第17話『隣国の姫』
せわしない朝を終え、正午。
親衛隊の四人とヌエは、はや足で廊下を歩く。
そんな中でヌエは歩速についていけず、あきらかにバテはじめる。
「も、もう少しゆっくり歩かんか……?」
「エイルの剣なんだろ? アークはお前を食客扱いしているが、私たちはお前を優先できない」
厳しめのブレアの返しにうなだれるヌエ。
その間にもスズとミユウは、エイルを挟んで話し合う。
「ピアノレッスンが終了後は、王女殿下は自由でよろしかったですか?」
「いや、それが変更になって会談の予定が入った」
「会談? いったい誰でありますか?」
「隣国からのお客さん。こっちは二回も向こうの国で危ない目に逢ったし、私のパパも外交関係でだいぶ困ってるみたい」
隣国の王家出身として、知りうる情報を交えるミユウ。
今回の会談は、国交を取りもつ意味での儀式に近い。
話を理解したエイルも自然と背筋がのびていく。
すると彼は疲れきったヌエを見て提案する。
「そんなに疲労しているなら、刀の姿に戻るか? いざという時に使えないと困るしな」
「本当はそっちのほうが嫌なのじゃが、仕方あるまい……」
納得したヌエは、目を閉じて全身を光に変える。
光の粒はエイルの腰にまとわりつくと、一振りの刀と鞘となって帯刀された。
変身の瞬間を見たスズは、不思議そうな顔をする。
「不思議ですね……先ほどまで女子の姿でしたのに」
「そういえば、スズは初めて見るのか」
「はい。とても興味深いです」
目を細めてキラリと輝かせるスズ。
エイルもその視線を感じ、何気なく柄頭を撫でる。
そうこうしているうちにレッスン室へたどり着く四人。
スズとブレアは外へのこり、エイルたちが入室する。
すると小さな室内では、プロ顔負けのピアノの連弾が、マシェリともう一人の少女によって演奏されていた。
「お客さんてアンタだったの?」
必死にピアノと向き合うマシェリの隣で、涼しい表情で演奏するシックなドレスの少女に向かって、ミユウはぎこちなく笑う。
演奏もおわると、少女……リンちゃんは立ち上がる。
追いかけて席を立ったマシェリは彼女に礼をする。
「連弾していただけるなんて光栄ですっ!」
「私こそ、マシェリさんとピアノを弾けるなんて思わなかったわ」
にこにこと笑いながら、リンちゃんはマシェリの頭を撫でる。
しかしその行為に照れるマシェリの顔を見て、彼女ははしたなく鼻の下を伸ばしていた。
やがてエイルたちに気付き、顔を向ける彼女。
目が合ったミユウはリンに向かって口角をあげる。
「政治にビジネスだけじゃなくて、まさか芸術のセンスまであるなんて。さすがはリンちゃん、器用だねぇ」
「あら? 昔はミユウのほうが得意ではなかった?」
「練習するヒマがないんでね、私は」
少しやさぐれた返事をするミユウ。
そんな彼女に、リンちゃんは困ったように笑う。
不穏な空気が流れる前に、エイルは彼女に報告する。
「陛下との謁見の時間が近づいています。ご準備を」
「もうそんな時間ですか。折角のレッスンを潰してしまってごめんなさい」
「いえ、姫様もお喜びのようですので」
彼は感謝の言葉とともに深々と礼をする。
礼儀正しくふるまう彼を見て、リンちゃんは耳元に唇を寄せる。
(あなたなら、マシェリさんを幸せにできそうね)
(……え?)
(もし不幸にしたら承知しませんよ? その時は私の権力すべてを持って、あなたを豚の餌にします……なんちゃって)
ごまかすように冗談めかして言うリンちゃん。
しかしエイルの聞いた声は、確実に本気のものだった。
だがマシェリはそんな二人を不思議そうに見つめる。
「あの……どんなお話をされていたのですか?」
不安そうに呟くマシェリに、リンちゃんの鼻息は荒くなる。
彼女はついに辛抱できず、マシェリを抱きしめる。
「ふぐっ!?」
「大丈夫よマシェリさん! ただ〝ご挨拶〟していただけだから! ね、使用人くん!」
「あ……はい、その通りです」
押し切られるように振られ、返答するエイル。
彼の目の前で、マシェリの頭は胸に揉まれている。
満を持してマシェリを抱きしめたリンちゃんは、彼女の髪に鼻を寄せた。
「すうううううううぅぅぅぅぅぅぅ……っ、ぷはあああぁぁぁぁぁぁぁ! やはりマシェリさんの芳香は、複雑化した世界における至宝……!」
イカれたレビューをする彼女を、ジト目で見るエイルたち。
そんな二人とピアノ講師の視線に晒されながら、欲望を解放しつづける彼女を見て、エイルは心の底で思いいたる。
(ここまでマシェリを溺愛しているなら、この人は信頼していいか……)
それからエイルたちは、謁見の準備が間に合うギリギリの時間まで、目の前の変態と姫のたわむれを見守った。
※先程の更新ぶんに不備がありましたため、差し替えさせていただきました。
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