86話─オックスの怒り
「なんと……あのダグラスがそのようなことをしているとは」
「僕たちも信じられませんが……こうして証拠の音声がある以上、信じる他ないかと思います」
ロコモートを連れ、エヴァのポータルを使ってオックスのところに向かうキルト。彼女が持っていた水晶を渡し、ダグラスの悪行を告発する。
報告を受けたオックスは、衝撃で固まってしまう。ダグラスは彼が審査と面接を行い、信任したのだ。こうなっては、彼の責任問題になる。
「……ダグラスめ。私の信頼を踏みにじり、帝国憲法で禁じられた囚人の人身売買を行うなど絶対に許せん! 私の進退を賭けてでも、奴を裁いてやるぞ!」
「多分、ダグラスはまだ気付いてないと思うよ。ボクたちに悪事がバレちゃってることは。だから、電撃作戦でとっ捕まえに行けばみんなお縄になるんじゃないかな」
オックス自身、皇帝からの信頼を得てルマリーンを含む一帯を拝領したのだ。今回の汚職は、そうした信用を損なうもの。
ゆえに、最悪自身が爵位を剥奪されることになったとしても。ダグラスの悪事を白日の下に晒し、裁きを下してやると意気込む。
「そうだな、早速捕縛のための部隊を用意する。少し待っていてくれないか、すぐに準備を済ませるから」
「分かりました、ではここで待っていてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。ゆっくりくつろいでくれ、すぐ戻る」
執務室を飛び出し、ダグラスら汚職を行っている者たちを捕まえるための部隊を揃えに行くオックス。彼の帰りをキルトたちが待っている頃……。
「これでよし。今日から一ヶ月、俺は自衛のために戦うことが出来る」
「案外早かったな、手続きを終えるのが。ま、あの惨事が起きたのだから当然か」
ドルトの方は、ルビィに付き添われ自衛許可申請を行いに監獄に行っていた。ロージェの大暴れによって看守たちが危機感を抱き、すんなり許可が下りた。
これで、彼は再びサモンマスターアーチとなって力を振るうことが出来る。すでにミーシャはアスカと一緒にアジトに行っているため、憂いることは何もない。
「……まだ尾行てきているな、お前の監視官は。監獄での騒動の時も、姿は見せなくともずっと居たようだしな」
「まあ、仕方ないさ。向こうはそれが仕事だから。まあ、これで気兼ねなく力を使えるんだ。次にロージェが来たら、俺自身の手で引導を渡すだけだ」
ドルト自身は執行猶予付きの身の上なため、アジトに避難出来ない。そこで、ルビィたちが交代で彼の護衛に付くことに。
いくらサモンマスターとはいえ、四六時中警戒していられるわけではない。寝込みや食事、入浴中等の無防備な瞬間を狙われたらひとたまりもないのだ。
「そういえば、お前のアルティメットコマンドはまだ見れていないな。クレイとの決戦の時は、アスカの妨害で不発になったからな」
「ああ、そういえばそうだったな。三枚目のカードも、まだ使えていないし。ま、それはロージェとの戦いまでのお楽しみさ。俺の得意とする迎撃戦で、奴を返り討ちにしてやる」
そんな会話をしながら、ドルトの家への道を歩いていく二人。一方、話題の人物であるロージェは何をしているのかというと……。
「はあ、ぐう……! おのれ、あの小娘め! よくもこの私を……ぐ、あいたたた……。まだ背骨が痛むぞ、クソッ」
使い捨て転移石で自宅まで逃げ帰ったものの、すっかりグロッキー状態になってしまっていた。エヴァの投げ技が、かなりのダメージになったようだ。
「サモンマスターになって力が湧いてきているとはいえ、これは三日ほど療養せねばならんな。全く、嘆かわしい。正義の執行が遠のくではないか」
パンツ一丁の状態で、力無くソファにうつ伏せになるロージェ。元々初老なのもあり、そう簡単にダメージは癒えないらしい。
憎々しげな口調で呟いた後、力尽き眠りに落ちた。そんな彼を、部屋の窓の外から一つの視線が見続けていた。
「……やはり、素体が老人では回復能力も落ちるか。また一つ、気付きを得たな。これで新たなサモンギアの開発に役立つ」
ロージェを見ていたのは、タナトスだった。理術研究院にいる彼は、特殊な水晶玉の力で観察を行っていたのだ。
