41話─闇より飛来する殺意
御前試合が行われた日の夜、キルトはルビィ、エイプルと共に帝都の見回りを行っていた。ウォンと別れる前、彼は言った。
まだクレイは、帝都シェンメックに潜伏しているだろうと。キルトもまた、感じ取っていた。帝都全体に漂う、異質な闇の眷属の魔力を。
「これで指名手配の張り紙は全部貼れたかな? エイプルさん」
「はい、この地区の掲示板で最後です。各種ギルドや帝国騎士団にはフィリール隊長が直接話を通しているので、私たちの仕事はひとまずこれで終わりです」
「そうか、ならよい。あまりキルトに夜更かしをさせたくないからな、寝る子は育つと言うだろう?」
三人は、キルトの描いた似顔絵付きのクレイの手配書を帝都のあちこちに貼って回っていた。こうやって危険人物の存在を知らせ、警戒を促しているのだ。
もっとも、これでクレイを捕らえられるとキルトは考えていなかった。相手が魔法で変装していれば似顔絵も無意味だし、そもそも帝都から逃げる可能性もあるからだ。
「しかし、こんなものを貼ったところで意味があるのか? キルトよ」
「もちろん。僕の狙いは、クレイが動くように仕向けることだからね」
ルビィに問われ、キルトは答える。彼には一つの作戦があった。クレイが潜んでいる以上、帝都全域が戦場になりうる。
そこで、キルトは考えた。あらゆる方法で圧をかけて、クレイが何らかのアクションを起こさざるを得ない状況に追い込んでしまおう、と。
「本人が動かなくても、刺客を送り込んでくれるだけで大収穫だよ。何らかのアクションがあれば、僕とエヴァちゃん先輩で痕跡を追えるから」
「なるほど、キルト様は探知能力に長けているのですね! 実に素晴らしいです!」
「……いつからキルトを様付けで呼ぶようになったのだ、お前は。まあいい、意図は分かった。……どうやら、早速乗ってきたようだ」
そう口にした後、ルビィは街灯の光が届かない路地裏の方へと振り返る。建物同士の隙間にある細い道の先から、微弱な殺気が漂ってきていた。
キルトやエイプルが気付けないほどに薄いソレを、ルビィは野生の本能で感知した。キルトを守るように路地の方へ一歩進む。
「エイプル、お前は戻れ。これから戦いになる、枷はいらん」
「お姉ちゃん、そんな言い方は……」
「いえ、いいのですキルト様。サモンマスター同士の戦いとなれば、私は足手まといになるだけ。ならば、ここは退くのみ。エヴァさんに報告してきます。……ご武運を」
ルビィのキツい物言いを咎めるキルトだが、エイプルは怒ることもなく即座に退却していった。彼女自身、理解しているのだ。
自分の力量では、キルトのサポートなど出来ないということを。共に戦っても足を引っ張るだけなら、潔く退くべきだと。
「もー、あんな言い方しなくてもいいのに」
「済まぬな、エヴァと言い争うことか多いからついつい口が悪くなる。……さて、行こうかキルト。あの二件の花屋の間にある路地から殺気を捉えた。行くとしよう」
「え? そうなの? 僕、全然気付かなかった……」
「無理もない、野生の勘で察知したようなものだからな。さ、向こうが仕掛けてこないうちに準備しよう」
「うん、分かった!」
『サモン・エンゲージ』
契約のカードをサモンギアに挿入し、ルビィと融合してサモンマスタードラクルに変身したキルト。闇が支配する裏路地へと、一人足を踏み入れる。
「街灯の光が届かないから暗いね……。不意討ちに注意しないと」
『ふむ、一つ試したいことがある。キルト、君に我の視力を貸せるか実験させてくれ』
「いいよ、僕はどうすればいいの?」
『目に魔力を集めてくれ。上手くいけば、我の目とリンクさせられるはずだ』
真っ暗な裏路地は、ほんの十数センチ先の視界さえ確保出来ないほどの闇に包まれている。そこで、ルビィはある実験を始めた。
