44話─謎の女ヘルガ
「!? そのデッキホルダー、あなたも……ってあれ? エンブレムが刻まれてない……?」
「ククッ、理由が知りたいか? オレの条件を飲めば、ドルトのことも併せて教えてやるよ」
目の前の獣人がサモンマスターだという事実に衝撃を受けつつ、キルトは違和感を覚える。ヘルガの持つデッキホルダーには、本契約モンスターを示すエンブレムが刻まれていないのだ。
ヘルガは好戦的な笑みを浮かべながら、机に手を置きそう口にする。そんな彼らを見て、周囲にいた冒険者たちがヒソヒソ話を行う。
「おい、マジかよ。あの『一匹狼』のヘルガが自分から絡みに行ったぞ」
「すげぇ……英雄の魅力ってやつか? あのヘルガもメロメロってわけ……ひぃっ!」
「──うるせぇぞ、お前ら。陰でキャンキャン吠えることしか出来ねぇ弱い犬どもがムダ口叩くな。イライラするんだよ」
喧噪が気に障ったのか、ヘルガは首を回して後ろを睨みながらそう呟く。大きな声ではなかったが、ギルド内にいた全員に届いた。
水を打ったように、静寂が訪れる。キルトたちが困惑するなか、先ほどの受付嬢がエルフの女性を伴って戻ってきた。
「お待たせしました、ギルドマスターを……って、何ですこの状況」
「……気にするな。坊や、先約があるんだろ? そっちを済ませてきな。オレはここで待ってるからよ……後でゆっくり話そうや」
「は、はあ……。分かりました。いこ、ルビィお姉ちゃん。エヴァちゃん先輩」
「う、うむ」
「そうね……」
今しがた起きたことを知らない受付嬢たちに案内され、キルトたちはヘルガを残し二階にある応接室へと向かう。
「イレから話は聞きました。何でも、うちのドルトに皇女殿下誘拐の容疑がかかっているとか……。あ、申し遅れました。私当ギルドの統括者であるティミーといいます。以後お見知りおきを」
「こちらこそ。で、その容疑のことなんですが……」
ギルドマスター・ティミーにキルトは昨夜起きた襲撃事件、そしてフィリールの誘拐が起きたこととドルトが犯人だと推測する根拠について話す。
一通り話を聞き終えたティミーは、整った顔に困ったような表情を浮かべる。ギルドの仲間であるドルトを疑いたくないが、話を聞く限り信じざるを得ない。
そんなことを考えているようだった。
「お話は分かりました。あのドルトが、そんなだいそれたことをしでかすなんて……」
「この日記には、彼の苦悩がありありと記されていました。たった一人の妹を病から救うために、お金を得ようと足掻いているドルトさんを……出来れば、僕は救いたい」
「キルト、それは……」
「分かってるよ、お姉ちゃん。でも、ドルトさんだって僕を殺すのは本意じゃないんだ。お金のために、妹のために仕方なく悪に手を染めてしまったんだよ? そんな人を殺すなんて……僕には出来ないよ」
ティミーにそう打ち明けるキルト。ルビィが何か言いたそうに口を開くも、それを遮り己の心情を吐露する。
ドルトが望んで殺しに来ているのであれば、戸惑いなく返り討ちにし殺してしまえる。だが、彼は妹を救うために戦っているだけ。
そんなドルトを無慈悲に殺してしまうことなど、キルトには出来なかった。ルビィとエヴァは顔を見合わせ、ふぅと息を吐く。
「ま、キルトがそうしたいって言うならアタシは従うわ。今回ばかりは、殺しちゃうと寝覚めが悪くなりそうだし」
「皆さん、ありがとうございます。皆さんであれば、お話してもいいでしょう。ドルトはシェンメックの南にある、三等地の住宅街にある集合住宅に住んでいます。住所と行き方を書いたメモをあげますので、活用してください」
「え、いいんですか? ギルドマスター」
「はい。あなた方なら、きっとドルトを悪いようにはしないでしょうから。……同族のよしみで、ついつい彼を庇ってあげたくなってしまいますが……ね。そうも言っていられませんから」
「ありがとうございます。僕からも陛下を説得して、出来る限りドルトさんの罰が軽くなるようにしますね」
キルトやエヴァの言葉を聞き、ティミーは彼らにドルトが住んでいる家の場所を教えた。キルトたちなら信じられる。そう判断してくれたのだ。
キルトはお礼を言い、彼女が書いたメモを受け取った。これ以上の情報は、守秘義務によって話せないとのことで三人は一階に戻る。
「よお。用事は終わったみたいだな。次はオレの番だ……少し付き合えよ」
「付き合うって……ここで話さないんですか?」
「ハッ、オレは騒がしいところが嫌いなんだよ。それと、オレに敬語は使うな。イライラするんだよ、おべっか使われてるようで気に入らねぇ」
