63話─少年王からの依頼
コーネリアスの言葉を理解出来ず、キルトたちは固まってしまう。そんな彼らを見て、少年王はクスクス笑った。
「ふっふっ、混乱しておるようじゃの。詳しいことは中で聞かせよう、こんなところに突っ立っておると風邪を引くでな。さ、着いてくるがよい」
「は、はあ……お邪魔、します?」
「何故疑問形なのじゃ……まあよい。マリアベル、客を五人連れてくるでな、茶と菓子の用意を頼むぞよ!」
扉の向こうにいるのだろう従者に声をかけた後、コーネリアスはキルトたちを手招きする。夜の山はとんでもなく冷える。
いつまでもいたら、凍えてしまうだろう。大人しく従い、五人は扉を潜りその先に向かった。そこで彼らが見たものは……。
「わ、凄い! とっても広い廊下……」
「むむ……このカーペット、かなりの高級品だな。足が沈み込むような心地よさ……」
「なんや、凄いな。むかーし遊びに行った、同級生の金持ちの子の家思い出すわぁ」
豪華な調度品で彩られた、豪華絢爛な廊下だった。足下には黒と紫の刺繍が施されたカーペットが敷かれ、壁には一定の間隔で燭台が設置されている。
「さ、着いてくるがよい。……そういえば、エヴァンジェリンをアルソブラ城に招くのは初めてじゃな」
「は、はい! お招きいただいて光栄です!」
普段のラフな態度が嘘のように、ガッチガチに固まりながら敬語で接するエヴァ。それだけで、キルトはコーネリアスがただ者ではないと実感させられる。
「奥に応接室があるでな。そこで話をしよう。この城は部屋や廊下がたくさんある故、はぐれぬように気を付けるのじゃぞ」
「は、はい。気を付けます」
「ほっほっ、そうかしこまることはないぞよ。なに、迷ったらマリアベルを呼ぶがよい。わしのところに案内してくれるでな」
そう話しながら、一行を先導するコーネリアス。彼を追い、キルトたちはどこまでも続く廊下を歩いて行く。
しばらくして、壁に掛けられた大きな絵が見えてきた。盾を構える猫獣人の少年が、一人の闇の眷属と対峙している場面が描かれている。
絵の下部には『魔神と魔戒王』というタイトルが記された金属製のプレートが取り付けられている。
「この絵は……」
「これか? ここから先は、わしの友人たちの功績を讃えるための絵を飾ってある画廊になっておるのじゃよ」
「描かれているのは、ヴェルド神族の頭領リオと魔戒王グランザーム様ですよね。コーネリアス様」
「左様。リオの記憶を元に、わしの知り合いに描いてもらったのじゃ。他にも絵があるぞよ、ほら」
少し先に進むと、別の絵が現れた。骸骨を模した灰色の装束を身に着け、両刃の斧を携えた少年が単眼の大蛇と戦う姿を描いた絵だ。
タイトルを示すプレートには『死を超越せし者、蛇竜を討つ』と記されている。迫力のある絵に、キルトたちは見入ってしまう。
「この絵に描かれておるのは、死者蘇生の力を持つ生命の王アゼル。彼は宿敵である単眼の蛇竜、ラ・グーを長い長い旅の末に打ち破ったのじゃよ」
「ふむ……先ほどの絵といい、別の大地にも英雄がいるのだな」
「もちろん。次の絵はわしに関するものじゃ。存分に見ていくがよいぞ。わあっはっはっはっ!」
ルビィが感心していると、コーネリアスが得意気に大笑いする。少し先へ進むと、また別の絵が姿を見せる。
描かれているのは、禍々しいオーラを纏う女神。そして、女神と戦うコーネリアスだ。杖を掲げ、闇の槍を打ち出す姿が描かれている。
「なになに、タイトルは……『堕ちた女神と星を束ねる者』か」
「懐かしいものよ。わしはかつて、邪に堕ちた女神ヴァスラサックと戦った。いろいろな悲劇を味わったが……今ではみな、懐かしい思い出よ」
プレートに刻まれたタイトルをフィリールが読み上げるなか、コーネリアスはそう呟く。そんな彼を、エヴァが複雑な表情で見つめていた。
「次の絵は……あれ? なんだろう、これ」
「これは……何をあらわしているのだ?」
次に現れたのは、ドーム状の空間にて円筒状のキカイと対峙している女性の絵だ。純白の翼を持つ戦乙女は、中に胎児が浮かぶ筒状のナニカと戦っているようだ。
「おっと、これを見るのはまだ早い。うっかりしておったわ、片付け忘れるとはのう」
「あっ、せっかく見てたんに隠すなんて酷いわぁ」
何か不都合があるのか、コーネリアスは四枚目の絵を魔法で片付けてしまう。その刹那、キルトは辛うじてプレートに書かれた文字を読めた。