より強くキルトと自身を同調させることで、五感を提供出来ないかと考えたのだ。その実験は、数分後には成功していた。
「わっ、凄い! 遠くまでよく見えるよ、これならいつ襲われても平気だね!」
『竜種は夜目が利くからな。これで敵──キルト、伏せろ!』
途端に視界がクリアになり、それまで見えなかった建物の壁や地面に転がる小石などがはっきりと見えるようになった。
キルトが喜ぶなか、何かを察知したルビィが叫ぶ。キルトが従い、身をかがめた直後。進行方向から一本の矢が飛来し、頭上を通過していく。
「あ、危なかった……! ありがとうお姉ちゃん、ちょっと遅れてたらあれにやられてたよ」
『うむ、無事でよかった。どうやら、敵はこちらのことを察知しているようだな。向こうも夜目が利くのか、それとも何らかの探知方法を使っているのか……とにかく、慎重に進もう』
「うん、そうするよ。とりあえず、身を守るものを出してっと」
『シールドコマンド』
一度攻撃が飛んできた以上、いつ次が来るか分からない。盾を呼び出し、身を隠しながら慎重に進んでいくキルト。
少しして、路地の奥からまた矢が放たれる。今度は間髪入れず三本の矢が放たれ、盾に弾かれて地面を転がった。
『やはり、敵は視覚以外の方法で我とキルトの存在を探知しているな。我の視界の範囲内に姿が見えない以上、そう判断するしかない』
「僕もそう思う。お姉ちゃん、殺気の数は増えた?」
『いや、変わらず前方からの一つだけだ。狭い路地だ、前後から挟み撃ちにされたら困るというわけだな? キルト』
「うん。ま、もしそうなったら最悪飛んで逃げればいいけどね。こっちには翼があるし」
『だな。頭の片隅に留めておけばいい程度──キルト、後ろから風切り音だ!』
そう話しながら進んでいたその時、ルビィの耳が捉えた。誰もいないはずの背後から、何かが飛んでくる音を。
キルトは慌てて後ろを向いて、盾を構える。間一髪で、飛来した矢を防ぐことが出来た。
『おかしい、反対側は大通りに繋がっている。そちらにも注意を向けていたが、生き物の気配は一つもなかったぞ』
「……サモンカードを使ってる可能性が高いね。どんなカードかは分からないけど、こっちを挟み撃ちに出来るのは厄介だなぁ」
少し油断していたと、キルトは己を戒める。今、戦局は圧倒的に敵が有利だった。こちらはまだ相手がどこにいるかを把握出来ていないのに、敵はもうそれが出来ている。
闇を味方に付け、一方的にキルトを葬る事が可能な相手に、それも閉所という相性の悪い場所で無策で挑むべきではない。
「ルビィお姉ちゃん、一旦離脱するよ! 力を貸して!」
『分かった、このまま真っ直ぐ上に飛ぶ。空から俯瞰すれば謎の解明に役立つだろう。行くぞ!』
まずは自分たちにとって不利となる裏路地から脱出するため、翼を広げて飛翔するキルト。建物を抜け、月明かりに照らされた夜空へ翔る。
『よし、これで挟み撃ちの危険はなくなったな』
「うん、ここまで来れば矢が飛んできても威力がかなり減退してるだろうしね。へろへろな矢が飛んできたって、怖くもなんとも──!?」
彼らは今、地面からかなりの高さがある地点にいる。建物でいえば、一般的な集合住宅の四階と五階の間くらいの高さだ。
地上からそこへ矢を撃っても、威力が減退して致命傷にはなり得ない……はずだった。だが、遙か下にある地上から飛んできた矢は、速度が一切落ちていない。
弓から放たれた直後の勢いを維持したまま、キルトめがけて飛んできていたのだ。それを盾で防ぎ、キルトはパニックになりそうな心を鎮める。
「一体何がどうなってるんだろう……この謎を解き明かせないと、僕たちに勝ちの目が無いよ」
『今度の敵は、これまでとは別ベクトルで厄介だな。姿無き狙撃手……不気味なものだ』
未だ姿の見えない敵との、夜の攻防が幕を開けた。




