58話─下水道の決戦
「近いね、クレイの魔力が濃くなってきた。この辺のどこかに、あいつの隠れ家があるんだと思う」
「ふむ、こんな不潔な場所によく潜むものだ。いや、キルトに仇為す害虫の住み処には相応しいか」
トラア湖防衛戦が繰り広げられているなか、キルトとルビィ、アスカの三人はクレイの隠れ家に近付きつつあった。
「にしても、こない複雑なトコ来るんは初めてやわぁ~。ミナミの繁華街でも、もうちっとマシやで」
「南……? 南に街があるの?」
「ん? ああ、キルトたちに言うても分からへんか。やること終わったら、ウチが住んどった大阪のことをいろいろ教えたるわ」
複雑に張り巡らされた下水道の全容を完全に把握している者は、帝都にはほぼいない。いるとすれば、フィリールを始めとする各騎士団やギルドのトップくらいだ。
だからこそ、クレイにとって隠れ家を作る格好の場所だった。普段は隠れ家に潜み、必要に応じて地上のスラムで用事を済ます。
そうして地上と地下を行き来することで、クレイは誰にも見つからず息を潜めることが出来たのだ。
「クレイのことだから、もうドルトさんの洗脳を終えて戻ってきてるだろうね。多分、僕たちを罠に嵌めようと待ち構えてるはずだよ」
「だろうな。で、何か作戦はあるのか?」
「ほんなら、ウチ一つ思い付いたことがあってん。二人とも、ちっと耳貸してくれるか?」
先に進むなか、アスカがキルトたちを手招きする。彼女のアイデアを聞き、キルトとルビィは顔を見合わせてニヤリと笑う。
「いいアイデアだと思わないか? キルト。アスカの案なら、敵の手の内を暴けるぞ」
「うん、僕も異存はないよ。これで行こう、後はドルトさんをサモンマスターの宿命から解放する方法も用意しとかないとね」
「なんや、そんなこと出来るんか?」
「うん。ちょっと卑劣な手にはなるけど……ま、こっちに関しては僕に考えがあるから大丈夫だよ」
そう口にした後、キルトは歩みを再開する。しばらくして、とある壁の前で立ち止まった。壁の向こうから漏れてくる、クレイの魔力に気付いたのだ。
壁に右手で触れ、魔力を流し込む。すると、隠されていた赤い魔法陣が姿を現す。円の中に砂時計のマークが収められた、理術研究院のシンボル。
間違いなく、この先にクレイ……そしてドルトかいるのだ。キルトはルビィ、アスカを順番に見てから契約のカードを取り出す。
「じゃ、手筈通りにやるよ。二人とも」
「ああ。今日であの女の命は終わりだ。我らの手で、引導を渡してやろう」
「せや! ウチやキルトを酷い目に遭わせた奴らの仲間なんて、ギッタンギッタンのメッタメタにしたるわい!」
今、クレイとの戦いが始まる。
◇─────────────────────◇
「うふふふ。感じるわぁ、魔法陣の向こうにキルトたちがいるわねぇ。楽しみだわぁ。あなたもそうでしょう、ドルト」
「ぐ、うあ……」
魔法陣の向こうにある、異空間。魔法によって作られた広大な部屋の中に、クレイとドルトがいた。理術研究院で洗脳措置を受けたクレイは、かつてのアスカのような状態にされていた。
「うふふふ、すでに『リレイコマンド』と『インビジブルコマンド』で迎撃準備は万全……。さ、いつでも来なさぁい?」
「ク、ル……!」
魔法陣の向こうにある気配が動いたのを悟り、ドルトは弓型のサモンギアを構え矢をつがえる。直後、変身したサモンマスタードラクルとミスティが飛び込んできた。
キルトの方はすでにドラグネイルソードを召喚し、構えている。クレイを睨みながら、キルトは威圧感たっぷりな声を出す。
「クレイ、もう逃げられないぞ! 今すぐドルトさんを解放しろ!」
「うふふ、嫌ぁよ。やりたいんなら、力尽くで言うことを聞かせてみせなさぁい? やれるものならね! やりなさい、サモンマスターアーチ!」
「リョウ……カイ!」
凄むキルトにそう返し、クレイは攻撃命令を下す。直後、すかさずドルトが矢を連射する。すでに部屋全域に透明化したバイナリースターが配備されており、死角はない。
『キルト、まただ! 以前のように変幻自在な軌道の矢が来るぞ!』
「うん、分かった! アスカちゃんも気を付けて!」
「問題あらへん。ウチ、視力はいいんや。この前の身体検査でも、堂々の視力2.0を記録したんやで!」
「ゴチャゴチャ……ウルサイ!」
次々と飛んでくる矢を弾き落としつつ、二人はクレイたちの方へ向かう。以前の戦いでは夜だったのと、ドルトを目視出来なかったのが合わさり攻撃の正体を掴めなかった。
だが、ほんの十数メートル先にドルトがいる今回は違う。キルトは相手の攻撃の正体を、早い段階で見極めることが出来た。
(この攻撃……間違いない、見えない何かに矢を当てて攻撃の軌道を変えてるんだ! なら……)
