93話─未知との摂食
「じゃじゃーん! アスカちゃん特製カレーライスやで!」
「カレー……? 僕が知ってるカレーと随分違うね」
「そうね、アタシたちが食べてるのはもっとこう……サラサラしたスープだものね」
アスカの手で布が取り払われ、現れたのは……彼女の故郷、日本においてポピュラーな食事。カレーライスであった。
一応、カレー自体は暗域に存在しているようでキルトとエヴァがそのことに言及する。が、どうやら日本で言うスープカレーしか存在しないらしい。
「ほう、これは……なかなかスパイシーな香りがしますな。ところで、この白い塊は一体?」
「それはな、米っちゅう食材や。ウチの故郷じゃみんなが食べてる主食なんやで」
「ほほう! つまり異界の食材というわけですな! ううむ、実に食してみたくなってきたぞ!」
メソ=トルキアには、米という食材が存在しない。暗域には一応あるようだが、ごく一部の領域……簡単に言うと、コーネリアスの支配地域でしか生産されていないようだ。
特産品として扱われる貴重な食材のため、口に出来るのはコーネリアス及び彼とごく親しい者たちだけである……と、エヴァは語った。
「エヴァの話が本当だとすると、我々はとんでもなく貴重なモノを食することになるな。うーむ……なんだか緊張してきたぞ」
「珍しい、フィリールでも緊張することがあるのか。……まあ、我も正直かなり興味をそそられているがな。というか、旨そうな匂いが先ほどからプンプン漂ってきてそろそろ限界なのだが!?」
「はいはい、ほんなら今から配るさかい、各自召し上がってーや。あ、キルトはこの青い皿の食べてーな。他のは中辛やけど、これだけ甘口にしてあるさかい」
「ありがとアスカちゃん。それじゃ貰うね」
キルトたちにカレーライスを配り、自分も席に座るアスカ。今回彼女が作ったのは、豚肉とニンジン、ジャガイモとタマネギを入れた一般的なカレーだ。
流石にルーの自作は出来なかったため、日本から自身の能力を使ってレトルトの食品──ただし、わりとお高い質のいいもの──を取り寄せた。
「それじゃ、いただきまーす!」
「いただきます!」
キルトの声に合わせ、ルビィやロジャーたちギルドの面々も手を合わせる。付属の先割れスプーンを使って、アスカのレクチャーに従い米とルーを口に運ぶ。
なお、アスカ曰く米とルーの割合は3:7が彼女の家での黄金比らしい。果たして、キルトたちの感想やいかに。
「もぐもぐ……んんっ!? 凄い、なにこれ! 噛めば噛むほど、優しい甘味が口に広がるよ!?」
「ふふん、せやろ? 米は古代から食べられてきた栄養抜群の主食なんやで。品種改良も進んどるさかい、食べた時の甘みも大幅アップなんよ」
「むむむ……この米とやらの旨さが、カレールー……と言ったか? それの辛さを程よく相殺しつつ引き立てている!」
「ショックだわ……コーネリアス様ったら、こんな美味しいものを自分たちだけで食べてるなんて! これを庶民が知ったら暴動が起きるわよ!?」
キルト以下、全員がカレーライス……というより、米の味に引き込まれていた。未知の食材ということで、最初こそ遠慮がちだったが……。
味の虜になってからは、みな無我夢中でカレーライスを貪る。開店準備で体力を消耗し、程よく空腹になっていたのも幸いした。
先人に曰く、『空腹は最高の調味料である』。その言葉の意味を、彼らは文字通り『噛み締めて』いた。
「ふー……いつも宮廷で食べる料理と違って、凄く熱いな! 汗が出てきたぞ……おまけにルーの辛さで舌がやられて……キッツ❤」
「フィリールはん、そういう時は水を飲むんやで、水。みんなも水が欲しゅうなったらいつでも言ってや、ぎょうさん用意してあるさかいな。もちろん、カレーのおかわりもやで!」
「はーい! おかわりくーださい! いくらでも食べられるよ、これ。ルーが甘くて美味しい!」
料理に関しては、人一倍手際の良さを発揮するアスカ。すでに水とおかわり用のカレールー(具材入り)及び白米(炊き立て)が用意されている。
ここ十日の寝不足から、体力を消耗していたキルトが真っ先に平らげおかわりを貰う。楽しい食事が続くなか……突然、ソレは起きた。
「キルト、こっちのも食べてみる? 結構イケるわよこれ、アタシ好みの辛さで」
