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第21話『誘惑ゲーム』



 隣国で黒幕のあらたな企みが進む一方。

 魔族の国『アークス』も着々と準備を進めていた。


 王宮の隅にある、親衛隊用の訓練場。

 広い屋内の白壁に、腕を組んでもたれかかるブレア。


 なにかを見守る彼女のもとへ、スズが駆け寄ってくる。


「ブレア殿、各国への招待状の送付が完了したとのこと」


「アークにはもう連絡済みか?」


「真っ先にお伝え致した」


「そうか、ご苦労だったな……ハァ……」


 生返事しつつ、ため息をつくブレア。

 彼女の見つめる先に、スズも首をかたむける。


 日光が差す、広々とした木板張りの道場内

 そこでエイルは、自分より背の低いヌエに怒られていた。


「なんで昨日より体が硬くなっているのじゃ」


「そんな自覚はないのだが」


「実際なっておる。こんなことでは、マシェリをリードなどできぬぞ!」


 自分を見上げるヌエに、言いかえすこともないエイル。


 初見には意味不明な様子にスズが首をかしげると、ブレアが答える。


「なんでも舞踏会のダンスを練習しているらしい。一週間くらい前から、私のこの訓練場で毎日練習している」


「ダンス、でありますか」


「ああ、なのだけどな」


 返答しながら、ブレアはふたたびため息をつく。


 練習の一部始終を見ていた彼女は、いまのエイルがどれほど致命的なのかも知ってしまっていた。


 そしてそれは、練習を持ちかけたヌエも同じ。

 彼女はちいさく腕を組むと、悩ましそうに声をあげる。


「センスがないというワケではなさそうなんじゃがなぁ。キマイラとの戦いでも、即興でマシェリとダンスのような動きをしておったし」


 記憶をたどったうえで、ヌエはエイルをチラリと見る。

 彼女は確かに見ていたが、当の彼には心当たりがないようだ。


 ヌエはもう一度ため息をもらすと、ブレアたちに視線を送る。

 藁にもすがりたいという意思がにじむ目だが、彼女は首を横に振る。


「私は協力できんぞ。呆れて見てはいるが、私もほぼ素人だ」


「申しわけないですが、私もであります……」


 弱々しく首を振るふたりを見て、ヌエは肩をガクンと落とす。

 当のエイルも自分の弱点をはじめて理解し、気まずそうな顔をする。


 だがブレアはそんな彼を見て、サポートするように告げる。


「あまり気にしないほうがいいと思うぞ。動きを見るかぎり、センス自体はあるようだし」


「だがうまくいっていないのも事実だ」


「むぅ……せめてミユウがいればな。アイツは経験者だし」


 エイルに宿った緊張のわけも知らず、ブレアは真剣になやむ。

 するとそこへ、その元凶が姿をあらわす。


「あら、精が出るじゃない」


「リン王女殿下? いかにしてこちらへ?」


「舞踏会に出す料理をマシェリさんと相談していたのだけど、すこし煮詰まってしまってね。気分転換の散歩よ」


 彼女はそう言うと、ブレアの断りもなく訓練場へ入ってくる。

 いちおう親衛隊以外は立入禁止だが、いまさら断ることもできない。


 それどころかブレアは、ピンとひらめいた顔をする。


「そうだ。リン王女のお手間を取るようで悪いが、エイルの練習相手になってやってくれないか」


「練習相手って、ダンスのよね? 別にいいけれど」


 表向きはまるで即興のお願いを受けたような反応のリン。

 だがエイルには、それが意図したものだと無意識でわかる。


 リンに挑戦を叩きつけられた彼は、ブレアやヌエが彼女に場所を譲るなか、緊張をにじませる。

 しかし彼の前に立ったリンは、お辞儀をした後に耳元でささやく。


(たとえどんな相手だろうと、緊張を見せてはいけないわよ?)


