95話─泰道亮一の正体
夕方、五時の鐘が鳴り二階ショップは営業終了と相成った。最終的に、増産分も含めた商品の売れ行きは凄まじいものだった。
何しろ、途中から在庫がなくなり供給が追い付かなくなってきていたのだから。とはいえ、無事捌き切ったのだが……。
「……あのにーちゃん、なーんか見たことあるような気ィするんよなぁ。どっこやったかなぁ、なんか思い出せへんわぁ」
夕方以降、バーへと変わる一階の食堂にてアスカは一人呟いていた。その視線は、奥のテーブル席に座っている男……亮一に注がれている。
「ふむ。この世界の酒も、なかなかの味ですね。これなら、退屈せずに済みそうだ」
その亮一は、グラスに注がれたウイスキーを味わっている。バーテン風の制服に着替え、業務を行っているアスカは厨房に入った。
奥の扉を使い、従業員用の休憩スペースに向かう。そこにいたキルトに、報告を行うアスカ。
「あ、キルト。ちょっと話したいことがあるんやけどな、今ええか?」
「うん、いいよ。どうしたの? アスカちゃん」
「実はな、ちょいとヘンテコな客が一人おってんやけど。……多分、ウチと同じ地球から来た奴かもしれへんのや」
「えっ、それどういうこと?」
食い付いてくるキルトに、アスカは男についての話をする。以前、日本にいた頃どこかで見たような気がすると聞かせた。
仮に向こうが同じ日本人だった場合、自分の正体に気付かれると面倒なことになりかねない。そこで、さりげなく名前を聞いてくれるようキルトに頼むアスカ。
「そういうことなら任せて。それとなーく聞いてみるから。……ところでさ、その人ってお昼くらいに来てたニヤけ顔の男かな?」
「せやせや、そいつや。今は奥のテーブル席で一人飲みしとるさかい、頼んだで」
そんなこんなで、アスカの代わりに食堂に向かうキルト。オーダーを取るという建前で、亮一の元に近付いていく。
「あの、お客様。誠に申し訳ありませんが、本日の営業は夕方六時の鐘が鳴る頃に終了する予定でして。ラストオーダーとなるのですが、何か追加のご注文はありますか?」
「そうですか、では……次はブランデーを貰いましょうか」
「かしこまりました。ところで……お客様、この辺りでは見かけない服装ですね。どちらからおいでになられたのです?」
「とても遠いところから、ね。これ以上は聞かない方がいい……君は賢い、そうでしょう? なら、時に余計な詮索はするべきでないことを知っているはず」
キルトは話題を振ってみるも……亮一は不気味な笑みを浮かべたまま、強い口調で拒絶する。そう言われては、流石にこれ以上の追求は出来ない。
相手の正体が知れない上、まだ食堂には他の客もいる。安全を考えて、大人しく引き下がることにしたのだが……?
「ああ、ですが一つ。私の名前くらいは教えてあげましょう。私は泰道亮一。今はそれだけを知っていればいいのですよ」
すごすごと退散していくキルトの背中に、亮一はそう言葉を投げかける。一応礼を述べ、キルトはアスカの元に帰っていった。
「なんやて!? せや、その名前を聞いて思い出したわ! 泰道亮一……なんであんなヤバい奴がここにおるねん」
「アスカちゃん、そのタイドウリョウイチってどんな人なの?」
「……日本史上最悪の連続殺人鬼や。たった四ヶ月の間に、五十八人を殺したおぞましい怪物なんや」
キルトから相手の本名を聞いたアスカは、一発で思い出した。頭の奥深くにしまい込んでいた、忌まわしいニュースの記憶を。
不気味な笑みを浮かべていた男の、おぞましい正体を。二人は急ぎ店に戻るが、もう亮一の姿はどこにもなかった。
「アカン、もうおらへんわ。っちゅーて、探しに行ってもムダやろなぁ……。多分、ウチらの手ぇ届かんところに逃げたで、あいつ」
「あの男もアスカちゃんみたいに召喚されて来たんだとしたら……黒幕は、きっと……」
深追いは危険と判断し、とりあえず店の営業に戻るキルトたち。それからしばらくして、六時の鐘が鳴り食堂も営業終了となった。
残りの業務をコピードールに任せ、アジトに戻ったキルトたち。激務でへばっているエヴァたちを集め、急遽会議を行う。
「……なるほど、またしても理術研究院の奴らがやらかしたというわけか」
