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第22話『最初の接触』

 


 訓練場でのダンス練習から間もなく。


 〝触ったエイル〟と〝触られたリン〟、そしてただ見ていただけのスズは、そろって王宮前のエントランスに並んでいた。


 三人の前には次々と馬車が停まり、隣国の要人が降りてくる。

 その中にはホプキンスを雇うレクターの姿もあった。


 彼はにこやかな笑みを浮かべながら、三人のもとへ歩み寄る。


「やあリン、元気そうで何よりだ」


「レクターこそ、最近忙しいと聞いていたけれど?」


「ちょうど仕事が片付いてね。君のビジネスに一噛みさせてもらうよ」


 商売の競争相手として、たたえるようにハグをする二人。

 その後にリンは、エイルたちへ紹介する。


「彼はレクター・ミケルセン。わが国でもっとも有力な『ミケルセン財閥』の御曹司にして、本人も優れた経営者です」


「企業経営に関しては、君に一歩譲るけどね」


 一切の悪意を感じさせず、嫌味っぽくなく告げるレクター。

 彼はリンのとなりに並ぶエイルたちにも、礼儀よく握手を求める。


「よろしく。君の名前は?」


「エイル・エスパーダ。王女親衛隊の一人です」


「なるほど、エイルか。美しい名だ」


 マシェリとほぼ同じ反応をして、二人は手を結びあう。

 不敵なレクターだが、彼はホプキンスたちとエイルの因縁を知らない。


 一つだけある前情報は、マシェリをキマイラから守った親衛隊が、男の剣士である事のみ。


(帯刀した男……彼は候補の一人か)


 鋭く瞳を輝かせ、レクターはエイルを一瞬で観察する。

 だがそんな彼の目に、エイルは違和感を覚える。


「どうかされましたか?」


「……いや、君は魔族ではないのだね」


「確かにそうですが、なぜそれを」


「握手をすればわかるんだ。僕の他愛ない『特技』さ」


 エイルの疑いに気づき、すぐにレクターは自分をいつわる。


 しかもただ嘘をつくのではなく、突飛な『特技』の話題を織り交ぜることで、興味をそちらへ移す。


 すると彼の話を聞いたスズが、目を輝かせて食いつく。


「では私が人か魔族か、当ててみせてください」


「挑戦か、受けて立とうじゃないか」


 軽い口ぶりで応じ、スズと手をつなぐレクター。

 だがその時間はほんの一瞬で、パッと手を放して答える。


「なるほど……人間でありながら、体の一部がオートマタ。ずいぶん珍しい体質だね」


「な、なぜわかったのでありますか!?」


 正確に言い当てられて驚くスズ。

 レクターは彼女の反応に、勝ち気なドヤ顔をする。


 だが一方で、エイルはフッと笑みをこぼす。


「なるほど、そういうトリック……いや、処世術というべきか」


「ハリス殿? どういうことでありますか?」


 疑問符を浮かべ、スズは尋ねる。

 彼女の問いかけにエイルはレクターへ目配せし、断りをいれる。


「彼女に説明してもよろしいでしょうか?」


「構わないとも。まあ、本当に見抜いていればの話だけど」


 挑発するように語るレクター。

 彼等のかもす緊張感に、リンとスズは無意識に息を飲む。


 するとエイルは、改めるようにコホンと喉を鳴らし、ただよう雰囲気をほぐすような柔らかい口調で答える。


「本当の意味での『経験値』と言えばいいだろうか。レクター様の出自と活動は、奇しくも多くの者との握手を求められる立場に身を置くものだ」


「確かに、経営で社交界に身を置いていますからね」


「ああ。その中でレクター様は、握手の際に相手の骨格と筋力、ついでに相手の身なりを観察しているんだ」


 そこまで説明すると、エイルはスズ自身の手を指さして語る。


「スズの場合、それが顕著けんちょにわかりやすい。だからと言ってあの速さは芸術的ですらあるが」


「……全く気づきませんでした」


「当然だ。気づかせるより早く、相手に別の感情を上書きさせているのだから」


 スズへ向けていた顔を、レクターへ傾けていくエイル。

 まるでその口ぶりは、目の前に立つ不敵な男の行動パターンを、すべて読みきっているようでもあった。


(伊達にあの女・・・を守る覚悟はもっていない、か)


 自分の言動から目配せまで、全て見切られたレクターは、素直にエイルを称賛する。


 彼にとっての幸いはエイルの疑念がわずかなところ。

 最初のウカツな行動から先は怪しまれていない。


 そこでレクターは一瞬の思考し、新たな行動に出る。


「処世術……そのとおりかもね、面倒な生活をしているから」


「庶民の出身ゆえに、全てを理解することはできませんが。妙な推理をしてしまい、失礼いたしました」


「そう硬くならないでおくれ、見た感じは同年代……だよね?」


 親しげに首をかしげるレクター。


 みずからを偽るその動作に、演技感は一切ない。

 エイルの言葉を認めたとおり、彼は多くの処世術を身につけていた。


 その処世術を、こんどはエイルに突きつける。


「こういう場で同年代と知り合えるのは貴重だからね。身分とか立場とか、そんなものはいっそ気にしないでいこうよ」


 言葉とともに、レクターはふたたび手を差しだす。

 エイルの信頼を勝ち取るため、彼は一気に距離感を寄せてきた。


 当然ここまで一気に距離を縮めれば、さらに怪しまれる可能性も高い。


 だがその点はレクターもすでに手をうっていた。

 というより、すでに揃っていたというほうが正しい。


(リンに加えてそちらの仲間もいるこの場で、こちらの誘いも無下むげにはできまい)


 まわりの環境すら味方にし、彼は信頼をつくろうとする。


 説明してしまえば稚拙だが、これまでにも彼は同じような方法で、数々の信頼を勝ち得てきた。


 溜め込んだ『経験値』が、今回も彼を支援する。

 それを示すかのように、エイルは彼の握手に応じた。


「レクター様がお望みならば、そのように」


「その呼び方も堅苦しいな」


「……そうか、ならばもう遠慮はしない」


 うやまいの言葉をやめ、マシェリや仲間たちと同じように、軽薄な口調で返答するエイル。


 レクターは満足げな笑みを浮かべ、繋いだ手を上下に振るう。

 企みが成功したと判断した彼は、肩の荷がおりたように告げる。


「予想より長い道のりだったから疲れてしまった。どこかで休めたりしないかな?」


「それでしたら、使用人にゲストルームまで案内させます」


 スズの提案と共に、リザードマンの使用人が歩み寄る。

 彼に案内され、その場をあとにするレクター。


 三人から少しずつ遠ざかる中、彼は無表情で思考する。


(とりあえず不信感は払拭できた。あとはミザリーとババの到着を待ち、当日の襲撃プランを練ろうじゃないか)


 余裕を浮かべ、口元に黒い笑みをつくるレクター。

 だがしかし、そんな彼の背を、エイルの視線は追っていた。


(彼には悪いが、すこし注意しておくか)


 ――レクターの処世術に、エイルは流されきっていなかった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この作品を「面白い!」「もっと続きを読みたい!」と少しでも感じましたら、

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執筆の励みになりますので、何卒よろしくお願いいたします。

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