88話─偽りの正義と森の射手
ロコモートから伝えられた情報は、即座に仲間全員に通達される。ロージェを迎え撃つため、すぐさま準備が行われた。
街の外に、魔法で作り出した特殊な戦闘空間を張り巡らせる。クレイがやったように、そこにロージェを誘い込むのだ。
「これでよし、と。ドルトさん、こんなもんでいいかな?」
「ああ、理想的な迷宮だよ。ありがとう、キルト。ここでなら……俺は最大のポテンシャルを発揮出来る」
「それはなによりだが……いいのか? 我らが手助けしなくて」
「大丈夫だ。それに、あいつとは俺が決着をつけなくちゃいけない。ロージェの狙いは俺だ。それに……お前たちには、別の相手がいるんだろう?」
黒い立方体の形をした迷宮の中心にて、キルトとルビィはドルトと話をする。彼をアシストしてあげたいところだが、そうもいかない事情があった。
二日前、エヴァにコーネリアス配下の密偵から連絡があったのだ。ネクロ旅団との戦争から、サモンマスターオーヴァが離脱し帰還したと。
その理由は、まず間違いなく……キルトたちの完全なる抹殺。その可能性がゼロにならない限り、キルトたちも警戒は解けないのだ。
「ええ、そうなるわね。キルト、追加の連絡があったわ。ゾルグとかいうクソ野郎、メソ=トルキアに入り込んだって」
「分かった、じゃあこっちも動かないとね。ドルトさん、これ渡しとくね。もしピンチになったら使って」
「これは……使い捨ての転移石か。ありがとう、使わせてもらうよ」
話をしているところに、ポータルを開いたエヴァが現れる。ゾルグが再び、キルトの元に現れようとしているらしい。
万一敗北した時に備え、ドルトに転移石を渡すキルト。武運を祈った後、エヴァたちと共にポータルの中に消えた。
「……これで、一人になったな。いや、正確には一人と一体か。なあ、レールタイバー」
『カキキ、キュイ?』
「そうだな、俺たちが力を合わせれば負けることはない。今度は俺の意思で。お前の力を借りるぞ、レールタイバー!」
『カキュゥイ!』
迷宮の最奥部にて一人、己の本契約モンスターと対話するドルト。彼のサモンギアも、キルトの手でバージョンアップしている。
いざとなれば、直接レールタイバーを召喚し、共に戦ってもらうことも可能だ。腰に下げたデッキホルダーから、ドルトはカードを複数枚引き抜く。
「ここからの仕上げは俺にしか出来ない。……始めようか、深き森に住まうエルフの狩りをな」
『リレイコマンド』
『インビジブルコマンド』
二枚のサモンカードを弓に備え付けられたスロットに挿入し、ドルトは待つ。ロージェ……サモンマスタージャスティスが来るのを。
それから数十分後……ついに、ドルトの気配を追って敵が来た。巨大な箱を見上げ、ロージェは呟く。
「なんだこれは? フン、罠を張ってこの中で待ち構えているわけか? くだらん、こんなもの破壊してくれる!」
『キャノンコマンド』
サモンカードを使って大砲を召喚し、外壁をブチ抜くロージェ。そのまま中に乗り込み、意気揚々と迷宮壁を撃ち抜きながら進んでいく。
が、それをいつまでも許すドルトではない。すでに迷宮全域に、透明化した狙撃中継衛星が配備されているのだ。
「さて、奴はどこに……うおっ!? なんだこの矢は、どこから飛んできた!?」
「……外したか。だが、矢は無限にある。外付けの魔力発生装置も貰ったしな、一気呵成に……ロージェを仕留める!」
ドルトは狙撃中継衛星を介して、ロージェの居場所をバッチリ把握している。今回は、魔力消費の激しさをキルトの協力で解消しており……。
迷宮に空けられた穴を修復してしまえば、もう相手はどこにも逃げられない。『待ち』の戦法に乗ってしまった時点で、もうロージェに勝ち目はないのだ。
「クソッ、忌々しい! 一体どこから飛んでくるのだ、この大量の矢は! これでは先に進めぬではないか、あの卑怯者め!」
休むことなく飛んでくる矢の雨に、ロージェは苛立ちを募らせながら歩を進める。最初は砲撃で対処出来ていたが、やがてそれも難しくなる。
「ぐあっ! クソッ、もう悠長に撃っている余裕はないか!」
『ナックルコマンド』
「ドルトめ……実に邪悪な戦法をしおる。奴の元にたどり着いたら、百倍にしてお返ししてやるぞ!」
途中から矢の数、速度共に手が付けられない状態になりやむを得ず大砲を捨てることに。だが、拳に武器を変えても完全な防御は不可能。
腕や脚を貫かれ、苦悶の声を漏らすロージェ。だが、彼はまだ気付いていない。頭部や胴体には、全く矢が当たらないことに。
「……これだけ射っているというのに、まだ対応出来るか。もう少し奴の身体能力を測りたいが……そろそろ、決着をつけよう」
それから三十分に渡り、ドルトの攻勢は続いた。しかし、ロージェが恐ろしい粘りを見せ仕留めるには至っていなかった。
