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第20話『ちいさな波乱』

 


 翌日よりさっそく、舞踏会の準備がはじまった。


 王宮で初めてのイベントに、使用人たちはかけ回る。

 ノウハウがないぶん、一丸になる他に方法はなかった。


 かけ回る使用人たちのなか、ブレアとエイルは並んで歩く。

 彼の腕には、無地の紙束がこれでもかと積まれている。


 するとそこに、息をきらしたスズが走りよってくる。


「使用人長! 言われたとおり、使用人の中で文字のうまい者と文章にそれなりの定評がある者を集めました!」


「ご苦労、ならそこに姫も呼んでくれ。今日じゅうに招待状の内容を決める」


「了解っ!」


「ああそれと――」


 ブレアが言葉をつづける前に、スズはどこかへ走り去る。

 彼女のせっかちさにため息をつき、ブレアはエイルへと向く。


「あとで会議の間にも紙を運んでくれないか?」


「ああ、大丈夫だ」


 頼まれごとを二つ返事で受けるエイル。

 安堵するように笑うブレアと共に、彼は執務室の前につく。


 重々しい木扉を開けると、部屋のあちこちに山のように本が積まれる中で、大きな机の上を書類でいっぱいにしたアーク王が爆睡していた。


 机に突っ伏し寝息をかく彼に、ブレアは額に怒りマークを浮かべる。


「こんの野郎……」


 手をパキポキと鳴らし、彼のうしろへ回るブレア。

 彼女はハリスの耳をつまみ上げ、甘い声でささやきかける。


「仕事中に居眠りとは大したモンだな、アーク……」


 声とともにフッと息を吹きかけるブレア。

 とたんにアークは体をゾワリと震わせ、身を起こす。


 耳をおさえてあたりを見る彼に、ブレアは後ろから肩を叩く。


「おはよう、よく眠れたか?」


「……冗談が過ぎるぞ、ブレア」


「ああゴメンな、でもコレなら一発で起きるってお前の嫁が言ってたからなぁ」


 少しいきどおるアーク王に、ニヤニヤ笑うブレア。

 頼まれた紙をエイルが渡すと、彼は機嫌をよくして礼を言う。


 するとタイミングよく執務室の扉がノックされ、外から若い女性の声が響く。


「陛下、リン様をお連れしました」


「ご苦労、通してくれ」


 呼びかけられるまま扉を開けたハーピィのメイドは、執務室にリンちゃんを招き入れると、頭を下げてその場をあとにする。


 彼女はアーク王に一礼し、大人びた笑みを浮かべる。


「わざわざお邪魔する必要を考えたのですが、どうしてもお礼を申し上げしてく」


「ゲストルームか? なに、いつでも客人をもてなす準備はできている」


「ありがとうございます……そこでワガママなのですが」


 感謝ついでにたのみ込むリンちゃん。


 彼女の提案は、自分の国と『アークス』の連絡を円滑にするため、もうしばらく宿泊させてもらえないかというものだった。


 アーク王のはからいにより、隣国と共催になった舞踏会。

 その円滑な橋渡しとなるため、リンちゃんは残るというのだ。


「我が輩は構わないが、第二王女が何泊も別国に滞在するというのはどうなのだ?」


「父に許可はもらっています。伝達もミユウが代わりに」


 懸念けねんを先んじてつぶし、彼を安心させるリンちゃん。

 彼女の行動力に感心し、アーク王は頼みを受け入れた。


「せっかくだ、招待状の文面作成も少し助力していただこうか――エイル」


「はっ」


「彼女を会議の間へ案内しろ」


 命じられたエイルは、リンちゃんと共に執務室を出る。


 とちゅうブレアに頼まれた紙を回収し、会議の間へ向かう二人。

 あっという間に部屋の前へ到着し、リンちゃんに礼をする。


「こちらで文面の作成をおこなっております」


「気が利くわね、エイルくん」


「ありがたきお言葉」


 深々と頭を下げるエイル。

 しかし一向に、リンちゃんが動くことはない。


 一分近く経っても動かず、彼はゆっくりと頭を上げる。

 そして目が合った瞬間、ここぞとばかりにリンちゃんが口を開く。


「エイルくんは、マシェリさんのことが好きなの?」


「え……っ」


「マシェリさんはエイルくんへの好意を隠していないし、あなたもそれを受け入れているわよね?」


 おもわぬ質問に硬直するエイル。

 彼の頭を、マシェリとの記憶がかけめぐる。


 アーク王にマシェリをくださいと頼んだ時。

 二度目の隣国にて、デートのような散歩をした時。


 そして昨日、マシェリに恥をかかせまいと、ヌエの指導を受け入れた時。


 考えるまでもなかった感情を、いざ言葉に出そうとすれば恥ずかしいが、彼は息を飲んで告げる。


「お慕いしております。一人の女性として」


「ふぅん、そうなのね」


 エイルの告白を、思わしげに受け取るリンちゃん。

 彼女は意地悪な笑みを浮かべると、彼へもう一度たずねる。


「ならあなたは、マシェリさんのどこが好きなの?」


 彼女の問いかけに、ふたたびフリーズするエイル。

 頭の中にはもう一度、彼女と過ごす記憶が再生される。


 ……だが、答えが見つからない。

 魅力的に思える部分は多々あるが、明確な『好き』がわからない。


 自身の感情とちぐはぐな状況に、表情をしかめていくエイル。

 するとリンちゃんは薄く笑い、彼に語りかける。


「では、これは宿題ね。舞踏会までにマシェリさんのどこが好きか、明言できるようにしなさい」


「……かしこまり、ました」


 どこか敗北感を覚えつつ、彼女の命題を受け取るエイル。


 すると話していればというものか、会議の間へ繋がる廊下の角から、聞き慣れたマシェリの足音が響く。


 その音を聞き、エイルは無意識に背筋を伸ばす。


 ――瞬間、彼の頬……というよりほぼ唇の端に、リンちゃんの唇が触れた。


 あまりに突然のことで、反応が遅れるエイル。

 彼女はエイルの顔を見て、いたずらに微笑みを浮かべる。


「これはあなたへの〝試練〟であり〝呪い〟よ。あなたがマシェリさんの好きな部分を見つけて想いつづけないと、私が全力であなたの心を奪うわ」


「は……!?」


「でもマシェリさんを不幸にさせたら……わかっているわよね?」


 まるでゲームをするように、叩きつけられる宣戦布告。


 その間にも足音は、少しずつ近づいてくる。

 固まるエイルにリン・・は、ドアへ向いて彼にうながす。


「早く中へエスコートして頂戴?」


「は、はい。申し訳ありません」


「あと私、リップを塗っているから。拭かないと気づかれるわよ?」


 挑発されるように言われ、エイルはキスされた箇所を拭く。

 そして彼は、妖しく笑うリンと共に、会議の間へと入っていく――。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この作品を「面白い!」「もっと続きを読みたい!」と少しでも感じましたら、

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執筆の励みになりますので、何卒よろしくお願いいたします。

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