74話─楽しい食事と楽しくない食事
その日の夜、特訓を終えたキルトとルビィはポータルキーを使い屋敷に戻る。エヴァとフィリールは帝都へのポータルキー設置を兼ねているためまだ戻らず、アスカも厨房に篭もりっきりだ。
「『まだ終わらへんから、先帰っててええよ』……か。アスカちゃん、楽しそうだったね」
「ああ。自分の得意分野を役立てられるとあって、張り切っているのだろう。これほど自信があるのだから、奴の料理はさぞ美味いのだろうな。今から楽しみだ」
自室に戻り、キルトとルビィは和やかなムードで会話を楽しむ。夕食まで、もう少し時間がある。メイドが呼びに来るまでの間、久しぶりに二人きりの時間を満喫する。
「そういえば、久しぶりだね。こうして二人っきりっになるのは」
「そうだな、エヴァが加わってからというもの……本当に賑やかになった。良くも悪くも、な」
「あはは……そうだね。でも、僕は好きだよ。いつもみたいにみんなでくだらないやり取りするのとかさ」
並んでベッドに腰掛け、語らう二人。しばらくして、メイドが食事の用意が出来たと呼びに来た。話を中断し、食堂に向かう。
視察や音楽鑑賞会から戻ったシュルムやメレジアの土産話を聞きながら、楽しく食事をするキルトたち。そんななか、話題が変わり……。
「ああ、そうだ。そろそろキルトとルビィくんにも話しておかないとね。私の妻について」
「ふむ、卿の奥方か。言われてみれば、これまで全く話を聞かなかったな」
「無理もありませんわ。お母様は今、北の大国……ゼギンデーザ帝国との国境にある『紺碧の長城』の警備任務についていますもの」
シュルムが切り出したのは、彼の妻……キルトにとって義理の母となる人物についての話だった。ルビィの呟きに、メレジアが答える。
「私の妻……エルミアは帝国騎士団に属する将軍の一人でね。今は北方監視の任務で、ミューゼンを離れているのさ」
「へー、将軍! じゃあ、とっても強いんだね?」
「ええ、そうなのよ。その勇猛さは右に並ぶ者無しと謳われた、私の自慢のお母様なの。キルトもきっと、すぐ打ち解けられますわ」
「息子が欲しいと言っていたからね、家内は。手紙で義理の息子が出来たと報告したら、長々と喜びの返事が返ってきたよ」
「義理のお母さん、かぁ。どんな人なのかなぁ……早く会ってみたいな。でも、その前にオックス侯爵の件を片付けないとね」
義母の帰還を祝う前に、キルトにはやらねばならないことが山積みになっている。工賃支払いのための二つのプラン、オックス侯爵からの依頼。
そして、バイオンへのリベンジに向けた特訓。中々のハードスケジュールだ。
「バードメールは片道四日ほどで届くから、まあ一週間と少しだね。返事が来るのは」
「それじゃあ、それまでにやることやっておかなくちゃ。父上、実はお話がありまして……」
自信の商売計画をシュルムに伝え、後ろ盾になってもらおうと画策するキルト。まだ見ぬ義母との邂逅の日を待ちわびつつ、やるべきことをこなすのだった。
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「……」
「……」
(き、気まずい……。ボルジェイ様の片腕として、あらゆる荒事や修羅場を経験してきたが……今回は、ある意味一番厄介だな、これは)
(あの旦那様が、ここまで露骨に不機嫌な態度を表に出されるとは。珍しいですね、普段は嫌いな相手でも顔を立てる御方なのですが)
キルトたちが和気あいあいとした食事を楽しんでいる頃。コーネリアスことコリンは、理術研究院の院長ボルジェイと会食をしていた。
お互い、同伴者を一人ずつ連れての食事会だが……煌びやかな食堂の内装に反する、重苦しい空気が立ち込めている。
あまりの居心地の悪さに、ボルジェイの付き人であるタナトスは辟易してしまっていた。コリンの付き人であるマリアベルも、顔にこそ出さないが内心冷や冷やだ。
「……いや、実に美味ですなこの食事は。特にこの魚、上質な香草をまぶしてある。腕のいい料理長を」
「前置きはいらぬ。ボルジェイよ、お主わしにもっと別の話題を振りたいのじゃろ? 遠慮せずに言え、聞くだけ聞いてやるでな」
重苦しい空気を打破しようと、何とか話題作りをしようとするボルジェイ。そんな彼の苦労など知ったことかとばかりに、コリンはそう切り出す。
「別の話題、ですか。はて、何のことやら……」
