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72話─エヴァちゃんの抱擁

 バイオンとの戦いに敗れたキルトは、シュルムの屋敷に緊急搬送される。ルビィの血を与えられ、すぐに身体の傷は癒えた。


 だが、敗北が堪えたらしくしょんぼりしてしまっている。サモンマスターになって、初めて真正面からの戦いに負けたのだから仕方ないと言える。


「キルト、元気出して。誰だって一回や二回、負けちゃうこともあるわよ」


「……うん。頭では分かってるんだけどね。気持ちの方が全然ダメだ……。負けるのって、こんなに悔しいんだね……すっかり忘れてたよ」


 ベッドの上で体育座りし、すっかり打ちのめされてしまったキルト。なお、ルビィの方もかなりダメージを受けていたため現在は別室で寝込んでいる。


 そちらの看病はフィリールとアスカが受け持ち、キルトはエヴァが担当することになっていた。


(これは重症ね……ここまでしょげること、学園時代でも滅多になかったのに。なら、ここはアタシが一肌脱ぐべきね)


 よほど今回の敗北がショックだったのか、いつもの明るさが完全に消えてしまう。そんなキルトを見て、エヴァは小さく頷く。


 ベッドの足側にあぐらを組んで座り、フットボードに身体を預ける。そして、普段とは違う柔らかで慈しみのある声でキルトを呼んだ。


「ほら、おいでキルト。久しぶりに先輩がぎゅってしてあげるから」


「うん……」


 声に従い、キルトは四つん這いでのそのそエヴァの方に近付いていく。彼女にぎゅっと抱き着き、身体を預けた。


 魔導学園時代、辛いことや悲しいことがあったり、キルトが寂しさを覚えた時にこうやってエヴァが抱き締めてあげていた。


 そうした触れ合いで、エヴァは同族に対して抱けなかった愛情や母性を学んだのだ。キルトがいなければ、今の彼女はないだろう。


「エヴァちゃん先輩の身体、相変わらずあったかいね」


「ふふん、基礎体温が高いからね。ほら、こうすればもっとあったかくなるでしょ?」


「ふあ……」


 全身でキルトを包み込み、優しく心の傷を癒やしていくエヴァ。かつて二人が学生だった頃は、こうした役目はエヴァのものだった。


 今はルビィがいるとはいえ、まだまだキルトと出会って日も浅い。長い付き合いがあるエヴァだからこそ出来るキルトへのいたわり方が、確かにあるのだ。


「……ねぇ、エヴァちゃん先輩。世界ってさ、とっても広いね。バイオンに負けて……改めて認識させられたよ。僕なんかよりもっと強い人たちが、闇の中に潜んでるんだって」


「そうね、そうした気付きを得られたなら今回の敗北は無意味なものにならないと思うわ。そう思えるんなら、次に何をすればいいかはもう分かるわね?」


「うん。僕、強くなるよ。せっかくアジトにトレーニングルームを作ってもらったんだし。特訓して、バイオンのアクセルコマンドに対応出来るようになってやる!」


「そうそう、その意気よ。ふふっ、じゃあやる気になったキルトに『ご褒美』をあげる」


 そう言ったところで、エヴァは少しだけキルトの身体を離す。相手の背中に回していた手を片方離して、キルトの顎に指先を当てる。


 クイッと斜め上を向かせ、顔を近付け……キルトに口付けを行った。たっぷり五分は唇を重ね合わせ、名残惜しそうに顔を離す。


「ぷはっ。ふふふ、これでルビィをキスの回数で追い越してやったわ。キルトが四歳の時にやってるから、本当はアタシのものなのよね、ファーストキス」


「いや、流石にその時のはノーカンだよエヴァちゃん先輩……。アレ、スキンシップみたいなもんだし」


「いいのよ、大事なのはキスした回数で勝ったってことなんだから。後で自慢してやろっと」


 ニシシと笑うエヴァに、キルトは呆れ顔でそう呟いた。だが、表情とは裏腹に心は晴れ晴れとしていた。久しぶりの先輩後輩のスキンシップで、すっかり立ち直れたようだ。


「ありがとう、エヴァちゃん先輩。おかげで心のもやもやがどっか飛んで……うわっ!?」


「ふふふ、じゃあお礼してもらわないとね。今日はこのまま、くっつき虫状態で昼寝に付き合ってもらうから!」


「むぐ、むうぅぅ~!!」


 キルトを引き寄せ、ぐるんと身体を回転させながらベッドに倒れ込むエヴァ。キルトの頭を胸の谷間に挟み込み、がっちりホールドして逃げ道を封じる。


 立ち直る手伝いをした礼として、抱き枕にしてしまおうという魂胆のようだ。こうなっては抵抗は無意味だと、長年の経験でキルトは理解していた。


