ミユウは肩で風を切って歩く。
メイドたちはその姿に羨望の視線を向ける。
「『アークス』に来られたのは約二百名、ほとんどがリン王女とレクター様の企業傘下の方々です」
「げ、本当にレクターも噛んでんの?」
「たしかレクター様は、王女殿下と同じ体質でございましたね」
「『特異点』ね。あの体質は時間視で過去や未来が曖昧にしか見えないから、正直胡散臭いんだよ……あ、姫は違うよ? あいつだけ」
「わかっておりますとも」
ため息をつきながら肩を回すミユウ。
リン以外の隣国の使者は、みな王宮近くの大きな宿に泊まっていると、メイドは彼女に伝える。
通路から消灯された王宮の廊下に出たミユウは、メイドたちに振りかえる。
「私は部屋に戻って休むから、みんなもしっかり寝なよ?」
頭を下げるメイドたちに背を向け、ミユウは歩きだす。
ところどころにいる守衛にねぎらいの言葉をかけながら、彼女は自分の部屋を目指す。
だがその時、彼女はふと立ち止まる。
顔を横に向けると、そこにあるのは音楽のレッスンルーム。
その内側からは、深夜であるにも関わらず、なぜかピアノの音が漏れきこえていた。
「『時間視』」
詠唱とともに輝く右目。
直後に彼女はため息をつき、そのドアを開ける。
そこにいたのは、普段のドレスに色合いの似た寝間着をまとうリンだった。
彼女はドアが開くと同時に、演奏をやめて振りかえる。
「ミユウ、その格好どうしたの?」
「諜報用の衣装。私、裏方の汚れ役が好きなんで」
自嘲しながら、露出の多い衣装でくるりと回るミユウ。
リンは彼女の言葉に息を飲み、椅子から立つ。
「汚れ役って、あなた……!」
「なにゲスな勘繰りしてんのヘンタイ王女」
「だ、だって今の口ぶりじゃ、勘違いもするわよ!」
「勘違いするってコトは、そういう思考回路が常に直通ってコトですぅ。まあ姫とか陛下に頼まれたらやぶさかじゃないけど」
ここぞとばかりにミユウはあおり散らす。
だが一向にリンは冷静さを崩さず、逆に彼女の腕をつかむ。
「私をどう思っているかは知らないけれど、そういうコトを口にしないで」
「何でさ」
反抗的にリンの瞳を見つめるミユウ。
内心で彼女は、王家の名を汚すという理由が語られると思いこみ、未来視をしない。
だがミユウのそんな反逆は、ことごとく砕かれる。
「マシェリさんやアーク王が、そんなことを頼むと思っているの?」
「…………あ」
リンが告げた言葉に、ミユウは思わずうろたえる。
そのまま地面にへたり込み、彼女は消沈する。
「まったく。マシェリさんと仲が良いからあなたを信頼しているけれど、まだ従者としての気持ちがなっていないようね」
「……ごめんなさい」
「謝っている暇があるならほら、立ちなさい」
彼女を抱きしめ、無理やり立ち上がらせるリン。
その表情はやさしく、怒りなど一切なかった。
「才覚はあるのに昔から世話が焼けるんだから」
「血統の遠さとか、真面目さの差じゃない?」
「諜報ができる人間が、不真面目なものですか」
ふてくされるミユウに呆れながら、リンは彼女の体を運ぶ。
そしてリンは彼女をそのままピアノの前に座らせた。
「……え、なに?」
「来月に友人のコンサートがあってね、ゲストで呼ばれて一曲弾くのだけれど、どうしても指が絡まってしまう場所があって」
「だから練習してたと。真面目だねぇ」
感心するように告げ、椅子から立とうとするミユウ。
しかしそんな彼女の肩を、リンはおさえ込む。
「試しに弾いてくれないかしら? 私を心配させたのだから、一つくらいはお願いを聞いてもらわないと」
語りかけるリンの笑みには、確かな『圧』があった。
「じょ、序列で圧をかけるなんて卑怯だ!」
「卑怯だろうがラッキョウだろうが結構です」
「い、痛たたたたたたたたたっ! 指! 食い込んでる指!」
涙目になりながら訴えるミユウ。
観念した彼女は体をピアノに向け、泣きそうな声で告げる。
「ううう……弾けばいいんでしょっ!」
彼女は指を鍵盤の上に置き、楽譜どおりに演奏を始める。
すると室内には、リンと大差ないどころか、彼女よりも表現が豊かに聞こえるほどの音色が響きわたる。
「練習してない私になに期待してんだか……ってかこの曲、そんな難しくもないし。だいたいどう表現するのが正解なのこれ」
器用に愚痴を吐くミユウだが、裏腹に彼女のセンスは満点どころの話ではない。
リンの表情には嬉しさの反面、少しの悔しさが混じる。
やがて演奏を終え、ふうと一息つくミユウ。
もう一度彼女が振り返ると、リンはあわてて表情を取りつくろった。
「私なんかの演奏で、なにか参考になった?」
「ええ、とても上手だったわ。私のワガママをきいてくれてありがとう」
「……べつに、たまには弾くのも悪くなかったし」
リンの反応に、ミユウは顔を伏せて照れる。
彼女の様子を見下ろすリンは、安堵したように微笑む。
だがミユウは彼女の表情を千里眼で見ており、保護者のようなその顔に、ふたたび顔をむすっとさせて立ち上がる。
「あーやめやめっ! 早く休みたいのに乗せられたわ!」
「休みたいって、いま何時なの?」
「ド深夜だよ! リンも忙しいんだから、今日はもう休みなよ」
いまにも噛みつかんとする顔でねぎらうミユウ。
彼女の対応にリンはクスリと笑い、一緒に部屋を出た時だった。
二人の隙間を縫うように、一人の少女が背中を丸めて通りすぎる。
「失礼するわね」
あまりに自然に立ち去る少女。
リンは思わず会釈をし、ミユウの顔を見上げる。
彼女の通りすぎた先を見るミユウは、左右の瞳に光をやどし、戦慄していた。
「……そんな、なんであの子がここに?」
ミユウの様子にリンは背後を見る。
だがそこには、すれ違った少女の姿は無い。
異常な事態と察したリンは、背筋を震わせる。
「い、今の子ってひょっとして、おばけなの?」
「そんなんじゃない! あの子は酒場で出会った……!」
表情を強張らせたミユウはリンの手をにぎる。
そして彼女はあせった顔で廊下を走りだす。
「どこへ行くのミユウ!?」
「アイツの位置は千里眼で追ってるから、まずは近くの……エイルのところへ行く!」
走りながら叫ぶミユウ。
彼女が無意識にのぞき見た少女の過去は、ミザリーと同じものだった——。
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