7.敬意と尊敬を捧ぐ
■
「ラザル! 俺をまた、そう呼んでくれるのか」
「団長、おがえりなざいまぜぇぇ」
うわぁんと子供が泣いているように無防備にラザルが泣きながらゴルドに抱き着いた。元の屈強なゴルドならばいざ知らず、今の乙女となったゴルドはあっさりと後ろへころりと転げてしまった。
ふたり重なって地面へと倒れ込んだまま、泣いて縋ってくる部下の頭を、ゴルドの細い腕が、宥めるように撫でてやる。背中までは腕が廻せなかった。
「あはは。ラザルお前泣きすぎだろう。まぁ俺はずっと此処にいたがな」
「絶対に嘘だと思ったのに。団長だったぁ。聖女さまが、ゴルドさまだった。おれは、おれは……」
「いいさ。俺だって最初に自分の手や足がこんなになってて、声も顔も全部が変わっているということに気が付いた時には気を失ったんだ。その場にいなかったお前が信じられないのは当然だ」
「ごるどさま。なんと広いお心だ。やはり、あなたは私が敬愛してやまないゴルド騎士団長だ!」
「わはははは。だからそう言っている。お?」
不意に、今のゴルドからすれば大男の部類に入るラザルの身体の重みを感じなくなって、ゴルドは視線を上げた。
「アレクサンドル様。呼びに来て下さったのですか」
「我が婚約者に邪魔な重石が載っていたようなのでな。排除しに来た」
片手でラザルの襟元を掴んだまま。もう片方の手をそっとエスコートに出す。
そこへちょこんと手を乗せて、ゴルドは立ち上がった。
「お陰様で、ラザルと和解ができました。感謝いたします」
すでに空にはなっていたけれど、果実水の入っていたジョッキを持っているのでスカートの裾を抓み上げることはできない。それでもきちんとした体幹により支えられている身体の動きは美しく、見る者の目を惹いた。
視線が吸い寄せられていたことに気がついたラザルがわざとらしく咳ばらいした。
「ゴホゴホ。別に、大王様のお陰で和解した訳じゃあないですけどね」
「なにか言ったか、副騎士団長」
「いえ。いい加減、手を離して下さいって、……あいたっ」
アレクサンドルがラザルの言葉通り、瞬時に手を離す。その際に少しだけ後ろへ力を入れておいたので、振り回されて重心を崩したラザルは地面へと尻もちをついた。
「いたたたた。もうちょっと丁寧に離して下さってもいいんじゃないですか」
「乙女に対する礼儀も知らないような男に、何故俺が丁寧に扱う必要があるんだ?」
アレクサンドルから見下ろされつつそう指摘されて、ラザルの顔色が一気に青くなった。
「……失礼しました」
「俺に謝ってどうする」
アレクサンドルは呆れた様子で、くいっと首を振ってゴルドを指し示した。
ラザルは、立ち上がって身体についた埃を払って身形を軽く整えると、深く腰を折り頭を下げた。
「ゴルド様、これまでの私の誤解を謝罪致します。大変失礼いたしました」
「謝罪を受け入れよう。とは言っても、俺は元々気にしておらんよ。今の俺を見て、すぐにあのゴルドと同一人物だと受け入れられる方が稀だ」
「では俺は極稀な存在だということだな」
「アレクサンドル様は、現場におられましたからな。それに神の御業を身をもって体験されたご本人ではありませんか」
「確かに。俺に疑われては、その身体になった甲斐がないというものだろうな」
「うーん。もし、アレクサンドル様に受け入れてもらえなかったとしても、俺は神に自分を捧げましたよ。俺の信念と、アレクサンドル様からの信頼は別物ですからなぁ」
「お前。そこは拗ねろよ。まるでそれではお前は俺からの信を受けていないようではないか」
「あぁ、そうでしたな。これは失礼致しました」
「ゴルド様。今のあなた様は、お幸せなのですね」
「ん? どうした、ラザル。お前も一緒に食事にしよう。肉もワインも、たんとあるぞ」
差し出された手が、涙で滲むのを、ラザルは気が付かない振りをして走り寄った。
「ハイ。ゴルド様、副官ラザル。只今お傍に参ります」
***
「ぬははは。なんだ、ラザル。もうおしまいか」
「うっぷ。も、もうむ……り」
ゴルドの横に座っていたラザルの身体が、どさりと椅子から転げ落ちた。
倒れた拍子に着ていた騎士服が捲れ上がり腹が出てしまっている。
「おい、そんなみっともない着崩し方があるか。色男が台無しだぞ」
「らって。らってこんらに、なんれ食べれ……うっぷ」
口元を抑えた拍子に、更にはだけた騎士服の下で、ラザルの腹が大きく膨れ上がっていた。腹太鼓が捗りそうなほどパンパンのポンポコリンだ。
騎士服のベルトは「どうせ上着に隠れるから」と自分を誤魔化してとっくに外していたし、それどことかズボンのボタンもいくつか外していたが、それでもパンパンに食い込んでいるのが丸見えになっていた。
「ホント。お前は小食だなぁ。食べねば筋肉が付かんぞ」
「これだけ食べても細いままの今のお前がいうとシュールだな」
「そうですか? うーむ。まだ腹八分目くらいなので、まだ全然食べたりないのですが」
あれだけあったケーキの山をゴルドひとりで食べきる勢いだ。というか、すでにほとんど無い。逆に肉料理や揚げ物はアレクサンドルやラザルだけでなく見物していた騎士たちが手を付けているのにまだたっぷりあった。
「大食い対決にすれば、お前の手で決着がつけられたな」
「いいえ。ラザルにもアレクサンドル様の剣技を体験できて良かったと思います。より高みにある剣と交えることができたことで得られる物は大きい。そしてその喜びは何にも勝りますからなぁ」
「一方的にやられて喜ぶのは、お前だけだ」
「そんなことはないでしょう。なぁ、ラザルもそう思うだろう?」
名前を呼ばれ、ラザルは顔を上げた。
笑いかけるゴルドに向かって頷いてみせたが、本当のラザルの気持ちとしては、アレクサンドルの言葉に同意を示したかった。
***
「本当に、あの方がゴルド様なんだ」
ラザルが同意を示したことではしゃぐ姿はとんでもなく美しい少女だ。
眺めているだけならば、夢のような美少女。
豊かな銀色の髪も、金の星が浮かぶ夜明け前の空のような藍色の瞳も。
誰もが美しいと見惚れる容姿をしている。
それでも、その身に宿る魂はラザルの敬愛する上司そのままだ。
言動も行動もまるで変わっていないことが、ラザルは嬉しくて堪らなかった。
「今度こそ。お傍であなた様をお守りします。どんなことがあっても。絶対に」
腹心ラザルは、咽喉元まで食べ物が詰まっているという、なんとも直接的な吐き気と戦いながら、そう誓った。
「美少女騎士団長ゴルド・ドルバガ」完
新章の開始までまた少々お待ちください♡




