46話─フィリールとドルト
キルトたちが朝食を食べている頃。帝都シェンメックの外、西に数キロほど離れた森の中。生い茂る植物で巧妙にカモフラージュされた、ログハウスが一軒あった。
「う……ここは、一体……?」
「お目覚めか、フィリール皇女。まずは、手荒な真似をしてしまったことへの謝罪を。不可抗力とはいえ、とんでもないことを」
「む、私を縛ったのは君か?」
「へ? そうですが」
「なんだこの縛り方は! こんなオーソドックスな縛り方では興奮出来ないだろう! 私がやり方を教えてやる、もう一度縛り直せ!」
「え、ええ……?」
起きて早々、フィリールによる縛り指導が幕を開けた。何故こんなことをさせられているのか解せぬままに、ドルトはフィリールを亀甲縛りにする。
なお、ログハウスは寝室二部屋とキッチン付きのリビングという構成になっているため、隣の部屋で寝ているドルトの妹はこの光景を見ずに済んでいた。
「うむ、いい具合だな。ふふ、この食い込み……たまらん❤」
「……俺は一体、何をやらされているんだ……?」
フィリールが満足したところで、閑話休題。ドルトはまず、彼女に頭を下げて謝罪する。
「皇女殿下、この度はこのような真似をしてしまい申し訳ありません」
「謝るくらいならやるな! ……と言いたいが、何か事情がありそうだ。君、帝都のギルドに所属する冒険者だろう? ギルドに出入りしているのを、何回か見たぞ」
「……俺を知っているんですね。では、洗いざらい全てお話します」
亀甲縛りされたまま、フィリールはドルトの話を聞く。妹の病を治すために、大金が必要なこと。金を用意出来ず悩んでいた時にタナトスに出会い、サモンマスターになったこと。
タナトスの仲間、クレイに金と引き換えにキルトの始末を命令されたこと。それを実行している最中にたまたまフィリールと鉢合わせに、口封じのために攫ってしまったこと……全てを。
「なるほどな。事情は分かった。君も……苦悩しているんだな」
「ああ。本音を言えば……俺は、キルトって子を殺したくない。でも、彼の助けを借りることは出来ないんだ。クレイに呪いをかけられて、妹のことを話せないようにされているから」
「卑劣な奴だ、実に許し難い! 人の命を何だと思っているんだ、そのクレイという女は!」
「だが……一つ、希望が見えた。皇女殿下には、妹のことを話せた。つまり、殿下になら……妹の治療を託せるということだ」
そこまで言うと、ドルトは平服し土下座する。五体投地せんばかりの勢いで床に頭を擦り付け、フィリールに嘆願する。
妹を助けてほしい、と。皇女の権力と財力があれば、腕のいい医者の治療が受けられるからだ。とはいえ、そんな都合のいい話をフィリールが飲むかと言われれば……。
「ふむ。私としても、人道に則り君の妹……ミーシャといったかな。彼女の命を助けたいと思う。だが……父上や兄上が、それを許すかどうか……」
「確かに、な。皇族を誘拐した極悪犯の身内なんて、普通は助けちゃもらえないだろう。何もタダでとは言わない。俺の命と引き換えでいい、だから」
「バカを言うな! ミーシャにとって、お前が唯一の肉親なんだろう? そのお前が死んだら、妹は天涯孤独の身になるんだぞ! 病が治っても、一生悲しみに暮れて生きることになる。お前は愛する妹をそんな目に合わせたいのか? 違うだろう!」
犯した罪を償うため、そして妹を救ってもらう対価として……両方の意味を込めて、命を差し出そうとするドルト。
そんな彼を、フィリールが叱責する。その言葉は真剣そのもので、彼を想っての立派な行いだったが……いかんせん、格好のせいで台無しだ。
それでもドルトの心には響いたようで、彼はハッとした表情を浮かべ涙を流していた。ミーシャを助けたいあまり、思い詰めていたことにようやく気付いたらしい。
