56話─狂虎復活
ところ変わって、暗域……理術研究院の一角にある、医療棟。とある病室にあるベッドで、ティバが眠っていた。
キルトとの戦いで大火傷を負ってから、十日以上彼は眠り続けている。そんな彼は今、夢を見ていた。遠い昔の夢を。
『ひっぐ、ぐすっ。みんな、みんな燃えちゃった……先生も、シスターも、ともだちも……』
『泣いてる場合じゃねえぞ、ネヴァル! 今はここから逃げるんだ、早くしないとオレたちまで戦火に巻き込まれるぞ!』
『う、うん。分かったよ……ぐすっ』
ティバとネヴァルは、とある孤児院で生まれ育った親友同士だった。親はいなくとも、同じ境遇の仲間や優しい職員たちに囲まれ、慎ましくも幸せに生きていた。
彼らの住む町が、闇の眷属同士の戦争の舞台となるまでは。戦火の広がりは留まるところを知らず、善人も悪人も、えり好みすることなく焼き尽くした。
『はあ、はあ……クソッ、町の出口はどっちだ? 火のせいで全然方角が分かんねえ……』
『待て、そこのガキども止まれ! 貴様ら何者だ? ルジャノーイ軍の手の者か?』
『ヒッ! ち、違います! ボクたちはこの町の住民です! ルジャノーイなんて人のこと知りません!』
崩壊した町から逃げようとするも、運悪く戦争を起こした軍勢の片割れに属する兵士に見つかってしまった。怯えながら説明するネヴァルだが、相手は聞く耳を持たない。
『フン、お前たちがどこの誰かなんてどうでもいい。殺して首を持ち帰れば、それだけ俺の報酬が増えるんだ。大人しく殺されな、ガキども』
『ふざけるんじゃねえ! オレたちから何もかも奪っておいて、最後には命まで持ってこうってのか!』
『ああ、そうだ。これが俺たち闇の眷属のやり方だ、お前だって本能で悟ってるはずだろう? 弱い奴は強者の食い物になるってな!』
腰から下げた鞘から剣を抜き、兵士はジリジリと近寄ってくる。こちらに武器になるものはなく、戦っても勝ちの目はない。
『……聞け、ネヴァル。オレがあいつを食い止める、その間にお前は逃げろ』
『に、逃げろって……そしたらティバが死んじゃうじゃないか! 嫌だよ、こんなところでたった一人残った友達を失いたくない!』
『いいから言うこと聞け! オレはお前だけでも生き延びさせたいんだよ! 分かってくれよネヴァル!』
『やだ! 二人で生き延びるんだよ、ティバ! 一人じゃ無理でも、二人ならきっと』
『へえ、お涙頂戴な美しい友情ってわけだ。じゃ、その絆に敬意を表して……二人纏めてたたっ斬ってやるよ!』
ティバたちに向かって、勢いよく走り出す兵士。怯えるネヴァルを守るように立ち、ティバは相手を睨み付ける。直後、兵士の首が宙を舞った。
かつて家屋だった瓦礫の間から伸びた死神の大鎌が振るわれ、一人の命を奪ったのだ。唖然としているティバたちの前に、鎌の持ち主が姿を現す。
『おや、子どもがいるとは。とっくに町の住民は全滅したと思っていたが、運のいい者はいるものだ』
『な、なんだよ……あんた、誰だ?』
『私はタナトス。理術研究院の長、ボルジェイ様にお仕えする者だ』
ティバが恐る恐る尋ねると、死神……タナトスはフードを持ち上げ、髑髏の仮面を見せながら答える。滅びた町に相応しい姿の人物を見て、ネヴァルが小さく悲鳴をあげた。
『タナトス、何をやっている? 実験に使う死体の回収は……ん? その子どもらはなんだ?』
『ああ、ボルジェイ様。どうやら、この戦乱を生き延びた者がいたようです。実に幸運な子らです、きっと闇の眷属の祖たる混沌たる闇の意思に愛されているのでしょう』
そんな状況のなか、ポータルが現れその中からタナトスの主、ボルジェイが顔を覗かせる。ティバたちについての説明を受け、考え込む。
二人の子どもがオロオロしているなか、五分ほどの時が経つ。思考を纏め上げたボルジェイは、ティバたちに声をかける。
『お前たち、俺のところに来るといい。理術研究院はいつも人手不足でね、特に警備部門の人材が足りないんだ。お前たちを雇ってやろう、ありがたく思え』
『い、いいのかよ? オレたち、こんなちびっこいガキなのに』
『青田買いというやつだ。もし役に立たなくても、実験の材料に回せばいいのだから資源のムダにはならんよ。行くアテもないだろう? 野垂れ死ぬよりはマシだと思うが。ん?』
『ティバ……どうするの?』
ボルジェイの言葉に、ティバは悩む。彼の言う通り、行くところなどない。野垂れ死ぬくらいなら、目の前にある希望を掴みたい、そう考えた。