「今のところ、確たる証拠があるわけじゃないんだけどね。ただ、アスカちゃんのケースから考えるにほぼクロだと思うよ」
「殺人鬼を味方に引き込むとはな。理術研究院とやらは、本当に節操が無い。危険な真似をしてくれる……」
ルビィやフィリールは、ボルジェイたちがとんでもない存在を召喚したことにため息をつく。一方、エヴァはアスカから亮一のことを聞いていた。
「で、そのタイドウリョウイチだっけ? そいつ、どんだけヤバい奴なのよ?」
「んとな、ウチが中三の頃に日本全国を騒がせた凶悪なやっちゃねん。東京……っちゅうても分からんか。とにかく、デッカい都市を中心に人を殺して回ったやべー奴なんや」
アスカ曰く、事の起こりは彼女が中学三年生だった頃の五月。東京の某所で見つかった、胸をX字状に切り裂かれた遺体の発見から惨劇が始まったのだという。
どれだけ警察が監視網を広げても、それをすり抜け同様の犠牲者が関東一帯で大量に発生したのだとか。
「ウチの住んどるトコからは離れとったけど、気が気じゃなかったわ。犯人のツラも割れてへんさかい、交通機関を使って『遠征』してくる可能性もあったさかいな」
「それは……確かに恐ろしいことだな。アスカから度々ニホンという国のことは聞かせてもらったが、そんな輩もいるとは」
「まー酷いもんだったで。ウチの周りじゃ、『現代の切り裂きジャック』やら『サカキバラ事件の再来』とまで言われてたんやもん」
「でも、結局はとっ捕まったんでしょ? その犯人……タイドウリョウイチは」
「うん。九月の中旬くらいやったかな、東京の某所で捕まったんよ。警察の職務質問中に、バッグん中から血の付いたサバイバルナイフが見つかったってな」
アスカの口から語られる、泰道亮一の血塗られた過去。それを聞き、キルトたちは戦慄する。このまま野放しにはしておけない。
あらゆる手を使って撃滅しなければ、今度はメソ=トルキアの民が犠牲になってしまう。それだけは、なんとしてでも避けねばならないのだ。
「ねえ、エヴァちゃん先輩。僕思うんだ。そろそろ、こっちから仕掛けるべきなんじゃないかって。……理術研究院を倒すために」
「……そうね、今がチャンスなのかもしれないわ。コーネリアス様の部下の密偵から、情報が入ってきてるのよ。今、理研はネクロ旅団との戦いで敗北寸前だって。挟み撃ちにしちゃえば、奴らを滅ぼせるかもしれないわ」
大量殺人鬼を手駒にする暴挙に出た理術研究院。これまでは攻められる側だったが、今度は自分たちから打って出るべき。
キルトはそう考え、エヴァに提案する。今までは、暗殺の危険から暗域に行くことはなかった。だが、情勢は変わった。
理術研究院に所属している戦力は、サモンマスターの戦いで数を減らした。残存戦力も、ネクロ旅団との戦争で少しずつ削られている。
「危険な殺人鬼を、そいつを連れてきた黒幕……ボルジェイを。倒すんだ。僕たちの手で。民を守るために」
「ああ、そうだな。風は我らの方に吹いている。こちら側も、それなりに戦力が増えた。今なら勝機があるだろうよ」
「せやな、ウチもそろそろお礼参りしたいと思てたとこなんや。あいつらにバッチリ仕返ししたるわ、やるんならウチは着いてくで!」
「私も賛成だ。いい加減、理術研究院には倒れてもらわねばならない。帝国の民のためにもな」
キルトの提案は、満場一致で可決された。とはいえ、五人だけでは流石に心許ない。もう少し、戦力が必要だ。
「プリミシアも連れて行こう、奴もガーディアンズ・オブ・サモナーズの一員になったからな」
「後参加してもらえそうなのは……ヘルガさんとウォンさんくらいかな。流石にドルトさんは連れて行けないしね」
「あの雌犬もか……気が進まんが、まあ仕方あるまい。奴の強さは、嫌と言うほど知っているからな」
現状存在を把握している、ほぼ全てのサモンマスターたちに協力を仰ぐことを決めるキルトたち。だが……行動を起こすのが、少し遅かった。
すでに、敵の方が早くコトを起こしていた。悪の魔手が己の喉に伸びていることを、キルトはまだ知らない。
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