 関係を抜きにして告げられる注意に、エイルは背筋を伸ばす。

 ヌエよりグッと視線の近づいた彼女は、くすくすと笑う。


 そして二人は、抱き合うようにダンスの基礎的な格好へ移る。

 未だ体をこわばらせるエイルに、リンはささやく。


(まずは私がリードするから、あなたは体を動きにゆだねて?)


 無音のなか、ゆらりと踊りだすリンとエイル。


 するとどうだろうか。無心になった彼の動きは、少しぎこちないながら、かなり違和感のないものへ変わっている。


 いきなり大きく生まれた変化に、ヌエとブレアは驚く。

 そのいっぽうでリンは、少しいたずらを仕掛ける。


(フフッ……密着しているからって、相手の体をいやらしく意識してはいけないわよ?)


(わ、わかっている。それくらい)


(いい心がけね、なら今度はあなたが動いてみて?)


 直後、ふたりの動きがピタリと止まる。

 ほんの一瞬の静寂に、見学する三人は違和感を覚える。

 それでもリンは、ピンチを軽々と打ち破る。


(むずかしく考えなくていいわ。まずは見栄えより、相手がどの程度踊れるかを意識してあげて)


(相手……)


(そう。踊る相手も、私のように慣れた人から、マシェリさんのような初心者もいるわ)


(……わかった、やってみよう)


 アドバイスにしたがい、エイルも柔らかくステップを踏みだす。

 いまだ表情に硬さは残るが、ぎこちなさはもう無かった。


 たった数分でおとずれた変化に、ブレアは思わず目を剥く。


「こんなにも変化するものなのか……凄まじいな、人間というのは」


「ぬぅぅ、わらわが必死に教えたものをこんな簡単に飛び越えられるとは……っ!」


 くやしがりながらも、エイルの成長を喜ぶように目を輝かすヌエ。


 そうこうしているうちに、数分間のダンスは終える。

 組んでいた二人は密着をほどき、形式どおりに礼をする。


 エイルがほっと安心し、無心の中に感じたリンの柔らかな双丘をダメとわかりつつ思い出していると、見ていたスズが拍手する。


「お見事っ! 人の才能が開花する瞬間、初めて見ました!」


 それに続き、ブレアたちもふたりへ拍手を送る。


 慣れない感覚にリンのほうを見るエイル。

 すると彼女は、まるで女神のような微笑みを浮かべていた。


 柔らかくあたたかな笑顔に、マシェリ以外ではじめて心を引かれるエイル。


 だがリンの挑戦を知る彼は、なんとか感情を抑制する。

 すると彼女はクスッと声を出し、エイルに告げる。


(第一勝負は私の負けね。さあ、手を取って)


 横からスッと差し出される、リンの細い手。

 いかにも繋いで欲しそうな手を、エイルは無防備に取る。


 そして二人は、ブレアたちの元へ歩み寄っていく。

 ――その時だった。


(……隙アリ)


 小さくつぶやき、リンはいかにも自然に転んでみせる。

 よろめく彼女を抱き留めようとするエイル。


 だがリンは、彼の肩を軽くつかみ、一緒に地面へ倒れこむ。


 彼女へ覆いかぶさるように転ぶエイル。

その片手は、リンの胸をわっしりと掴んでいた。


「……おいおい、ラッキースケベかよ」


 リンの意図が介入しているとも知らず、ブレアは声をもらす。

 いっぽうで彼女は、エイルにしか見えない角度で、小悪魔のように笑う。


(負けっぱなしじゃしゃくだからね。私の胸は、勝ったご褒美とでも思いなさい?)


 顔を赤らめながら、リンは余裕を崩さない。


 エイルの人生で初めて、真の意味で『強敵』という単語が脳裏によぎった瞬間だった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この作品を「面白い!」「もっと続きを読みたい!」と少しでも感じましたら、

広告下の☆☆☆☆☆評価、ブックマークをしていただけますと幸いです。


執筆の励みになりますので、何卒よろしくお願いいたします。

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