裏切りパーティの墜落(4)『ビジネスパートナー』
隣国との舞踏会が決まり、忙しくなる『アークス』。
しかし準備におわれるのは、どちらの国も同じだった。
発展した隣国の首都にて、王族の住まう宮廷にもまけない大きな建物が、街の中心にそびえ立つ。
その最上階にある小窓から、浅黒い肌の美青年が町を見下ろす。
彼がいる部屋は広く、ひかえめな装飾が格式高さをあらわす。
やがて部屋の扉がノックされると、青年は振り向く。
「入っておくれ」
「失礼いたします、レクター様」
声とともに、秘書風の美人な女性が入室する。
「先ほどの会議で立て込んでいたお仕事は終わりです。明日からひと月ほど、余裕のできる時間がありますが、いかがいたしましょうか?」
「ああ、それなのだけれど」
ひらりと手を挙げた彼に、メモの準備をする秘書。
青年は窓から彼女のもとへ歩み寄りつつ、口を開く。
「今朝、宮廷でいい話を聞いてね。今度『アークス』で舞踏会を共催する」
「舞踏会、でございますか」
「ああ。しかも開催日は一ヶ月後とかなり迫ったスケジュールだ。どうやらあのリンが中心メンバーになっているらしい」
秘書の前に立ち、宝石のような瞳で見つめるレクター。
美しい顔立ちの彼に見下ろされ、秘書はおもわず息を飲む。
「り、リン様ですか。では今回は静観を?」
「いや、協力者を募っていたから手を挙げさせてもらったんだ。ビジネスとしては競い合う相手だが、時には協力するのもアリだからね」
「さすがレクター様、慧眼でございますね」
称賛する言葉に、レクターはフッと笑う。
彼は秘書から一歩下がると、くるりと背中を見せて続ける。
「協力の度合いは僕が決める。明日の朝にでも提出するから、君は帰ってくれてかまわない」
「よろしいのですか?」
「ああ。僕につきっきりで、君も休めていなかっただろう?」
顔だけをかたむけ、秘書をチラリと見るレクター。
気づかいを受けた彼女は、目をうるませて部屋を後にした。
「フッ……」
独り言のように笑うレクターは、扉に背中を向けたままたたずむ。
直後、そのドアを開けることなく一人の男が現れる。
それはホプキンスたちを匿った、あの使者であった。
使者はあせった表情で彼に投げかける。
「何をお考えになっているのですか!? 魔族の国などに力を貸すとは!」
「……うるさいな」
不満げに表情をしかめるレクター。
瞳に先ほどのような輝きはなく、逆に光を飲み込むようだ。
「君にもわかるように、しっかり説明してやる。だからまずはアイツ等のところへ僕を送れ」
「……かしこまりました、では」
次の瞬間、白装束の人々がどこからともなく現れる。
部屋じゅうを埋めるように立った彼等は、同時にパンッ! と手を叩く。
するとレクターを含めた彼等は全員、一瞬にして姿を消した。
*
「ごきげんよう、僕のビジネスパートナーたち」
灰色の壁で囲まれた部屋へ、瞬間移動して現れるレクター。
姿を現すなり口を開いた彼に、ミザリーが抱きつく。
「レクター! やっと来てくれたのねっ!」
いつもの強気を潜めてすり寄るミザリー。
ほぼ無反応なレクターに対し、使者は彼女をたしなめる。
「何をしているっ! 無礼にも程があるぞ!」
「そうだミザリー、雇い主が困っているだろう?」
同じ部屋にいたホプキンスが彼女を引きはがす。
心底不満そうなミザリーだがあまり抵抗はしない。
同じ部屋には二人の光景を眺めるババの姿もあった。
「すまないね、私の仲間が妙ななつき方をしてしまって」
「べつに構わないさ、それだけ好いてくれていると思えば安心できる」
ホプキンスの謝罪にも涼しい顔で対応するレクター。
心酔するミザリーと違い、ホプキンスはあくまでビジネスの相手として、彼に接していた。
いっぽうでババは、レクターに疑念の視線を向けている。
当のレクターはそんな中、三人に話しだす。
「君たちと会うのは今日で二度目だけれど、さっそく仕事を持ってきた」
前置きののち、レクターは秘書にも語った内容を話す。
開催される舞踏会に、彼も協力するというものだ。
しかしそれを聞いたホプキンスは、疑問を投げかける。
「確かレクターさんは、魔族の発展を阻止するために動いているのではなかったかい?」
「そのとおりだとも。魔族に人間との立場をわからせるために、ね」
目的を簡易的に明かすレクター。
魔族を滅ぼそうとする使者と違い、表向きには温厚そうに語る。
しかし彼は、そのぶん少しだけ狡猾であった。
「恐らく魔族側は、この舞踏会で他国との信頼を築き、我々の活動に監視の目をつけるつもりだろう。この活動はテロリスト同然だからね」
「この国と『アークス』だけの問題にしないという事だね」
「ああ。だがうまく使えば、逆に利用できる」
レクターはそう言うと、使者のほうをチラリと見る。
「ここで大規模な事件を『アークス』内部で起こせば、警戒こそ表向きには強くなるが、逆に〝こんな物騒な国とかかわりを深めたくない〟とも考える」
「それで孤立を図れる、ということかい?」
ホプキンスの理解度に、レクターはニヤリと笑う。
状況から瞬時に打ちたてた策に、使者も驚きをかくせない。
レクターはこの策をふまえ、三人に依頼する。
「今回は一度向こうへ視察に行くから、ババとミザリーには変装して同行を願いたい」
「でも私たち、指名手配されている犯罪者よ?」
「変装にあわせた身分も作るさ。それくらいなら余裕だ」
余裕しゃくしゃくにレクターは語る。
その言葉に、ミザリーはなにも疑わずにうなずく。
いっぽうで名前の出なかったホプキンスは、首をかしげて尋ねる。
「私はお留守番かい?」
「君にはこちらで、彼の補佐を今回はやってほしい」
使者を指ししめすレクター。
ホプキンスと彼は、自分たちの役割を理解し、互いにお辞儀する。
だがもう一人、レクターの話を納得していないババが、つっかかるように手を挙げる。
「ミザリーはいいけど、俺は高度な変装なんてできねーぞ?」
「そこもクリア済みだとも」
不安を払拭するように、レクターは指を鳴らす。
すると室内に白装束がふたり、トレーに注射器のようなものを乗せて現れる。
「これを注射すれば、使用者に一回限りの変身能力を付与できる。元には戻れるから、安心してくれ」
「……クスリなんか出されて、信用できると思うか?」
「だが、君にしか任せられないことだ」
ずい、とババに顔を寄せるレクター。
仲間であるホプキンスたちも、圧をかけるような視線を送る。
仲間たちの強い圧力に、彼は息を飲む。
そうして彼は押しに負け、トレーの上の注射器を取った。
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