「……申し訳ない。俺が間違っていた。そうだよな……俺が死ねば、ミーシャは悲しむ。頼れる人もいなくなれば、今より生きにくくなる……」
「分かってくれればいい。こうして説得したんだ、私が責任を持って君の妹を救うと約束する。このことをキルトにも伝えておこう、彼の……むっ!」
「あらあらぁ、ドルトったらいけない子ねぇ。釘を刺しておいたのに、皇女様を誘拐しちゃうなんて大胆なことするのねぇ。ふふふふ」
「クレイ! 違うんだ、これは不可抗力で仕方なかったんだ! まさか、キルトを攻撃している時に出会すなんて思っていなかったんだよ!」
話が纏まりかけた、その時。ドルトの背後、部屋のドアの前にポータルが開きクレイが現れる。亀甲縛りされているフィリールを見て、クスクス笑う。
幸いにも、先ほどの会話は聞かれていなかったようだ。もし聞かれていたら、二人とも粛清されてしまっていただろう。
「ふぅん、まあいいわ。ちゃんとキルトを殺しに動いてたのに免じて許してあげる。ただ、次はないわよぉ?」
「なんだ、その嫌な笑みは……」
「うふふ、次にしくじったら妹ちゃん殺しちゃうから。それくらい簡単に出来るのよぉ? ワタシにはねぇ」
「待て、ミーシャには手を出さないでくれ! 俺にならいくらでも罰を与えてくれていい、だから……ぐあっ!」
「ドルト! 大丈夫か!?」
「うるさいわねぇ、全く。これから、新しい『戦力』を迎えに理術研究院に戻るわぁ。今日じゅうにキルトの首を用意出来なかったら……妹ちゃん、殺しちゃうから。じゃあねぇ」
クレイの方に向き直り、土下座するドルト。そんな彼の顔面をおもいっきり蹴り飛ばした後、クレイはポータルの中に入り姿を消した。
悔しさと情けなさでむせび泣くドルトを見ながら、フィリールは怒りを燃やす。あんな外道を生かしておけば、これからも多くの人々が苦しむことになる。
帝国の平和を守る騎士として、見過ごすことは出来ない。自分も戦わねばならないと、彼女は決意を固めた。
「……ドルト。私は決めたぞ。キルトと合流して、デッキを受け取る。私もサモンマスターとなり、あの女と戦うぞ」
「え……?」
「あんな奴を生かしておけば、お前以外にも人生を狂わされ、苦しむ者が大勢生まれるだろう。皇女として、騎士として。そんなのは断じて許せん!」
フィリールの言葉に、ドルトも覚悟を決める。クレイに反逆し、キルトに着く決心をした。
「……そうだな。苦しむのは俺だけでたくさんだ。殿下の協力を取り付けられた今、クレイに従う意味はもうない。罪滅ぼしのためにも、俺はキルトに味方する。クレイと……戦う!」
「うん、よく言った。待っていろ、すぐロープから抜け出る。お前はその間に、妹を連れてくるといい」
「え? いや、すぐに拘束を解くが……」
「不要だ。これくらい、全身の関節を外せばすぐ抜け出せる。私の十八番でな、忘年会や新年会で披露すると部下のウケがいいんだ。フン!」
そう言うと、フィリールはゴキゴキと嫌な音を響かせながら全身の関節を外し、蛇のようにするするっとと拘束から脱出する。
曲芸染みた行動に、ドルトは関心するよりもドン引きしてしまっていたが……フィリールが得意気にしていたため、特に何も言わなかった。
「さあ、妹を連れてくるといい。隣の部屋に寝かせているんだろう?」
「あ、ああ。すぐに連れてくる……」
関節を戻しつつ、フィリールはそう口にする。その言葉に従い、ドルトは隣の部屋に行く。妹をおんぶし、戻ってきた。
「恐らく、父上たちがすでに私の捜索隊を結成して動かしているだろう。もしかしたら、キルトたちも動いてくれているかもしれない。森を出たら、案外すぐに合流出来るかもしれないな」
「……そうだと、いいんだが」
二人はログハウスを出て、森の中を進む。クレイへの反逆、その第一歩を踏み出した。




