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91話─悪夢と少年と竜

 どことも知れぬ、暗い闇の中。そこに一人、キルトが浮かんでいた。うずくまり耳を塞ぐ彼の元に、また二人の男女が現れる。


 顔を黒く塗り潰された男女は、キルトへ罵声を浴びせ責め立てる。何故、お前だけが生き延びているのだと。


『どうしてだ? キルト。お前の()()()()である私たちは滅ぼされたのに。何故お前は平然と生き延びている?』


『とんだ親不孝者ね、あなたは。覚えていないのでしょう? 本当の両親の顔も、声も。何もかもを。そんなあなたに、生きる価値はあるのかしら?』


「やめて……もう、やめて……。お願い、許して……」


 キルトを責めているのは、彼を生んだ本当の両親。二歳の頃に別れ、そのまま再会することなくボルジェイに故郷ごと滅ぼされた者たち。


 ものごころつく前に別れたから、キルトは彼らの顔を、声を、温もりを。何もかも覚えていない。そんな彼らに責められ、少年はただ震えることしか出来ない。


『許されたいなら、方法は一つしかない。お前も死ぬんだ、キルト。それだけが、お前の罪を清算する方法だ』


『そうよ。本当の故郷と家族が滅びているのに、あなただけがのうのうと生きるなんて許されない。さあ、絶ちなさい。その命をここで』


「う、う……うわああああああ!!」


 二人が近寄ってくるなか、キルトは絶叫する。そうして、彼は夜中に目を覚ます。ゾルグとの決着をつけてから十日……彼はずっと、この悪夢に苦しめられていた。


「むにゃ……ハッ! キルト、また例の夢か?」


「う、うう……」


「大丈夫だ、ここには我がいる。怖がることは何もない。ほら、おいで。我の腕の中で、恐怖が消えるまでジッとしているといい」


「うう……うわああああん!!」


 キルトと添い寝していたルビィが異変に気付き、即座に飛び起きる。そして、少年を抱き締めて優しく頭を撫で、あやす。


 そんな彼女の腕の中で、キルトは泣きじゃくる。こんなやり取りが、ずっと続いていた。キルトの精神は限界に近付きつつあったが、それでも耐えていた。


 仲間に心配をかけたくない、と。折り悪く、工賃支払いのためのプロジェクトの本格発足に向けて動いているのも、キルトがルビィ以外に弱音を吐けない環境の形成に一役買ってしまっていた。


「……落ち着いたか? キルト」


「うん、ありがとうお姉ちゃん。おかげで楽になったよ」


「そうか、ならよかった。……なあ、キルト。そろそろエヴァ辺りに相談したらどうだ? その悪夢を断つ方法が、どこかにあるかもしれないだろう?」


「そうしたいけど……。お店の準備とかもあるしさ、今はやれないよ。やることを終わらせて落ち着くまではね……」


 ルビィの腕の中で、キルトはそう答える。サモンマスターロコモートことプリミシア・ハンプルトンの協力で、商業ギルドと話をつけることが出来た。


 五年間の家賃免除、本来売り上げの四割を納金しなければならないところを二割にしてもらう、等の特例措置までしてもらえたのだ。


 おまけに、小さいながらも人の多い通りに面した二階建てのお店を貸してもらえるという破格の待遇とあれば、やる気を出すなというのが無理なもの。


 今は自分のことより、とにかくプロジェクトを成功させることがキルトの中で最優先されているのだ。


「……だが、無理だけはしないでくれ。身体を壊してしまっては、元も子もないからな」


「うん、分かったよお姉ちゃん。……あふ、少し……眠くなってきたかも……」


「なら、このまま寝てしまうといい。今度は夢も見ない、深い眠りにつけるように……我が抱き締めていてあげるから」


「あり……がとう……すや……」


 ルビィと共にゆっくりと横になり、キルトはまぶたを閉じて寝息を立てはじめる。そんな愛しい少年の額にキスをしてから、ルビィは髪を指ですく。


(キルトにはああ言われたが……放置するのはやはりまずかろう。どんな悪夢を見ているのか、具体的には教えてもらえないが……我が独自に動く必要があるかもしれんな、これは)


