5.許すまじき傲慢
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「ちがう。……先ほど交わした会話が、すべて軍のことだの筋肉に通じていくから、ちょっとだけ、そんな気がしただけに違いないんだ」
ラザルが敬愛して止まない上司。
大王至上主義の筋肉馬鹿と言っても過言ではない猪突猛進な騎士団長のことを、ラザルはずっと尊敬していた。
貴族としては不適格とされるかもしれないが、裏表のまるでない性格。
豪快な性格そのままの強さは、筋肉が付きにくいことで悩んでいたラザルにとって憧れそのものだった。
『筋肉は、強さにおけるひとつの形態にすぎない。お前はお前なりの強さを見つければいい』
まだラザルが新人騎士だった頃、誰よりも強くなりたいとどれだけ願い努力を積み重ねても結果が見えずにくじけそうになっていたラザルに、ゴルドが掛けてくれた言葉だ。
その教えに天啓を受けたラザルは、どちらかといえば騎士学校では座学が得意であったこともあり軍師を目指すことにした。それと、細かい雑事や書類仕事が苦手なゴルドに代われるように務めた。その結果が副団長の地位に繋がった。
赤い悪魔と呼ばれるようになったゴルドのために生きる。
副官として支えることこそがラザルの喜びであり、この世に生まれてきた意義だと信じていた。
(しかし、お傍にいることが叶わなかった戦で、あの方は主君のために命を捧げてしまわれた)
悲しいし悔しくもあるが、そのこと自体は、ラザルには納得できた。
ゴルド・ドルバガという男ならそうする。それくらい当然のようにやってのけるだろう。そう信じられた。
しかし、その後がいけない。
彼の死を利用して聖女の価値を高めようとする大王と聖女の傲慢さだけは、ラザルには許せなかった。
何故、尊い彼の死を踏みつけるような真似ができるのか。
聖女が為した神の御業だけで功績は十分ではないか。何故、ゴルド団長の過去の功績まで掠めとることが必要なのか。
自分よりずっと背の高いアレクサンドルを見上げ、銀の長い髪を揺らしながら話す声はまるで鈴を転がすように愛らしい。
その声を紡ぐ唇はさくらんぼのように赤くふっくらとしているし、その頬はどこまでも透き通ってまるで陶器で出来た人形のようだった。
しかし彼女は間違いなく、血の通った人間だ。それも恐ろしく顔が整っている。
なのに、口調は、赤い悪魔と呼ばれた上司そのものだ。会話の運びも内容も。すべて。
ラザルと菓子談義を行っている時の瞳のきらめきが、筋肉トレーニングについて語る敬愛する上司と重なって、慌てて頭を振った。
先ほど掴み上げた腕の細さ。その乙女のやわらかな腕を捩じ上げてしまった事実に、忸怩たる思いが湧きあがってきたが、それもラザルは否定した。
敬愛する上司ゴルド・ドルバガの名誉を守る為、ふたりの行為の真意を問い質し、主君と聖女の行いを改めさせるために、ラザルは今こうしてここに立っている。
だというのに。
「いいや、対戦はしますぞ。これは男と男の名誉のための戦いですからな」
「ゴルド、今のお前は乙女なのだ。戦いは男の俺に任せて貰ってもいいのだぞ」
「いいえ。これは俺の戦いです」
「お前の戦いは、婚約者である俺の戦いでもある。お前の名誉は、俺が守ろう」
「イチャイチャするなぁ! 俺を、無視してイチャイチャイチャイチャし続けるなぁ!」
ついに黙っていられなくなったラザルが叫んだ。
どれだけ故人となったゴルドの扱いに不満を持とうと、主君である大王に対する言葉としてあまりにも不適切なその言葉は、しかし周囲の使用人たちの心の声そのものだった。
「『お前の身体は、もうお前ひとりのものではないのだぞ』ですってぇ!」
「まだ婚姻前なのに。まぁオメデタイ事ではあるけど……ねぇ?」
「さすが俺たちの大王様! 中身がゴルド騎士団長でも関係ない!」
「百発百中! そこに痺れる憧れるぅ!」
「ちがーう! 俺は今の大王様には、痺れたり憧れたりしない! ゴルド様の名誉に掛けて、私との対戦、受けて下さいますね?」




