76話─激突の末に
「はあ、はあ……。やるじゃない、このアタシをダウンさせたのは……はぁ、はぁ。大地の民だと、あんたで二人目よ」
「ふぅ、ふぅ……。ハッ、そうかよ。そいつは名誉ある……ぐっ、ことだな」
「ぐおお……結局は、痛み分けで終わったか……」
三人の乙女たちの戦いは、それぞれ撃沈し引き分けで終わった。全身青アザだらけになり、ズタボロのぼろ雑巾状態だ。
仮契約モンスターの方も、相討ちによって消滅してしまった。当初思い描いていたような、完璧な勝利によるお仕置きは叶わなかったが……。
「あんた、強いじゃないの。いいわ、例の事件はこれで手打ちにしてあげる。満足いく戦いが出来てよかったわ」
「ハッ、イラつかねぇ戦いが出来たのはキルトとの試合以来だ。ここまでオレを打ちのめせる奴ァ、そうそういねえからな……ククク」
「やれやれ、落ち着くところに落ち着いたか。ま、これでも別に構わんが」
激しい殴り合いの末、なんだかんだお互いを強者と認め合ったようだ。真っ先に立ち上がったルビィが、エヴァを助け起こす。
「ほら、立て。キルトが待っている、帰るぞ」
「元気ね、あんた。どんだけタフなのよ」
「フン、エルダードラゴンのタフネスっぷりを舐めてもらっては困る。帰ったら一風呂浴びて」
「待ちな。アンタらに一つ、忠告しておくぜ。帝都を出る前、ロージェとかいう検察官がルマリーン行きの乗り合い馬車に乗るのを見た。アイツ、何かしでかすぜ。オレの勘がそう告げてる……気を付けときな」
ミューゼンに帰ろうとするルビィたちを呼び止め、寝っ転がったままヘルガがそう警告する。帝都を出る前、たまたま目撃したのだ。
意気揚々と、ロージェが監獄街ルマリーンへ向けて発ったのを。直接見てはいないが、ドルト裁判の結末はヘルガも知っていた。
「なに? まさか、自分が無様を晒したのを逆恨みしてドルトを……」
「いやいや、おかしいでしょ。それだったら狙うべきはアタシらじゃない? あいつが失神する理由作ったのこっちだし」
「理由なんぞ知らん。だが……どうにも、イライラさせられそうな事態になる予感がするぜ? 追うも追わないも、お前ら次第だがな」
そう言うと、ヘルガも立ち上がり遺跡の中へと入っていく。消費したサポートカードの補充に向かうつもりなのだ。
彼女と別れ、ポータルを使ってミューゼンへ戻るルビィたち。聞いてしまった以上、キルトに報告しないわけにはいかない。
「まあ、元からルマリーン方面には行くかもしれなかったわけだし? いいんじゃない、向こうに行く明確な理由が出来て」
「そうだな、もしあの翁がドルトやミーシャに危害を加えるつもりなら……阻止せねばならん。ガーディアンズ・オブ・サモナーズとしてな」
独りよがりな正義を振りかざすロージェが、何を企んでいるのかは分からない。もしドルトを害するのであれば、それを止めねばならないのだ。
シュルムの屋敷に戻ったルビィたちは、自室でアスカお手製のスゴロクを遊んでいたキルトたちのところに向かう。
「それっ! お、六が出た。どれどれ……げ、一回休みかぁ」
「はっはーん、残念やったなキルト! 今の内にアスカちゃんが華麗に逆転したるで!」
「戻ったわよー。……あら、四人で楽しそうなことやってんじゃない」
「あら、おかえりなさいませ……まあ、どうなされましたの? その姿」
キルト、アスカ、フィリールにメレジアを加えた四人で遊んでいたところに、ズタボロになった二人が帰ってきたのだ。
荒事と縁のないメレジアは、目をまんまるにして驚く。一方、キルトたちはだいたい何があったのか察し苦笑いする。
「お帰り、二人とも。えらい派手に暴れたみたいだね……大丈夫? 痛くない?」
「フッ、この程度かすり傷にもならん。……で、キルトよ。話は変わるが、ヘルガの奴がこんなことを言ってきてな」
エヴァはともかく、古竜の血のパワーで早くも傷が完治しつつあるルビィがキルトに先ほど聞かされた話を告げる。
ロージェのことは、キルトもよく覚えていた。好き勝手ドルトや自分たちを罵ってきた、いやーな奴として。
「なるほどね……。確かに、それは何とかしないといけないと思う。あの人の性格的に、ドルトさんに謝罪するために面会……なんてまずあり得ないだろうし」