「あ、その感覚アタシも分かる分かる」
「同意してる場合か!」
キルトの質問に、不機嫌そうに鼻を鳴らしながら答えるヘルガ。事実、彼女の周りには全くと言っていいほど人がいないので実際に不機嫌なのだろう。
そんな彼女の言葉に同調し、うんうん頷くエヴァ。ルビィがツッコミを入れると、思わずキルトは吹き出してしまう。
「うん、分かったよ。これからはヘルガ……さんって」
「さん付けもいらん。……と言いたいが、お前だけは許してやる。同じ力を持つ者のよしみだ、ありがたく思いな」
「それだったらアタシもそうなんだけど。ま、アタシの方が年上だしわざわざさん付けなんてしないけどねー」
「これ以上の話はここじゃあ面倒だ。ついてこい、馴染みの店に連れて行ってやる」
冒険者ギルドでは出来ない内々の話ということで、キルトたちはヘルガに案内されある場所へ向かう。そこは、帝都の三等地にある寂れた居酒屋だった。
「あの、僕未成年……」
「気にするな、実際に酒を飲むわけじゃねぇ。ここの大将は口が堅い。何をしても見て見ぬふりをしてくれる。だから安心して『密談』に使えるのさ」
口数の少ない中年の男に奥の座敷席に案内されるキルトたち。席に座った後、早速ヘルガが本題を切り出してくる。
「お前ら、ドルト……サモンマスターアーチを探してるんだろ?」
「アーチ……それがドルトさんのサモンマスターとしての名前なんだね?」
「そうだ。昨晩寝る前に、タナトスの野郎から連絡があった。イライラしたぜ、眠るっていう最高の幸福を得るのを邪魔されたんだからな」
その時のことを思い出したようで、またしても不機嫌そうな顔をするヘルガ。が、すぐに元の無愛想な表情に戻った。
「話は聞いていた。皇女を助けたいんだろ、ドルトから」
「うん。この後、ギルドマスターさんから貰ったメモで」
「やめとけ、時間のムダだ。バカ正直に家に戻ると思うか? オレだったら家には帰らねぇ。安全な場所にある『隠れ家』に潜んで様子を見るね」
「なるほど、一理ある。しかし、ドルトには病に苦しむ妹がいるのだろう? それを放っておくことはしないと思うのだがな」
ドルトの家に向かうつもりだと話すキルトを、無意味だと切り捨てる。そんなヘルガに、ルビィは反論するが……。
「ハッ、それこそとっくの昔に『隠れ家』に移動させるさ、オレならな。……そんなドルトの『隠れ家』をオレが知ってると言ったら、お前らはどうする?」
「え? 知ってるの!? ドルトって奴の隠れ家を」
「ああ。二月ほど前……ギルドの指名依頼で無理矢理アイツと組まされてクエストを遂行させられてな。その時に、奴の隠れ家で飯を奢られた」
そこまで話したところで、ヘルガは大将を呼び食事を注文する。せっかくだからと、キルトたちもここで朝食を済ませることにした。
「その時から、奴は隠れ家を変えてねぇ。他にいい場所もねぇし、引っ越しには金がかかる。喉から手が出るほど金が欲しいドルトが、隠れ家を変える選択は取れねぇのさ」
「その隠れ家はどこにあるの? 教えてくれるなら、父上に頼んでお金を……」
「金はいらねぇ。その代わり……オレと戦え。オレは戦いてぇんだよ。冒険者としてでなく、サモンマスターとしてな」
料理が運ばれてくるまでの間に、話を進めるキルトたち。ヘルガが隠れ家の場所を教えるために提示した条件。
それは、キルトとの戦いだった。困ったような表情を浮かべ、キルトはルビィとエヴァの顔を交互に見つめる。
「ああ、安心しろ。今すぐなんてワガママは言わねえよ。皇女を助け出してからでいい」
「そうか、物わかりが良くて助かる。しかし……お前はモンスターと本契約していないのだろう?そんな状態で戦えるのか?」
「出来るさ。オレが貰ったサモンギアは特別製……奴らからすりゃ『失敗作』だがな、オレの気性にゃ合ってるんだ。オレは誰かと組むのが嫌いだ。孤高の一匹狼なんだよ。どこの馬の骨とも知れないモンスターと命を共有するなんざ、こっちからお断りだ」
ルビィの問いに、ヘルガはそう答える。そのどこの馬の骨とも知れないモンスターであるルビィが不機嫌になったのを察したキルトが、慌てて話題を変える。
「あ、じゃあ! そのサモンギア、どんな経緯でタナトスから貰ったのか知りたいんだけど……聞かせてくれる?」
「フン、いいぜ。料理が来るまで時間がかかる、大将はのんびり屋だからな。暇潰しに聞かせてやるよ、オレとタナトスの出会いをな」
そう言うと、頭に生えた狼の耳をぷるっと震わせてからヘルガは語り出す。何故カードデッキを受け取り、サモンマスターになったのかを。