他の研究員やティバたちが、ネクロ旅団との戦争の準備で駆けずり回っているのを手伝わずに。
「タナトス様、遊んでいないで手伝ってくださいよ! よりによってネクロ旅団なんですよ、相手は。相応の準備をしないと勝てないですよ!」
「準備? 必要ない、いくらサモンマスターがいるからとて、命王とその配下のノスフェラトゥス死天王には勝てぬ。この勝負、最初からこちらに勝ち目などない」
部下にそう請われるタナトスだが、けんもほろろな態度で突っぱねる。タナトスとしては、そもそもアゼルたちと事を構えるつもりは欠片もなかった。
彼らとの戦いになれば、まず間違いなく負けるのは目に見えているからだ。なにせ、相手は死を超越した不死者とアンデッドの軍団。
サモンマスターが規格外の力を持つ存在とはいえ、あまりにも分が悪すぎるのだ。
「それより、オーヴァを呼び戻せ。ボルジェイ様に命じられた手前、無理矢理帰還させたが……この戦争より、キルトと戦わせる方がよっぽどデータの収集がはかどるからな」
「しょ、正気ですか!? ただでさえ戦力が少ないのに、オーヴァを投入しないなんて……それこそ敗北必定ですよ!?」
「何度も言わせるな。この戦争、最初から勝ち目などない。私はしばらく考え事をする、誰も近付けるなよ。いいな?」
「は、はい……」
部下にそう告げ、タナトスはある場所に向かう。そこは、理術研究院の奥にある第六牢棟。まるまる一棟全て、サモンギアの研究開発のためのプラントになっているのだ。
「お帰り、タナトス。まーた面倒なことになってるみたいだね? ボルジェイもよくやるよ、こんな勝ち目のない戦なんてさ」
「あのお方も、そろそろお役御免かもしれぬな。お前もそう思うだろう? ネガ」
第六牢棟の最上階、サモンギアを組み立てる部屋を訪れたタナトス。そこでは、一人の少年がプロテクター型のサモンギアを組み立てていた。
理術研究院の象徴、砂時計のマークが描かれた黒い制服を着た──キルトと全く同じ顔と背格好をした少年が、タナトスに声をかける。
ネガと呼ばれた少年は、『生身の』左手で真っ白な髪を掻きながら、紅の瞳でタナトスを見つめる。そんな彼に、死神は答えた。
ボルジェイをそろそろ始末するべきだろう、と。
「あー、そうかもね。でも、彼を消したとして次は誰をトップに据えるのさ?」
「実行した場合は、私がトップに就くことになるだろう。その裏で、お前はこれまで通り集めたデータを使ってサモンギアを作ればいい」
「ふーん。ま、そうなるか。……ところでさ。まだ僕が戦っちゃダメなの? そろそろ、殺したいんだよね。オリジナルのキルトをさ」
功を焦り、ネクロ旅団との戦争に踏み切ったボルジェイ。彼を放置していれば、タナトスの『真の計画』に支障が出てしまう。
手遅れにならない内に、彼を切り捨てるべきか思案するタナトス。そんな彼に、ネガが不穏な言葉を投げかける。
「まあ待て。確かに、キルトのクローンであるお前がオリジナルを始末したいのは分かる。だが、物事には順序というものがあるからな。もうしばらく待て、こちらでお膳立てをしてやる」
「そう。ま、いいけどさ……一年以内にオリジナルを殺さないと、僕は寿命で死ぬってのを忘れないでよ」
「案ずるな、そこまで悠長に構えはしない。とはいえ、なかなか骨が折れるものでね。エルダードラゴンを捕獲してくるのは」
「早くしてよね? あんまり遅いと、僕が死んじゃうよ」
そんなやり取りをした後、ネガはサモンギアの制作を再開する。もう用はないとばかりに、出て行くよう背中で語る。
そっと部屋を立ち去った後、タナトスは自分の部屋に向かう。いつボルジェイを始末するか、実行するとしてどんな方法を使うか。
それらを考えながら。
(ここはやはり、因縁のあるキルトに始末させるのがベストだろう。幸い、ボルジェイ様用のサモンギアは完成している。本人をやる気にさせれば、すぐカタが着くだろう)
キルトたちも理術研究院も、今回の戦いを経て変わっていくことになる。それがいい方向に向かうか、それとも悪い方向に転がるか。
それはまだ、誰にも分からない。