例えそれが、いつ切れるかも分からない奈落に垂れ下がる細い糸のような希望だとしても。生き延びるにはそれしかないのだ。
『オレ、行くよ。ここに残っても、他の兵士に見つかって殺されるだけだ。そんなの、オレはごめんだ』
『そっか……なら、ボクも行く。二人でなら、どんな辛いことも乗り越えられるから』
『話は纏まったな? ではさっさと来い、ポータルを長時間開くのは疲れるんだ』
『はい! よろしくお願いします!』
『ありがとう……ございます、ボルジェイ様。オレたちは、あなたに永遠の忠誠を誓います。いつか必ず、この恩を返します!』
ボルジェイに着いていくことを選び、二人の新たな人生が始まった。理術研究院の警備部門に配属され、ゾーリンの部下として下積みを続け……。
「う、ここは……」
懐かしい夢を見ていたティバは、ゆっくりと目を覚ます。顔をあげると、全身に包帯を巻かれ、腕に点滴の管が刺さっているのが見えた。
足下の方では、ネヴァルが突っ伏して眠っている。ずっと自分の看病をしてくれていたのだろうと、ティバは感謝の念を抱く。
「ん~、むにゃむにゃ……」
「ネヴァル、おいネヴァル。起きろ、喉が渇いた……水を持ってきてくれ」
「ハッ! ティバ、目覚めたのね! いや~、よかったよかった! ずっと心配してたのヨ、全くもう」
声をかけられ、ネヴァルは飛び起きる。軽口を叩きながらも、目尻にはうっすらと安堵の涙が浮かんでいた。
そんな相棒に申し訳なさを覚えつつ、水が入ったコップを持ってきてもらうティバ。身体を起こしてコップを受け取り、水を飲み干す。
「ふう……美味いな。さて、早速だが聞かせてくれ。オレが寝込んでる間、何があった?」
「ええ、そうネ……まず、ゾーリン隊長が死んだワ。キルトにやられたのよ。今は、後任としてクレイ主席研究員が動いてる」
「! そうか、隊長まで……クソッ、オレがあんな無様に敗北しなかったら……!」
ネヴァルからこれまでの状況を聞かされ、ティバは拳を握り悔しそうに顔を歪める。恩師の死を悼み、宿敵への憎悪を募らせていると……。
「ほう、ようやく目覚めたか。快癒おめでとう、ティバ。見舞いの品を持ってきたぞ」
「タナトス! 悪いな、今までグースカ寝ちまって」
「気にするな、大火傷に加えて全身打撲にあばらの骨折等々大怪我のオンパレードだったからな。むしろ、完治までのスピードが速い方だ、お前は」
病室の扉が開き、果物が山盛りになったバスケットを持ったタナトスが現れた。格好と持ち物のギャップに、ついティバたちは笑いそうになる。
笑いをこらえて謝罪するティバに、タナトスはそう答えバスケットをあさる。その中から取り出したのは栄養満点のバナナ……ではなく、デッキホルダーだ。
「お前のために、デッキホルダーとサモンギアをバージョンアップしておいた。現在主流の第二世代機にな。もちろん、ネヴァルの分もある」
「そいつはありがてぇ! コレがあれは、すぐにでもキルトをぶっ殺して」
「ダメだ。病み上がりの身体で挑んだところで勝ち目はない。……と言っても、お前は聞かないだろう。だから行くといい、ネヴァルと共に」
久方ぶりに手にしたデッキホルダーを見つめ、ティバはやる気をたぎらせる。点滴の管を針ごと引き抜いて、ベッドから降りる。
タナトスは止めるどころか後押しし、ポータルを開く。そこからティバの服を取り出し、投げ渡した。
「ありがとうございますわぁ、タナトス。ティバが無茶しないよう、あたしがよーく見ておくワ」
「ガキじゃねえんだ、無茶なんかするかよ。ま、いいや。ネヴァルと一緒なら問題はねぇ」
「行くといい、すでにクレイの駒は一つだけになってしまっている。つい先ほど、サモンマスターの反応が二つ消えたからな」
ポータルを指し示しながら、タナトスはそう口にする。サモンマスターアノード&カソードが敗れた今、クレイのしもべはドルト……サモンマスターアーチのみ。
彼もクレイに服従しているわけではないため、素直に信用出来たものではない。早急な戦力増強が必要だと言える。
「なんだ、だらしねぇ奴らもいたもんだ。……待ってやがれ、キルト。今度はお前を殺してやる」
「この前は分断されちゃったから、次はそうされないように工夫しないとネ。じゃ、行ってくるわタナトス」
「ああ。存分に戦い、データを提供してくれ」
そう言葉をかわした後、ティバとネヴァルはポータルの中に飛び込んだ。決戦に向けて、役者が揃いつつあった。