「えー、エヴァちゃん先輩すんごい辛党じゃん……。僕でも食べられるの? それ」
「だいじょぶだいじょぶ、アスカのことだから無茶な辛さになんてしてないわよ。はい、あーん」
「あーん」
「!?!!!???!?!? 貴様、我のキルトに今何をした!?」
「えー、何って……アタシのカレーを分けてあげただけじゃな……ああ、なるほど。アタシのスプーン使ったから、間接キッスになったのを嫉妬してるってわけね!」
甘口カレーを堪能していたキルトに、エヴァが自分の皿からカレーをスプーンによそって食べさせてあげたのだ。
それが意味することはただ一つ。もう何度目か分からない、ルビィVSエヴァによる全面戦争である。
「ほう、それを解っていてやったのだな? よかろう、表に出ろ。久々に仕置きをしてやる、この【ピー】女め」
「あ゛? 面白い寝言をほざくわね、寝てから言いなさい? っていうか、今すぐ寝かせてあげるわ。永遠にね!」
「ああっ、ダメだよ二人とも! ほら、座って座って? 次は僕からあーんしてあげるから、ね?」
「なぬっ!? ……そうか、であれば従うとしよう。我は誇りと理性に満ちたエルダードラゴン、過ちは犯さぬのだ」
「ま、そういうことならそれでいいわ」
が、今回はキルトが機転を利かせて阻止された。せっかくの楽しい雰囲気をブチ壊しにするまいと、咄嗟に最良の方法を採ったのである。
「いやあ、実に美味ですなぁ! こういう立場にいると、あちこちのお貴族様との会食が度々あるのですがな? これまでに食べたどの料理よりも美味いですぞ、このカレーライスというのは!」
「おおきに、おっちゃん。ほんならどや、このお米……商業ギルド『だけ』にええ値段で卸しても構いまへんで、ウチとしては。これを売れば、そらぁえらい儲けが出ると思わへんか?」
大満足なロジャーに、アスカがすかさず取引を持ちかける。商人たちが興した大阪という地で生まれた彼女は、根っからの商売人なのだ。
商業ギルド専属で米を卸し、その利益を得ようという腹積もりなのである。そのしたたかなやり口に、ロジャーは大笑いした。
「わっはっはっ! こりゃやられたな! うむ、では評議会に議案を提出しよう。彼らにもこの料理を振る舞えば、この取引の素晴らしさをすぐ理解するだろう」
「おおきに、おっちゃん! いやぁ、これで借金返済の手段が一つ増えたで、キルト」
「……僕、今ものっすごく感じてる。アスカちゃんが仲間になってくれてよかった、って」
巨大なギルドを束ねる相手に、自身の要求を通すアスカに尊敬の眼差しを向けるキルト。万事順調に進んでいる……誰もが、そう思っていた。だが……。
「……キルトめ。連日連夜悪夢を見せてやっているというのに、まだダウンしないとは。こうなれば、直接手を下すしかあるまい」
理術研究院、院長室。机の上に置かれた、水色の輝きを放つ髑髏の水晶を見ながらボルジェイがそう呟いていた。
毎晩キルトに悪夢を見せ、彼の精神を削り取って発狂させようと狙っていたのだ。が、その策は今のところ効果を発揮していない。
ルビィたちが彼の支えになっているからだ。
「仕方ない、少し早いが……『第二次異世界召喚計画』の成果を見せるとしよう。おい、入れ!」
「はい、お呼びでしょうか。ボルジェイ様」
ボルジェイに呼ばれ、一人の男が部屋に入ってくる。現れたのは、張り付いたような不気味な微笑みを浮かべた、タクシードライバーの制服と帽子を身に着けた男だ。
「泰道亮一、お前に命令を下す。この水晶に映っているガキの元に出向き、お前に与えた力で精神を破壊してやれ。二度と再起出来ぬようにな!」
「かしこまりました、ではただちに出向くとしましょう。全て私にお任せください。この『サモンマスターグレイブヤード』、必ずや期待に添ってみせます」
「任せたぞ。タナトスは今、ネクロ旅団の案件から手を離せん。お前がしくじれば、俺が直接動かねばならなくなる。そうならないようにやれよ!」
「はい、お任せを」
帽子を脱いで胸に当て、男……泰道亮一はお辞儀をする。帽子を被り直し、院長室を出て行った。
「さあ、首を洗って待っていろ、キルト。お前は殺されるんだ。生みの親の亡霊にな! フハハハハ!!」
キルトの元に、新たな敵が現れようとしていた。




