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1.その婚姻に、異議あり(既視感



 大王として、『ひと月後に婚礼を』と通達したはずなのに。


「普通のドレスだってひと月では碌な物ができないのに。戦争が終わったばかりだというのに、婚礼衣装がそれより短い時間で作れる訳がない」

「お美しい聖女さまとの婚姻を、適当に済ませようだなんて」

 侍女たちが挙って憤慨しだし手に負えなくなったので、アレクサンドルとしては渋々としょうことなしに半年後にすることを受け入れたのだ。


 それなのにまるで進行しない婚礼準備。アレクサンドルは、一体誰に向かって怒ればいいのか、そろそろ威嚇……もとい確認するべきかと考えていたところだった。


 だから、その報告を受けたアレクサンドルは、盛大に不機嫌になる資格と権利があるのだ。間違いない。


「誰が、俺の結婚に文句をつけてきたって?」

「まずは訂正を。聖女さまの結婚に、です」


 ラザルの言葉に、アレクサンドルの形のいい眉が不機嫌そうに寄せられる。

 些細なことではあるが間違いは訂正してしかるべきだと考えつつ、大王に逆らってもいいことはまったく無い。ラザルは、咳払いをひとつして誤魔化すと話を進めた。


「ワシリー・バブーリン教皇です。今朝、ゴルド様……いえ、聖女ルーさま宛に書状が届いております。すでに数通、ゴルド様ご自身の手で確認された上で、以降は届けずにそのまま破棄するように命じられました」

 だからラザルはアレクサンドルの下へ運び入れたのだ。

 戦後、物資の不足している状況で、煌びやかな封緘と上質な紙を無駄にするのはラザルとしても辛いのだ。決して、分別して捨てるのが面倒とかそういう理由ではない。

 ゴルド騎士団長の煩わせるものを除外したかったというのが一番の理由だ。

 そうして、今回それを行なうにはラザルではちょっと足りない。

 不本意ながら婚約者であるアレクサンドル大王の御力がどうしても必要だった。


「なるほどね。あいつ等が、その変な綽名をつけやがったのか」


 “聖女ルー”

 一度はゴルドも受けいれようとしていたようだったので、アレクサンドルもそれにならって流そうと考えていた。

 しかし、本人が拒否した今、その綽名をアレクサンドルが受け入れることは無い。


 その前から、教会の主張を受け入れるつもりはなかったが、今のアレクサンドルの頭にはどう拒否を表明しようかとしか考えられなくなっていた。


「まずはあちらの主張を確認しておくか」

「あ。それはゴルド様宛の書状で……」


 ラザルが止めようとするが、完全に無視してそのまま封緘を引きちぎる。

 金色の封を、わざとらしくもグッチャグチャに外すと、アレクサンドルは書状に目を通した。


 読み進めていくごとに、磨き上げられた黒檀の机へ写り込むアレクサンドルの顔が、笑顔になっていった。


 いや。笑顔というには、あまりにも獰猛な表情だった。


「あの糞爺ぃ。まだ生きてたのか」

「完全に教会の中に閉じこもってましたからねぇ。教会騎士も教会しか守ってませんでしたからね」


 魔族の襲来を受け世界が一丸となって戦っていた時、平時にあれほど悪魔の恐ろしさ、それを退ける為の修行がと唱えていたはずの教会は、固く門戸を閉じて引き籠った。


 どれだけ門の周囲で信徒である一般市民が助けを叫ぼうとも、一切を無視して。


『今、神の僕である我等が為すべきことは、迷える子羊たちの手を取ることではない。神の御加護を賜るため、すべてを懸けて神に祈りを捧げること。それがどれだけ苦しい事であろうともやり遂げなければ。それこそが我らが進むべき大道である』


 神へ祈りを捧げること。唯一それこそが教会のみが行なえる正しき務めであるとして、どれだけ飢えた門徒が押し寄せようと、それまで寄進を受けてきた食料の放出も一切しなかったのだ。


「まとめて魔族に喰われちまえば良かったのに」

「お止めください。いくら大王さまとて、平和となった今、教会と事を構えるのはお勧めできません」


 そうしてすべてが終わった今になって、「神の御遣いである聖女が御降臨されたのも、教会の祈りが神へ届いたからである」のだと喧伝しているらしい。


「馬鹿馬鹿しい。ならなんで聖女は教会の信徒の中から出なかったんだって話だ。むしろゴルドじゃなくて、教皇の爺がなれなくちゃおかしいだろ」


 神の御力を賜る為に祈りを捧げていたならば、教会のトップである教皇こそが、それまでの人生で積み上げてきた研鑽すべてと引き換えに、神の御業を揮える聖女として生まれ変わるはずだ。


 それが為せなかった時点で虚言でしかない。


 ラザルが差し出してきた、聖女宛の書状を読み終わったアレクサンドルは、それを丸めて暖炉へと放り込んだ。


「ふざけやがって。ゴルドは俺の臣下だ。教会なんかにゃ、やらねぇよ」


 アレクサンドルの瞳が、まるで魔族と相対していた時のような剣呑な光を帯びた。


 その背中へ、ラザルは頭を下げて同意を示した。




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