3.アレクサンドルとゴルドちゃん
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「えぇい、いい加減にしろ。この俺を誰だと思っている。教会騎士ゲラーシー・ダヴィトキンであるぞ。教会からの馬車を門前払いしようとは。この国は、教会から破門を受けたいと言うのか!」
「誰がなんと仰られようと無理です。ここは王城。我が国の要です。王から事前の許可を得ていない馬車を入城させることはなりません」
長く伸ばした、いっそ銀に見えるほど色素の薄い金髪を振り乱して教会騎士が門番に対して脅しをかけていた。
教会の教義では、髪には神聖なる力が宿っているとされていたはずだ。きっと教会騎士の中でも身分が高いのであろう。他の教会騎士たちとは違い白い団服の袖口や襟元に金糸の刺繍が施されていた。
彼ら教会騎士たちは、敵であろうと神の前で血を流すことを許さないという教義の下、剣を持たない。特殊な聖なる祝福を受けた長い棒、聖杖で戦う。
実際にリーチの長いしなやかな棒で強かに打たれれば骨は砕け、顔に当たれば流血まじりの抜け落ちた歯が飛び散り、腹をに突きを受ければ内臓が破裂して吐血する。
棒、といっても木製ではないのだから、当然だ。
ごくごく初期は、確かにただの木の棒で戦っていたというが今は違う。
聖銀で作られた美しい装飾でぐるりと包み込まれた棒の芯に、しなやかな木材が使われている、と表現するべきだろう。
そもそも聖銀は他の金属に比べて非常に軽く、尚且つ丈夫だ。粘りのある素材なので木の芯材との相性もいい。
槍や戦斧よりずっと取り回しも良い聖杖は、相手の攻撃を弾くことも容易であり、木の棒というには、あまりにもエゲツナイ破壊力を持った武器である。
だからこそ教会騎士を敵に回すと厄介だと言われている。
「まぁ、俺たちの敵じゃないがな」
アレクサンドルは今、状況を確認するため屋根の上から覗いていた。
ぎゃんぎゃん騒ぐ教会騎士と決められた言葉を冷静に告げる門番の騒ぎをどこからか聞きつけたのか、遠くから駆けてくる姿があった。
細くてちいさくて。長い髪を丁寧に編んで巻きつけられているせいか頭だけ大きい。少しバランスが悪い気もするが、子供のようでもあり、いっそ愛らしい。
頭でっかちな身体を無駄に横に揺らすことのない体幹の良さに、日々の努力が垣間見えて、アレクサンドルは微笑んだ。
すっかりトレードマークになってしまった赤い靴をせわしなく動かして、アレクサンドルの婚約者が諍いを止めるべくやってきたのだ。
「足おっそ。騎士団長にしては可愛らしすぎるんだよなぁ」
それでもその小さな身体に宿る魂は、アレクサンドルの右腕、赤い悪魔、ゴルド・ドルバガその人のものだ。
アレクサンドルが誰より信じ、頼りにしてきた男だ。
今や男ではなくなってしまったし、とんでもない美少女になってあんなに細い身体になった今もアレクサンドルとこの国、いや世界を守っている。
「あの見た目を上手く使えるような性格なら、問題ないどころか完全無敵なんだろうが。ゴルドだしなぁ」
そんな器用な真似ができる筈がないのだ。
一国一城の主として、受けた恩以上のモノを返さなければ、恥である。
「さて。俺も行くか」
この王城で教会ごときに好き勝手に振舞われるのも気に入らない。
婚約者を守るため、アレクサンドルは城門へ移動した。
***
「ん、どこだ? なんの騒ぎだろうか」
ゴルドがその騒動に気が付いたのは、たまたまだった。
仲のいい侍女たちが新しい乗馬服を仕立ててくれたのが嬉しくて馬場へ向かっている途中にある柱廊を通りかかった時、遠くから怒鳴り声が聞こえてきたのだ。
その会話の内容から相手を推測することは、ゴルドには容易だった。
耳をすませば、どうやら最近ずっとしつこい手紙を寄越してくる相手が、約束もなしに押し掛けてきて王城への入門を押し通そうと騒いでいるのだということがすぐに分かった。
「ほう。手紙を捨てろと言ってから放置していたが。そうか直接迎えに来たというのか」
神の御遣い特典なのか、遠くからでも聞き取りたいなと思う音や会話だけが聞こえるようになったのだ。便利である。
普段は騎士たちがサボっている場所を特定することにしか使ったことはない。だが、便利だ。
ゴルドは、馬場に行くのとは反対方向へと走り出した。
「それにしても何故前触れを出さない。いや、俺宛の書状が前触れだったのか? だが返事も出していないのだから、どちらにしろあり得ぬ態度だ。それで押し掛けてくるとは、いやはや神の遣いという者どもは、どこでも傍若無人だ」
ぶつぶつと文句を言いつつ走ると、更に怒りが湧いてくる。
書状の内容自体がムカつく。徹頭徹尾最初から最後まで全部ムカついて仕方がなかった。だから破いて捨てたし、以後教会からの書状は俺の手元に届けることなくそのまま捨てるようにとラザルへ指示を出したのだ。
返事をしないことが返事。それで終わったと思っていたのに。
門の方角から聞こえてくる門番への態度がどんどん不穏なモノになっていく。
「アレクサンドル様の居城で、なんと無礼な。絶対に許さぬ」
本当ならば階段などというまどろっこしいモノは、一段抜かしどころか天辺から飛び降りてしまいたいところなのだが。
「この身体では、如何ともしがたい。まったくもって不便なものだ」
足が遅すぎる。
小さな赤い靴で、一段ずつしっかりと踏みしめながら可能な限り急ぎ駆け下り、騒動真っ最中の門へと駆けた。




