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7.ゴルド・ドルバガは愛を信じる



「だよなぁ」


 その反応に、ゴルドは苦笑するしかない。だが、それで当然だと思う。当たり前だ。自分はゴルド・ドルバガ。この国の騎士団長だ。


 もし自分が、美少女姿になった悪鬼の如き大男と致せと言われたらと、想像しただけで震えがくる位なのだ。怒りで。

 中身が大男。それも赤い悪魔とまで謳われた男だと知っていて、食指が動く方がおかしいのだ。


 たとえ、今のゴルドがどれほど美しい少女の形をしていたとしても。


「もし最中に戻ったらと思うだけで怖すぎる。萎える。いや、ちょっとでも頭に浮かんだら最後、二度と勃つことはない。普通に無理だ」


『俺は穴さえあればなんとかなる』


 敬愛する主の言葉が浮かんだ。思い出す度にげんなりするけれど、どこか救われるものもあって、いつでも唇は笑みを形作った。


 けれど、今のゴルドに浮かんでいる表情は笑みでありながらどこか寂し気なもので、ゴルドにはあまり似合わない。


 こう見えて、ゴルドは愛というものを尊んでいる。


 父と母は戦闘狂夫婦と指差されるような二人であったが、背中合わせで戦う姿はまさに比翼の鳥のようで、ゴルドは密かに憧れていた。

 いつか自分も、そんな伴侶を得ることができたらいいなと思っていたし、そういう伴侶でないなら誰かを娶るつもりもなかった。

 そもそもが、第三王子の護衛騎士。この方こそ、わが生涯の主と決めたからには、どこまでもお守りするつもりでいた。

 伴侶となる令嬢よりも、アレクサンドル様を選ぶ場面もあるだろうと思っていた。

 ゴルドは、比翼の鳥となる相手が見つからない限り結婚するつもりもなかった。

 それは婚姻を軽視しているからではない。むしろ重要なものだと思っていたからこそなのだ。


 お互いが信頼し合い、支え合う。

 そんな存在こそが、伴侶として迎えるに相応しい。


「ワシリー・バブーリン教皇」

「考えは纏まりましたかな、聖女ルー」


 黙り込んで考えに耽ってしまったゴルドを静かに待っていてくれた教皇に、良からぬ考えがあるのは分かっていた。

 実に胡散臭い笑顔だ。これで腹の中が真っ白だなんてあり得ない。

 戦時中のことも考えると、私腹を肥やすことしか考えていないことは明白だ。


 それでも、この血を後世に繋ぐ術を手に入れられるというなら、ゴルドにはその手を取る価値がある。


「あぁ、そうだな。どうやら俺は、差し出されたこの手を取った方がいいようだ」


 門へと近づき、まだ閉まったままの柵を門番へ向かって開けるように指示を出した。


「しかし……」


 ためらう門番へ再度促すと、ついに教会に対して決して開こうとしなかった門が開かれた。


「おお、聖女ルー」


 大袈裟に両手を広げて歓待するワシリー・バブーリン教皇に対して、ゴルドはゆっくりと手を差し出した。


 細くてちいさな手だった。どれだけ剣を振ろうとも豆の一つもできなかった。

 筋肉も、ついているのかいないのか。

 確かに前より持久力もついたし、少しは早く動けるようになってきた、と思う。


 それでも、この身体になる前にできていたことの半分、いや百分の一すらできていない。

 華奢で、どうにも不便で、頼りにならない。

 あの頃追い求めた理想どころか、かつての自分ですら遠く、努力し続けようとも手が届くかすら分からない。


「だが、そんな身体になったからこそ我が主をお守りする方法がまだ他にあるというのか。この身を盾とする以外にも道はあるのだな」


 本当は、共に背中を存在で在りたかった。

 そうなれるように再び研鑽を積むこともやぶさかではない。


 しかしこの国の平和を護ることも、ゴルドが生涯唯1人の主の定めた御方を守れるというのなら、なにを躊躇うことがあるだろうか。


 ゴルドの呟きに浮かべた下衆な嗤いを一瞬で隠した老人が、ゴルドの手を取ろうとした寸前、ゴルドは後ろから身体を抱き上げられて息を吞んだ。


「!?」

「聖職者を名乗りながら、俺の婚約者どのを誑かすのはやめて貰おう」


「おのれ、アレクサンドル。生意気な小童が。邪魔をするでない」


 ワシリーが、忌々しそうに吠える。

 あくまでその視線は腕の中に抱え込んだ忠臣から離さないままのアレクサンドルは、それに一瞥すら与えないまま堂々と言い切った。


「手に入りかけたモノを奪われまいとしているのだろうが、盗人猛々しいとはこのことよ。()()は俺の忠実なる家臣であり婚約者だ。俺の許しを得ず、勝手に連れていくことは許さない。そもそも許すことはないがな。ゴルド・ドルバガ。たとえお前自身が判断したことであろうとも」


 生涯の主と心に決めた相手から睨まれて、ゴルドはぎゅっと唇を噛んだ。

 その唇へ、アレクサンドルの指先が触れた。そっと撫でていく。


「そう噛みしめるな。傷になる」

「アレクサンドル様」


 視線を合わせるべく、俯けていた顔を上げる。

 そこには、ゴルドを心配する主の顔があった。


「お前は俺のモノだからな。たとえお前自身であろうとも、勝手に傷を負うような真似をすることは許さない」




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