絵のタイトルは、『アンネローゼとフィル』……キルトの先祖たちの名前だ。謎が尽きぬなか、さらに二枚の絵が現れる……が。
「? なんだこれは、真っ白ではないか。何も描かれていないぞ」
「当然じゃよ、五枚目の絵に描かれるのは……そう遠くない未来に、偉業を成したそなたらなのじゃから。今は白紙じゃが、いずれは立派な絵が完成するから楽しみにしておれ。ほっほっほっ」
五枚目と六枚目の絵は、何も描かれていなかった。プレートにも、『タイトル未定』としか書かれていない。
不思議そうにしているルビィに、コーネリアスはそう語りかける。どうやら、五枚目の絵にはキルトたちが描かれる予定のようだ。
「ほーん。じゃあ、六枚目の方は誰が描かれる予定なんや?」
「それはのちのお楽しみじゃよ。いずれそなたらも出会うことになる。この画廊に加わるべき者と、な」
アスカの問いに、意味深な言葉を返すコーネリアス。画廊を抜け、一行は応接室にたどり着いた。部屋の中には、メイド服を着た闇の眷属の女性がいた。
客人をもてなす準備をしていたようで、机の上にクッキーやキャンディ、チョコレート等の菓子が乗った皿が置かれている。
「お待ちしておりました、お客様方。わたくしはマリアベル、当アルソブラ城の主コーネリアス様にお仕えするメイドでございます」
「あ、ご丁寧にどうも……。僕はキルト・メルシオンといいます。こちらは僕の」
「我はキルトの魂の伴侶、エルダードラゴンのルビィだ。よろしく頼むぞ」
自分の望む紹介の仕方がされないだろうことを察知し、ルビィはキルトの言葉を遮り自己紹介を行う。続けてフィリールとアスカも自己紹介をし、ソファに座る。
「ほう……地球からの転移者とな。なるほど、あやつと同じ、か。いや、向こうは転移ではなく転生じゃったかな」
アスカの自己紹介を聞いたコーネリアスは、ソファにふんぞり返ったま小さな声でそう呟く。あまりにも小さな声だったため、側にいるマリアベル以外には届かなかった。
「さて! そろそろ本題に入ろうかの。マリアベルよ、みなに紅茶を淹れてあげてくれ」
「はい、かしこまりました」
マリアベルは恭しくお辞儀した後、魔法を使いティーポットとカップを呼び寄せる。温かい紅茶を注ぎ、キルトたちの前に置く。
机にミルクの入ったカップと、輪切りにしたレモンを入れたボウルも出現させて気遣いを忘れない。一礼した後、主の後ろに戻る。
「つい先日、三百年前のわしから連絡があってのう。ま、『同魂相殺の法』に引っかかるから音声だけじゃがの」
「はあ……それで、過去のコーネリアスさんはなんて言ってきたんですか?」
「うむ、そなたの祖先……フィル・アルバラーズが危機に陥っている。ゆえに、彼を救うための戦力が欲しいと言ってきた。ある事情ゆえ、未来の者でなければダメとのことじゃった」
「その理由、私たちに聞かせてもらえないだろうか。納得出来るものなら、快く協力するが」
「よかろう。フィルの命を狙う魔戒王が、当時おってのう。その者の配下が、厄介な能力を持っておるのじゃよ。あらゆる戦闘データを記憶し、それらを無効化してしまうという厄介なものじゃ」
フィリールの問いに、コーネリアスはそう答える。敵が持つ能力を無効化するには、記録されていない戦闘データを用いなければならない。
だが、敵は遠い神世から現在に至るまで全ての戦闘データを記録しているらしく、対抗策がないとのことだった。……未来の存在である、キルトたちを除けば。
「なるほど、確かに未来の情報なんて知りようがありませんもんね。僕たちに白羽の矢が立つのは自然だと思います」
「うむ。そなたとて、自分の先祖を見捨てるわけにはいくまい? もしフィルが死ねば、そなたが生まれるという歴史そのものが存在しなくなるのじゃから」
「それは困る。キルトと出会えたからこそ、今の我があるのだ。キルトよ、そなたの先祖を助けに行こうではないか!」
隣に座るルビィにそう言われ、キルトは頷く。彼としても、歴史が変わって自分が生まれなくなるのはご免なのだ。
「そうだね、お姉ちゃん。分かりました、僕たちがその話お受けしますよ、コーネリアスさん」
「うむ! そう言ってくれると思うておったぞよ。では、早速そなたらを過去に送る準備をする。しばし待っておれ」
キルトの答えを聞き、コーネリアスは嬉しそうに笑う。彼らを残し、マリアベルと共に部屋を去る。
今、先祖を救うため過去世界での戦いが始まろうとしていた。




