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3.副団長ラザル・グアルネーリ



「うん、これも旨かった!」


 ゴルドが10皿目に来たチーズ蒸しケーキを食べきり、そのおいしさを讃えはしゃぐ。

 指先で揺れる淡いピンク色をした爪も、弧を描く唇も、満足そうに輝く瞳も、すべてがまるで彼女を飾り立てる宝石のようで、傍にいた給仕係のおばちゃんすら眩しそうに目を細めた。


「はいはい。次は、クレープシュゼットに致しましょうか」

「うむ。オレンジのソースが掛かったアレだな。アレも旨いな。頼もう」


 おばちゃんの勧めに同意を表して、ビッと伸ばしたゴルドのそのちいさな手が、後ろから乱暴に掴まれた。


「女子供の食べるようなモノばかり次々と。それでよくゴルド・ドルバガの名前を騙ろうとしたものですね」


 美丈夫が、銀縁眼鏡越しに憎々し気にゴルドを睨み下ろしていた。

 縮んでしまう前のゴルドよりは低いが、今のゴルドからすれば見上げなければ顔を見ることもできない背の高い男だ。


「今の俺は女子供だからな。久しぶりだな、ラザル」


 すべてが直線で描かれたような、まるで石から掘り出したような男らしい貌。癖のある金髪を背中でひとつに編んでいる姿も、強く輝く碧眼も、すべてゴルドのよく知っている男のものだ。


 ラザル・グアルネーリは、自分が掴んでいる手を気にすることも無く立ち上がり、反対側の手で気安げに肩を叩いてくるゴルドの手を嫌そうに払い退けた。


「ふん。私の顔と名前は調査済ですか」

「調査も何も、俺は信頼する部下の顔も名前も忘れたりしないぞ」


 ラザル・グアルネーリ。ゴルドの腹心ともいうべき副騎士団長だ。 

 最終決戦となったあの運命の日、アレクサンドルに従ったゴルドたちとは別かれて、一軍を率いて隣国の防衛線へ参戦していた。


 完全防護壁(パーフェクトシールド)ができたことで魔族を退けることが成せたと各国へと終戦の知らせを出したものの、その場にいなかった者たちにはすぐにそれを信じることができなかったのだろう。当然だとゴルドも思う。そのせいで平和宣言の式典直前の帰国となってしまったようだ。


「それで、ラザル。この手、離して貰ってもいいか?」

「ふん。この程度の拘束も自力で解けぬ癖に。まだゴルドさまを騙るつもりですか女狐めえぇぇぇえぇっいだだだあだだだ! 痛い痛い。誰だ、離せっ! この女の色香に騙されおって。私だけは騙されませいだいいだいいだいいだいぃっ」


「うるさい。この俺が、女の色香ごときに騙されるとでも思っているのか」

「え、あっ! アレクサンドル大王様!!」


 ゴルドの腕を掴んでいたラザルの頭を、アレクサンドルが片手で握り持ち上げていた。掴み上げている手でギリギリと締め上げてる。


 痛みに耐えかねたラザルがゴルドを掴んだ手を離さずにいたので、一緒にゴルドまで釣り上げられてしまっていることに気が付いたアレクサンドルは、不本意ながらラザルをゆっくりと床に下ろした。すかざずゴルドの身体を掬い上げる。勿論その際にはラザルの腕を思い切り捩じ上げ、力任せにゴルドを解放させることも忘れない。


 美麗な顔(と服の下の腕)に大王の手形をくっきりと浮かび上がらせたラザルは、這う這うの体で床の上を尻をついて後ずさった。


 大王アレクサンドルの威風堂々とした姿を、見上げる。

 国の要たる大王の勇健な姿は喜ばしいことである。にもかかわらず、ラザルの心は今、苦い気持ちでいっぱいだった。

 死に瀕した大王の命を助けるために、今なおラザルが敬愛して止まない上司はその命を天へと捧げることになったのだから。


「可哀想に。また痣がついている」

 ゴルドの手首についてしまった痣へ、アレクサンドルが宥めるように唇を寄せた。

「この身体は本当にやわにできてますからなぁ。仕方がありません」

 眉を下げて苦笑するゴルドは、アレクサンドルほどその痣を気にしようとしない。それがアレクサンドルには許せなかった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだぞ」

「あー、そうか。そうですよね」


 ゴルドの血筋がこの世界の平和を祈ることをしなくなった時、ゴルドのすべてを神に捧げることで得られた神の奇跡、完全防護壁(パーフェクトシールド)はその効力を失う。

 そしてゴルドが死んだ時にアレクサンドルがまだ存命でいたならば、全回復パーフェクトヒーリングの効力も無くなり、その場で胸に風穴が開いて絶命してしまうかもしれないのだ。実際はどうなるのか神に確かめるのを忘れていたが、アレクサンドル様の命で博打をはる訳にはいかない。

 ここは慎重にいこうと、ゴルドは絶対にアレクサンドル様の最期を看取ってから自分が逝くことを心に決める。


 だからつまり、ゴルドはできる限り長命で健康に過ごさなければならない。それまでの間に、できるだけ多くの子孫を残して。


 つい、主たるアレクサンドルが胸を貫かれている姿を思い出してしまったゴルドは、自身の目が潤んできたことに慌てて顔を俯けた。


「どうした? 他にも痛い場所があるのか。俺に秘密にしようとしても無駄だぞ。素直に申告しろ」

「……ちがいます。別に、痛い訳じゃないです」

「本当か? 俺の目を見て、もう一度否定してみせろ」

「だ、ダイジョブだって、言ってるじゃあないですか」

 何度も顔を覗き込もうとするアレクサンドルの顔を、ゴルドがちいさな手で押し退けようとする。その手を物ともせずに顔を寄せていくアレクサンドル。


 アレクサンドルがゴルドを抱き上げている。言わば密着状態で交わされる攻防は、どこからどう見ても、公共の場でイチャつく馬鹿ップルそのものでしかない。


「くっ。他人の目も憚らずにイチャイチャと。アレクサンドル大王様におかれましては、ゴルド様の献身を忘れ、神の御遣いだかなんだか知りませんが、女の色香に惑わされているというのは事実の御様子」


 どちらにとっても聞き捨てならない言葉を言われて、ふたり同時に首をぐるりと廻す。


 ふたり分、計4つの強い視線を一身に受けたラザルは身体を硬直させた。


「誰がいちゃついてなどいるというのだ、ラザル」

「何を言っているんだ、お前は」


「うるさいうるさいうるさい! 勝手にいちゃついていればいいじゃないですか。そんなことどうでもいい。我らがゴルド団長を、今すぐ返して下さい! 神に召されたならそれも受け入れましょう。けれどその名誉ある名前を愚弄するのは、いくら大王であっても許されることではありません!」





※※ ふたりに恋愛一切感情はありません ※※


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