『サポートコマンド』
己の仮説が正しいかを証明するため、キルトは矢を剣で叩き落としながらサポートカードをスロットインする。
発動させたのは、喉に大きな袋を備えるカメレオンのモンスター……『ペインティレオン』の絵が描かれたカードだ。
「クコココ……」
「アスカちゃん、下がって! ペインティレオン、前方に向かってペイントボムを乱射して!」
「クコココー!」
「! マズイ……バイナリースター、バレ、ウグ……」
キルトの頭の上に小さなカメレオンが出現し、前方のあらゆる場所に向かってカラフルなボールのようなものを吐き散らかす。
それらがバイナリースターに当たると、勢いよく弾けて中の液体がほとばしる。結果、着色された狙撃中継衛星がその姿を現すことに。
『ほう、見えたぞ。あれを使って矢をいろんな方向に飛ばしていたんだな』
「ほえー、すんごいもんやな。そんなけったいなサモンカードもあるんやね」
「うふふ、よく暴いたわねぇ。でも、これ以上はやらせないの。バイバイ、キルト」
『サモン・エンゲージ』
『ポイズンコマンド』
攻撃のカラクリを暴き、いざ反撃……というところで、ついにクレイが動く。頭部に冠のような部位を持つハチが描かれたカードを、プロテクター型のサモンギアに挿入する。
黒と黄色の縞模様をした、ふんわりと広がるスカート状の腰垂れを持つ鎧に身を包み『サモンマスタークインビー』となったクレイ。
すかさず紫色の髑髏が描かれたカードを腰に下げたデッキから取り出し、サモンギアに読み込ませる。すると、彼女のスカートの模様が無数の六角形を組み合わせたハチの巣模様に変わる。
『まずいぞキルト、あやつ毒ガスか何かを放出するつもりだ!』
「ぴんぽーん、正解よぉ。じゃ、みんな仲良くあの世にいってらっしゃーい」
「うぐっ! く、くるし……」
クレイのスカートから、毒々しい紫色の煙が吹き出し部屋の中を満たす。彼女とドルトには効果を発揮しないが、キルトたちには効果てきめん。
何の抵抗も出来ず、喉を掻きむしりながら倒れ込み動かなくなった。三分ほど毒ガスの放出を続け、完全に死んだと確信してからガスを消す。
「うふふふふ! やってやったわぁ、ワタシがキルトを殺し」
「ふっふっふっ、残念でしたー。僕たちは死んでないんだなー、これが」
「どや、キルト。ウチの作戦に乗っかっといて正解やったやろ?」
「!? う、嘘!? どうしてお前たちが魔法陣から出てくるの!?」
が、そこで予想外の事態が起こる。毒殺したはずのキルトたちが、魔法陣の向こうから現れたのだ。
驚愕するクレイに、アスカは嬉々としてネタばらしを始める。作戦が成功し、上手く嵌めてやったのが楽しくてたまらないようだ。
「ハッ、教えたるわ。あんたが今倒したんは、ウチのミラージュコマンドで作り出した分身や。モノホンはずーっと、外で様子を見てたんやで」
「おかげで、安全に攻撃のカラクリを見破れたよ。お前が毒ガスを使えるってことも分かったしね」
「ぐ、ぐぅぅぅぅ!! こんな、こんな小娘に……主席研究員のワタシがしてやられるなんてぇぇぇぇ!!」
まんまと一杯食わされたことを知り、クレイは顔を真っ赤にして怒り狂う。洗脳されたドルトはどうしていいか分からず、オロオロしていた。
「さあ、ここからが本番だよ。言っとくけど、毒ガスなんて効かないよ? 下水道探索のために防護魔法かけてるからね、僕ら」
『せっかくの切り札がまるで役に立たないのはどんな気分だ? え? キルトに仇為す害虫よ』
「が、害虫!? よりにもよってこのワタシを……虫扱いですってぇぇぇ!! 殺す! お前たちだけはこので殺してやるぅぅぅ!!」
怒りと悔しさのあまり、みっともなく地団駄を踏むクレイ。キルトが一歩前に進み出た、その時。クレイの両隣に、ポータルが現れる。
「おーおー、荒れてんなぁクレイ主席研究員さんよ」
「その様子だと、相手を侮ってやり込められたってトコかしらァ? うふふ」
「!! ティバにネヴァル……なるほど、傷が癒えて加勢しに来たってわけだね」
「ああ。ゾーリン隊長の仇を討ちに来た。覚悟しやがれ、キルト。今度こそお前を殺してやるよ」
そこから出現したのは、サモンマスターバイフーことティバ。そして、その相棒サモンマスタールージュことネヴァル。
因縁の宿敵たちの登場に、キルトは険しい表情を浮かべる。これで、数は相手がこちらの二倍。少々厳しい状況だ。
「キルト、ウチらも援軍が来てくれへんとアカンのとちゃうん?」
「大丈夫だよ、アスカちゃん。逆境に晒されるのは慣れっこだからね、こんな数の差くらい平気だよ」
『ああ、よく見ておくといい。キルトは決して諦めず、挫けることはないのだ』
女王バチ率いる軍勢との、決戦が始まる。