「そやかて、勝手に行ってええんか? あと七日あるんやろ、オックスちゅうこーしゃくはんからお手紙来るまで」
「そうなんだけどね……左腕の傷痕が痛むんだよ。こういう時、いつも悪いことが起きるんだ。確実にね。だから、ドルトさんのところに行った方がいいと僕は思う」
元々サモンマスターロコモートなる人物の調査のため、ルマリーンを含むオックス領へ行く予定ではあった。しかし、肝心の返事がまだ来ていない。
その状況で勝手にルマリーンへ出向き、万が一問題でも起こしたら……シュルムとオックスの間に溝が出来てしまう可能性があった。
だが、それを理由にドルトの危機を見過ごすわけにはいかない。悩むなか、メレジアがある提案をした。
「でしたら、こうしては如何でしょう。エヴァンジェリン様は、ポータルを使えるのでしょう? なら、お父様を連れてオックス侯爵に直接事情を説明なされては?」
「ああ、そうです! それですよ姉上! それなら父上の時間がある時に、すぐ行動に移せます!」
「それが一番だな。バードメールとやらがムダ足になるが……ま、事態が事態だ。仕方あるまい」
悠長に待っていられないため、シュルムを連れて直接領内での活動許可を取りに行く方針に決まった。メレジアのアドバイス通り、早速シュルムの書斎に向かうキルト。
「父上、失礼します。今お時間ありますか?」
「おお、キルトか。ちょうど税収に関する書類に目を通し終えたところだよ。何か用かな?」
「はい、実は……」
書類仕事をしていたシュルムに、キルトは一部始終を話す。自分と一緒にオックス侯爵のところに行ってほしいという頼みを、即座に承諾した。
「いいとも、そういうことなら私が話を付けよう」
「ありがとうございます、父上! いつなら大丈夫ですか?」
「今すぐでも大丈夫だ、急ぎの仕事は全部片付けたからね。実はね……例のポータル、もう一度体験してみたいと思っていたんだ。あれは革命だよ、ポータルがあれば物流が」
「ちょちょちょ、ストップストップ! そっち方面のお話は、また今度ということで……」
「それもそうだね。すぐ支度する、待っていなさい」
為政者としての観点からポータルの有用性を語ろうとするシュルムだが、キルトに止められる。残念そうにしつつ、すぐ支度をする。
「……待っててね、ドルトさん。ロージェが何をするつもりか知らないけど、絶対に守ってみせるからね」
書斎を出て自室に戻りながら、キルトはそう呟くのだった。
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「よし、作業終わり! 休憩していいぞ、ドルト」
「はい、分かりました。では、少し休んできますね」
「おう、ゆっくり休めよ! いやー、やっぱエルフに解体を頼んで正解だった! 次は豚だ、頼んだぞ」
「ええ、任せてください。故郷にいた時から、動物の解体は慣れてますから」
その頃、ドルトは監獄街にてゆるりとした日常を過ごしていた。執行猶予付きのため、常に監視されているが……それでも、上々の暮らしをしている。
「ふう。冒険者をやっていてよかった、こういう仕事をやれると食いっぱぐれなくて済むからな」
自由の身になるまで、ドルトは冒険者としての活動を禁じられていた。仕事が出来なければ、妹共々飢えてしまう。
そこで、故郷の村にいた頃から磨いてきた動物解体の仕事に就くことを決めた。近隣の町や村から運ばれてくる牛や豚、ニワトリ等を解体して精肉店に卸すのである。
「運良く雇ってもらえてよかった。執行猶予付きなのが幸いしたか……。さて、今日は何を買って帰ろうかな? ミーシャの好きなものを食べさせてやりたいな」
模範的な生活をし、人々に貢献出来ればその分釈放までの期限も減っていく。このまま真っ当な生き方をして、ミーシャを連れて帝都に戻ろう。
そう決意し、ドルトは解体作業で疲れた身体を休める。だが、彼はまだ知らなかった。自分の元に、サモンマスターたちが集結しつつあることを。
自身を巡り、多数のサモンマスターたちによる戦いが繰り広げられることになることを知るのは、まだ先の話だ。