 キルトが無理をしていることは、痛いほどよく分かっていた。だからこそ、ルビィは解決策を見つけ出すために動くことを決意する。


 もう一度キルトの額にキスをしてから、ルビィも眠りにつく。窓の外から、淡い月の光が部屋の中に降り注いでいた。



◇─────────────────────◇



「はあっ、はあっ! 急げ、もう少しで離脱ポイントだ! 全員遅れるな!」


「ちくしょう、聞いてないぞ! 敵にあんなバケモノがいるだなんて……クソッ! ティバ隊長たちがいてくれれば、あんな奴一捻りなのに!」


 暗域のどこか。紅の月が天頂に昇るなか、理術研究院に属する戦士の一団が森の中を進んでいた。戦いに敗れ、退却しているらしい。


 血と泥にまみれた戦士たちは、背後から迫ってくる大いなる『死』から逃れようと足掻く。だが、彼らは思い知ることになる。


 生と死を統べる者からは、決して逃げることは出来ないのだと。


「よお、どこ行こうってんだ? いけねえなぁ、道を間違えてるぜ? アンタら」


「!? バ、バカな! どうやって我々の先回りしたんだ!?」


「ヒッ……! もうダメだ、先回りされたら打つ手がねぇ!」


 戦士たちは森を抜けた先にある、退却用のポータルが設置された草原を目指していた。だが、そこにたどり着く前に……敵が現れた。


 無数のトゲが生えた鉄鎚を担いだ、暗い茶色の鎧兜を身に着けた怪物。各部に亀裂が走ったような、ねじれたデザインを持つ鎧を鳴らしながら歩いてくる。


「ハッ、こっちにゃあ優秀なスケルトンたちがいるんでね。てめぇらがどこに逃げるつもりなのか、ぜーんぶお見通しってわけだ」


「ふ、副隊長! どうするんですか!? あいつがポータルのある方から来たってことは……」


「十中八九、ポータルは破壊されたろうな。なら、選択肢は一つだ。……奴をここで倒す! こっちは八人、敵は一人! 低いが勝ち目はある!」


 敵対者が現れた方角から、もう逃げ場がどこにもないことを悟る戦士たち。彼らを束ねるリーダーがそう叫ぶと、怪物は笑った。


「へえ、おもしれぇ冗談だな。ネクロ旅団死天王の一人……『アースクェイクノスフェラトゥス』様に勝てるつもりかよ?」


「ああ、勝ってやるとも! それが我らの意地」


「あ、わりぃがよ。もう終わりなんだわ、アンタら。アタシもそろそろ帰ってイチャコラしてぇからさ……さっさと死ね」


「な、なにをへぶぁっ!?」


 怪物はそう口にすると、担いでいた鉄鎚を勢いよく地面に叩き付ける。直後、土が盛り上がりトラバサミの形となった。


 土のトラバサミは戦士たちを挟み込み、一切の抵抗も反撃も許さず圧殺してしまった。一人残らず、無慈悲に。


「呆気ないもんだねぇ。ま、アタシらにケンカ売ったのが大間違い……お? この気配は」


「ここにいたか、探したぞ。……まだその姿になっているのか? 物好きだな、お前も。さっさと変身を解いたらどうだ?」


「へーへー、わーったよリリン。ったく、開幕からお小言なんて変わらねえよな、お前も」


『ネクロソウル・リターン』


 怪物のすぐ側に、とある人物がテレポートしてくる。現れたのは、褐色の肌と腰まで伸びた黒髪を持つ凛とした雰囲気を纏う女だ。


 赤地に稲妻を模した紫の装飾がついた鎧を着た、リリンなる女は怪物に声をかける。彼女の言葉に怪物は頷き、変身を解く。


 己の胸に手を突き刺し、体内に格納してある黒いクリスタルに触れて不活性状態にした。すると……。


「ふいー。いやー、ハラ減ったな! やっぱノスフェラトゥス化してると、ごっそりエネルギー持ってかれるぜ」


「だから用が終わったらさっさと元に戻れと、いつも言っているだろう。……アゼルが呼んでいる、早く帰るぞシャスティ」


「あいよ。しかし、アレだな。こうやって戦うとよ、こう……昂ぶってくるモノがあるよな? リリン」


「シモの話は後でやれ。今はこの無益な戦争を早期終結させることに集中しろ」


 怪物の身体から黒い光が放たれ、シルエットが変化していく。光が消えると、そこには藍色の修道服に身を包んだ女がいた。


 シャスティと呼ばれた女は、リリンとくだらない談笑をしつつテレポートで帰還する。愛しい夫にして、ネクロ旅団を束ねる命王……アゼル・カルカロフの元へと。


 ネクロ旅団と理術研究院。両者の戦争は、呆気なく決着がつくだろう。その果てに、ボルジェイに待ち受ける運命は……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 1人で抱え込むのがキルトの悪い癖だな(ʘᗩʘ’) しかし今更、夢に化けて出てくるなんて腑に落ちない話だな(↼_↼) 滅ぼした奴の所に行かず、キルトの夢枕に立つ時点で胡散臭いし(゜o゜;本当…
[一言] キルトの奴、一体何があったんだ? それはそれとしてお久しぶりだな雷オバばばばばば!!?><(電撃で黒焦げになった
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