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6.名誉を掛けて



「よし、俺を指名するとはなかなか見上げたものだ。相手してやろう」

「え、ちがっ」


 アレクサンドルが立ち上がり、腰に佩いた剣を握る。その姿にラザルは慌てて否定を口にしかけたものの、確かに自分は『今の大王様には、痺れたり憧れたりしない!』と声を上げていたなと思い返して絶句した。

 勿論ラザルにはそんなつもりは毛頭なかった。しかしそれを伝えたとしても、受け入れてくれるような相手ではない事をラザルはよく知っていた。


***


「勝者、アレクサンドル大王様!」


 ラザルはまるで良い所なし、一瞬で対戦は終わった。

 正直、剣を構えただけだ。いいや、構えたと言えるかどうかすら怪しい。

 審判となったゴルドが開始の合図を口にして手を挙げた次の瞬間には、アレクサンドルの剣がラザルの眼前に振り下ろされていた。

 なんとか剣で自身を庇ったものの、そのまま弾き飛ばされてて、ラザルの身体は地に伏せた。


「……開始の合図からの初動が、早すぎませんか」

 別に不正を疑った言葉のつもりはなかった。

 ラザルとしては素直な称賛を口にできないまでも、アレクサンドル大王の剣の鋭さを称賛したつもりだった。


 しかし、大王はその形のいい眉を不快そうに上げた。


「そうか。では次は、お前が切りかかってくるまで、待っていてやろう。実戦で、そんな風に待っていてくれる敵などいないがな」


 言い捨てられて、ラザルの頬が赤く染まった。

 軍師として身を立てた自分に足りないモノを指摘された気がした。それだけでなく、自分を負かした対戦相手の技量を素直に称賛できなかった自分が恥ずかしかった。


 すでにアレクサンドルは開始線の場所まで戻って立っている。

 ラザルも立ち上がり、服に着いた埃を払うと、剣を持って構える。


「参ります」

「あぁ、いつでも来い」


 しかし、参ると自分で口にしたにもかかわらず、ラザルは一歩も動けなかった。


 隙が無さ過ぎるのだ。

 無造作に立っているだけにしか見えないのに、対面にいるラザルにぶつけられている気迫が他の誰とも違うのだ。


(これが、敬愛するゴルド様を魅了した大王様の強さ。カリスマ性というものだろうか)


 ラザルは焦った。どこに仕掛けようとも次の瞬間には叩きのめされているイメージしか湧いてこない。そんな相手はゴルド・ドルバガただ一人だと思っていたというのに。


「……飽きてきたな。こちらから仕掛けるぞ、いいな」

「え、あ。ぐはっ」


 1,2,3とリズムでも取りたくなるような、そんな速いテンポで、再びラザルは地に伏した。

 しかも今度は剣で受けることすらできずに横腹を薙ぎ払われて、痛みで呼吸すらままならない。軽く振るわれた剣だったのに。それほどの衝撃だった。


「勝者、アレクサンドル大王様! ですが、いくらなんでも、やり過ぎですぞ」

「待ちくたびれた。睨むばっかりで打ち込んでこようとしない、そいつが悪いんだ」


 嫋やかな腕に支えられて上半身をおこして貰う。

 愛らしい声で庇われても、ラザルは惨めになるばかりだ。気持ちは沈んでいくばかりだった。


「ゴルド様が敵わなかった御方ですから。私如きでは一太刀浴びせることすらできなくて、当然です。それでも……それでも私は」


 そこから先は声にならなかった。ラザルは悔しさに、ただ涙を流すばかりだった。



***



 すべてが終わっても泣き続けているラザルを前に、皆が口々に乾杯の声を上げていた。

 大食い対決のために用意したもので、宴会が始まっているらしい。


 大王との対戦後に、地に伏せて泣き続けていたラザルは放置されたままだった。


「あー。情けないな、私は。申し訳ありません、ゴルドさま。なにも、できませんでした」


 思い知らせてやるつもりが、格の違いというものを思い切り思い知らされてしまった。

 空にいる、敬愛するゴルドに向かって謝罪する。

 天に召された上司は、命を懸けて救った相手の横暴を、どう思っているのだろうか。


「アレクサンドル様と戦って勝てなかったとしても、何を恥じることがある。あの御方はお強い。この世の誰よりも。それは単なる事実として認め、お前はお前なりの強さを見つければいいんだ」

「ゴルド様! あ……」


 そこに立っていたのは、勿論聖女ゴルドだった。


「ほれ。お前も飲め」

 なみなみと注がれているジョッキを押し付けられて、慌てて身体を起こして受け取る。

 ジョッキの中身は、エールではなくワインだった。


「ほら、乾杯!」

 ガツンと木製のジョッキがぶつけられてラザルの顔へ飛沫が飛んだ。

「本当に芸が細かいったら」

 雑な動きといい、ジョッキにワインをなみなみと注いで運んでくる雑な行動といい。

 聖女ルーは、美しい少女である見かけからかけ離れた行動、──ラザルの知るゴルド・ドルバガそのものの行動を取る。


「まぁ、ゴルド騎士団長のフリをしているという点から見れば完璧ですけどね」

「あはは。なるほどなぁ、神が言う『長年の鍛錬で手に入れた己というすべて 』というのは、そういう腹心であったお前からの反応も含めてだったのかもしれんなぁ。うん、なるほどなぁ」


 少し寂しそうに少女が笑う。その表情に、ラザルは突然どうしようもなく不安になった。


「アレクサンドル様の胸から魔族の腕が突き抜けているのを見た時、神はどこにもいないのかと天へ叫んだ。いや、声が出ていたのかどうかすら正直なところ怪しいんだが。とにかく俺は、この人がいなくなってしまったら、人の世界は終わると訴えた。アレクサンドル様のお命を助けてくれるように、神の助力を求めた。それが叶うならば、俺のすべてを捧げると。だが、神は言った。≪≪それほどの想いがあるならば、お前自身が、それを為すが良い≫≫と。そうして俺は、神の御業を為せる身体に生まれ変わった。これまで俺が積み重ねて手に入れたすべてを、神へと捧げた証として」


 それは、愛らしい声で少女が語っているにしては、あまりにも重すぎる想いが籠った告白だった。




 他の誰から聞かされても嘘だとしか思えなかった内容と同じなのに、まったく違った響きをもって、ラザルの胸に届いた。


「だからな、ラザル。俺は俺だ。お前にとっては吹けば飛ぶような嘘と判じるような内容でも。俺は、ゴルド・ドルバガなんだ。俺だけは、それを知っている。だが、それをお前に強要することはやめようと思う。お前はお前自身が信じることを信じればいい」


「……」


「俺は、今の俺が手に入れることができる強さを、また手に入れてみせる」

『お前はお前なりの強さを見つければいい』


 声も顔も体型も。何ひとつ重なるものなど無いというのに。

 ラルドにとって、その言葉はゴルド騎士団長の言葉そのものだった。


 むしろ彼以外の誰が、あれほどの筋骨隆々とした肉体から、可憐な美少女へと生まれ変わっても、その身体なりの強さを手に入れるべく足掻けるだろう。


 その身体に宿るのは、まさしくラザルの敬愛する上司ゴルド・ドルバガの気高き魂だった。


「ごるど……ゴルド騎士団長、御無事だったんですね」



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