「とぼけるでないわ。七罪同盟の一角、『強欲』のマモンから聞いたぞえ。お主、そこに控えておる者を使ってサモンギアなるものをばら撒いておるそうじゃな」
いきなりそう口にするコリンを見て、ボルジェイは危うくワインを吹き出しそうになる。が、実際そんなことをすれば死罪確定。
ギリギリのところで耐え、心の中でリークした者への苛立ちをあらわにする。
(あのアマ、情報を売りやがったな! 不味いぞ、これではサモンギアのアピールどころではな)
「ま、それは別によい。理術研究院は、わしら魔戒王が表立ってやれぬ倫理に反するあれこれを代行してくれるありがたーい組織。多少のことには目を瞑ろう」
「……へ?」
てっきり、コリンに詰問される流れが来ると身構えていたボルジェイは拍子抜けしてしまう。いざという時に助け船を出すつもりだったタナトスも、唖然としている。
コリンの側に控えているマリアベルも、表情こそ変わらないが目が泳ぎまくっていた。それだけ、コリンの発言は全員の予想外だったのだ。
「不思議かえ? フン、お主らは勘違いしておるようじゃな。わしが清いだけの王だと思うたか? とんでもない、清濁併せ飲んでこその王。多少の悪事は見逃してやる。今のところはな」
「は、はあ……」
「お主、わしにサモンギアを売り込むつもりじゃったろう? わしの部下に、優秀な密偵がおってのう。お主がバイオン公にサモンギアを与えたこと、もう知っておるぞ」
「! なるほど、そこまでお調べになられていらっしゃるとは。いや、流石はコーネリアス陛下。王が優秀なら、その配下も優秀ということですな」
思いのほか敵意を出してこないコリンに、ここぞとばかりにボルジェイが媚びを売る。これが『後天的に闇の眷属になった』彼の、処世術だった。
「褒めても追加の料理は出さぬぞ。さて、ボルジェイよ。正直に言うがよい。サモンギアを制作したのは、貴様ではあるまい」
「はて、何をおっしゃいますのやら。確かに、私個人で作ったものではありません。理術研究院全体で」
「違う。わしの密偵を侮るなよ、ボルジェイ。アレを作った人物が誰なのか……もうとっくに調べてあるわ」
ナイフとフォークを置き、コリンはドスの利いた声で相手を威圧する。少年から発せられる『凄み』に、ボルジェイは小さな悲鳴を漏らす。
これまで露骨に見せてきた不機嫌な態度の真意を、彼とタナトスは知ることになる。何故コリンが不機嫌なのか、それは……。
「サモンギアを制作したのは、キルト・メルシオンという少年じゃ。貴様らはかの者が作り出したオリジナルを模倣しておるに過ぎん。違うか?」
「それ、は……」
「それだけなら別によい。じゃが……貴様、あの者の家族が住んでいた大地を滅ぼしおったな? わしはな……そのことについて苛立っておるのじゃよ」
コリンとキルト、一見繋がりの見えない二人の関係性。何故無関係なはずの事にコリンが怒っているのかを、ボルジェイは理解出来なかった。
だが、彼は知らない。コリンとキルトは、『とある人物』を介して繋がりがあるのだと。
「失礼ながら、何故陛下がそこまで怒りをあらわになされるのか……私もボルジェイ様も、今ひとつピンときません。出来れば、説明していただければ……」
「フン、なら教えてやる。キルトの先祖……フィルはわしの友じゃった。貴様らは、我が生涯の友の末裔から奪った……家族を、故郷を。それだけは、決して許されぬ」
「ひ、ひぃっ!」
コリンの怒りの理由。それを知ったボルジェイは、あまりの恐怖に椅子から転がり落ちてしまう。そんな彼を見下ろし、コリンは冷たい声で告げる。
「今はまだ、貴様が理術研究院の長の座にいるがゆえ手は出さぬ。だが、そこから退いた暁には……その行いへの報いを受けさせてやる。それを忘れるな!」
「ひぃぃぃぃ……!!!」
(ああ、なるほど。だから旦那様はずっと不機嫌だったのですね。……重ねられたのですね。四百年前の、イゼア=ネデールの悲劇と)
ボルジェイが醜態を晒すなか、マリアベルは一人納得し小さく頷く。大切な誰かの故郷を蹂躙するという行為は、コリンにとって許せるものではない。
故に、ボルジェイに死刑宣告をするため今回の会食を行ったのだ。無様に震える彼と、助け起こしに行くタナトスを残しコリンは席を立つ。
「帰るぞよ、マリアベル。今のわしからキルトにしてやれるのはここまでじゃ。これ以上は理研との協定に違反するでな」
「かしこまりました。では、アルソブラ城に戻りましょう」
やることを終えた主と従者は、会食の場を後にするのだった。