 せめて窒息だけは免れようと、どうにか豊満地獄から抜け出す。目線を上げると、微笑むエヴァと目が合った。


「ありがとうね、エヴァちゃん先輩。いつも僕を元気付けてくれて」


「ふん、今更よそんなの。ルビィばっかりカッコつけさせないんだから。魂の伴侶だのなんだの言ってるけど、アタシの方が上だってことを分からせてやんないとね」


「もー、そんなこと言って。僕はルビィお姉ちゃんもエヴァちゃん先輩も……二人だけじゃなくて、フィリールさんやアスカちゃんも大好きだよ?」


「ふふ、キルトの好き(ライク)とアタシたちの言う好き(ラブ)は種類が違うのよ。でも、大切に思ってくれてるのは嬉しいわ。ありがと、キルト」


 まだまだ、キルトが二つの『好き』の違いを理解するのは無理なようだ。きょとんとしている少年の額にキスをした後、エヴァは目を閉じる。


「さ、しばらく寝て英気を養いましょ。起きたらアジトに行って、特訓に付き合ってあげるから」


「うん、約束だよ。おやすみー……」


 バイオンとの戦いで疲れたキルトも、ゆっくりとまぶたを閉じる。そのまま、二人してあっという間に眠りに落ちていった。


 お互いを抱き締め合うキルトとエヴァの顔には、幸せそうな笑みが浮かんでいた。



◇─────────────────────◇



「ここだな、ボルジェイ様の言っていた牢は。おい、いるんだろ? 出ろ、お前の上司が来てやったぞ」


「だ、誰だアンタらは? お、俺をどうするつもりなんだ!?」


 同時刻、理術研究院の奥にある牢獄棟にティバとネヴァルの姿があった。ボルジェイに教えられた牢に向かい、囚われていた人物を解放する。


 中にいるのは、かつてのキルトの仲間……ゾルグだ。白と水色の横縞模様の、テンプレートな囚人服を着て隅っこの方で震えていた。


「あら、安心なさい? 別に取って食おうってワケじゃないワ。あたしの『好み』じゃないし」


「おめぇの性癖はどうでもいいんだよ、ネヴァル。ゾルグとかいったな、来い。お前に……キルトへ復讐するチャンスを与えてやる」


「キルト……? そうだ、アイツ……アイツのせいで俺はあんな目に! 是非やらせてくれよ、俺はあいつを殺してぇんだ!」


 七罪(セブンシンズ)同盟(アライアンス)によって理術研究院に売られてから、ずっと身の毛もよだつような人体実験の『材料』にされてきたゾルグ。廃人になっていた彼が正気に戻される際、あるものを増幅された。


 それは、キルトに対する強い憎しみ。自分がこんな目に遭うのは全て、キルトが仕組んだ陰謀だ……そんなお門違いな憎しみを植え付けられたゾルグは、一も二もなくティバの話に飛び付く。


「いいぜ、ただし……これからはオレとネヴァルの部下として、警備部門の職員になってもらう。オレたちは人使いが荒いぞ、覚悟しておけ」


「なんだっていい、キルトをぶっ殺せるならどんな命令でも聞くぜ! 何をすればいい、やれって言うなら靴の裏でもなんでも舐めるぞ!」


「あ~ら、いいじゃない。じゃ、早速『新人研修』を始めるわヨ。ほら、これを持ちなさい」


 すっかり乗り気なゾルグに、ネヴァルがあるものを渡す。それは、黒地に赤のラインが走るベルト型のサモンギアと、熊の頭部を象ったエンブレムが刻まれた黒と赤の斜め縞模様のデッキホルダー。


「なんだこりゃ? 随分変わったデザインのベルトだな。それに、この平べったいのはなんだ?」


「これはサモンギア。こっちはカードを仕舞ってあるデッキホルダーだ。このデッキには熊のモンスター『ガルチュアルグリー』が封印されている。そいつと本契約すれば、お前は『サモンマスターオーヴァ』になれるってわけだ」


「よく分かんねぇが、そうすりゃキルトを殺せる力が手に入るんだな? ならやるぜ、この力でキルトをあの世に送ってやる!」


 デッキホルダーとサモンギアを受け取り、ゾルグはそう口にする。その姿を見て、ティバは獰猛な笑みを浮かべた。


「ようこそ、歓迎するぜ。オレたちサモンマスターの世界にな」


 オーヴァギアとジーヴァギア、二つの最高傑作に持ち主が現れた。戦いは、彼らの参戦により激化していく。


 もう、誰にも止めることは出来ない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何だか久しぶりに感じるハーレム物の恋愛表現だな(ʘᗩʘ’) 三部作まで付いてたハーレムタグも四部作目には無くフィルの一途な恋であったが今作は色々原点回帰が目立つな(゜o゜; 恋愛度数ならル…
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