相手の能力を測るためにあえて急所を外していたとはいえ、ここまで粘るのは予想外だった。これ以上引き延ばすのも無意味と、自ら仕留めに向かう。
「はあ、はあ……矢が止まったか。おのれ……次は何をす……むっ!」
「随分疲れているようだな、ロージェ。そろそろ休ませてやろう。……永遠にな」
迷宮の通路に、ドルトが姿を現す。腕に刺さった矢を引き抜きながら、ロージェは憎悪に満ちた目で相手を睨む。
「来たか、ドルト! あのような卑劣な攻撃をしてくるとは、やはり貴様は」
『ヒールコマンド』
「……あ?」
これから罵詈雑言を叩き付けてやろうとしたロージェだが、突然ドルトが自分の傷を癒やしたことで口が止まってしまう。
水浴びをするエルフの女性が描かれたカードを使って、ドルトはロージェを回復してしまった。その意図は……。
「あのままお前を仕留めることも出来たが、そういうやり方じゃ俺の心にしこりが残る。引け、カードを。互いの奥義で決着をつけよう、ロージェ」
「貴様……」
「それとも、怖いか? 自分が真っ正面から打ち倒されるのが。独房にいた囚人たちから聞いたぞ、お前は無抵抗な奴から優先して」
「黙れ! そんなに私に討たれたいのなら、望み通りにしてくれる! そんなビッグマウスをほざいたことを、あの世で後悔しろ!」
『アルティメットコマンド』
「負けるつもりはない。お前のような危険な存在を野放しには出来ないからな! 責任を持って俺が仕留める!」
『アルティメットコマンド』
ドルトの挑発に乗り、ロージェは口を開け牙を見せているコウモリが描かれたカードを取り出しスロットインする。
それに呼応するように、ドルトもデッキホルダーからカードを引き抜く。描かれているのは、真っ直ぐ前方に爪を伸ばすレールタイバー。
「死ぬがいい、ドルト! ブラッドスティール・ファング!」
「撃ち抜くだけだ……来い、レールタイバー!」
「カキャアッ!」
相棒であるコウモリ型モンスター、ナイトヴィランテを呼び出すロージェ。相棒の背に乗り、ドルト目掛けて突進していく。
対するドルトも、レールタイバーを召喚する。長く伸びた左右の爪が合わさり、前方に向けられる。ドルトは弓型のサモンギアを貝殻に押し当て、魔力を流し込む。
「死ねぇぇぇぇ!! ナイトヴィランテ、奴の血を吸い尽くせ!」
「ギャアオオオオ!!」
「キュイ、キィッ!」
「焦るなレールタイバー、もう少し待て。奴がかわせなくなる、デッドラインを超えるまで……」
牙を剥き出しにして、迫り来るナイトヴィランテ。レールタイバーが早く撃てと急かすなか、ドルトは動じず待ち続ける。
そして……その時が訪れた。
「今だ! 受けてみろ、ロージェ! レールエンド・アロー!」
「!? ま、まずい! この距離では避けられ……ならこうだ!」
「キィィィーーー!!!」
爪の上に魔力の矢が生成され、勢いよく放たれる。もう軌道修正がきかない段階で射たれたそれは、ロージェに直撃する……と思われた。
だが、彼は驚くべき行動に出た。なんと、相棒を盾にして攻撃を防いだのだ。これには、流石のドルトも固まってしまう。
「なんだと!? 本契約モンスターを盾にするなんてお前正気か!?」
「フン、私の役に立つなら何だっていいのだ! 覚悟しろ、この手で貴様をころ、し……?」
墜落するナイトヴィランテから飛び降り、ドルトに直接攻撃しようとするロージェ。だが、彼の動きが突如止まる。
ロージェは、タナトスから聞かされていなかったのだ。サモンマスターと本契約モンスターは、命を共有していることを。
相棒を平然と生け贄にする行為がどんな結果を招くのか。彼は身をもって知ることになる。
「う、ぐ、あ……何故だ、私は傷付いていないのに……! おかしいぞ、力が、抜けて……」
「知らなかったのか? 俺たちサモンマスターは、本契約モンスターと命が繋がってる。どちらかが死ねば、もう片方も死ぬんだ」
「なん、だと? あの死神、そんなことは言って……う、がふっ! 嫌だ、死にたくない……こんな、こんなところで……た、たすけ……たすけ、て……」
ドルトにそのことを教えられ、ロージェの顔に絶望の表情が広がる。だが、今更後悔しても遅い。相棒の命が消えていくのに呼応し、ロージェも衰弱していく。
ついには、あれだけ殺す気だったドルトに助けを求める始末。だが、そんな無様を晒しても……運命は変えられない。
絶望を味わい尽くした上で、ロージェは死んだ。自身が見捨てた、相棒と共に。
「……愚かな男だ。本当に、最後まで救いようがない。俺は、こうならないようにしないとな……」
「キュウ……」
ロージェの遺体を見下ろしながら、ドルトはそう呟くのだった。




