40話─潜み窺う者たち
「敗れたか……俺もまだ、精進が足りないな」
「フシュー? キュルルル……」
「心配してくれているのか? 俺なら大丈夫だ、よく力を貸してくれた。ありがとう、ファンシェンウー」
「クアー」
キルトとの奥義の撃ち合いに負けたウォン。彼の元に、のそのそと本契約モンスター『ファンシェンウー』が近寄る。
二頭の蛇が頭を伸ばし、心配そうにチロチロ舌でウォンの顔を舐める。相棒に労いの言葉をかけ、ウォンは変身を解く。
ファンシェンウーはカードの中に戻り、その場から消えた。
「いい戦いが出来た、例を言うよキルト。俺もまだまだだと、再確認させられた」
「いえ、こちらこそ。純粋な武術だけの戦いなら、こちらに勝ち目はありませんでした。僕も、サモンマスターとしてだけでなく純粋な強さを手に入れないといけないと痛感しましたよ」
キルトも変身を解除し、ウォンの元へ歩み寄る。二人はガッチリと友情の握手を交わし、互いの健闘と実力を讃え合う。
そんな二人に、観客席にいる者たちは万雷の拍手を送る。間近で戦いを見ていたフィリールは、感動で震えていた。
「……私も、サモンマスターになればこんな戦いが出来るのだろうか。魂が歓びに震える、熱い戦いを」
「出来るわ、それはアタシが保証する。……あんた、闇の眷属になる素質あるわね。どう? 転生の儀やってみない? あんたならコーネリアス様も気に入ると思うわ」
「いや、せっかくだが断る。私はヒトのままでいたいからね。今のところは」
「そ。ま、いいんじゃない? それで」
そんな会話をした後、エヴァはキルトを讃えるため彼の元へ走って行く。演習場の中も外も、彼らの戦いの熱気で沸いていた。
「いや、いいものが見られた。シュルム、お前の養子は実に素晴らしい実力を持っているのだな」
「ハッ、お褒めにあずかり光栄です」
「実を言うと、余は少し疑っておった。あの少年が本当に、ミューゼンの街をスタンピードから救ったのかを。たが、こうして自分の目で見てハッキリした。彼の偉業は真実だと」
観客席の一角では、シュルムとマグネス八世がそんな会話をしていた。キルトを褒められ、シュルムはとても嬉しそうだ。
そこから少し離れたところには、エイプルがいる。彼女は感動の涙を流しつつ、あることを考えていた。それは……。
「あんなにも幼いのに、ここまでの強さがあるとは! 彼の強さ、そして愛らしさ! これは国中に布教せねばなるまい。よし、作るぞ……キルト殿を讃えるファンクラブ、いや宗教を!」
情熱のベクトルがねじれまくった結果、変なテンションとの合わせ技でとんでもないことを考えつくエイプル。
のちに、彼女の作ったキルトをご神体とする宗教団体『竜の子を崇める会』が波乱を巻き起こすことになるのだが……この時はまだ、誰も知らなかった。
「キルトー! 無事勝ったわね、偉いわ! ご褒美に先輩からのあっつぅいキッスを」
「我のキルトに近寄るな! この淫魔め!」
「おぶっ! ったいわね、誰が淫魔よ色ボケクソトカゲ!」
「ああっ、ダメだよ二人とも! 皆が見てる前でケンカしちゃ!」
「そうだぞ、どうせ殴り合うなら私を殴れ! 安心しろ、耐久力には自信がある! さあ来い! カモン!」
「うっさいわ! ドMは黙ってなさい!」
「特殊性癖保持者はキルトから離れろ! 変なモノが移ったらどうしてくれる!」
「この罵声……たまらん❤」
キルトに抱き着き、キスをしようとするエヴァ。そんな彼女にルビィが回し蹴りを叩き込んだことで、大喧嘩が勃発する。
止めようとするキルトだが、そこにフィリールが乱入しサンドバッグになろうとする。事態が混迷を極めるなか、一人蚊帳の外なウォンは呆れてしまう。
「……途端に騒がしくなったな。やれやれ、賑やかな奴らだ」
すぐ側で殴り合いの大乱闘をするルビィとエヴァ、そこに飛び込み歓喜しているフィリール。彼女らを見ておろおろするフィルを見ながら、そう呟いた。
◇─────────────────────◇
「……負けたかぁ。使えないわねぇ、ウォンも。まあいいわぁ、残りの三人の協力は取り付けたしぃ。ここからは何とかなるわねぇ。うふふふふ」
演習場の外では、映像を見ていた民衆に紛れる形でクレイがウォンの敗北に失望していた。民衆の熱が冷めぬなか、彼女は一人裏路地に入り込む。
「待っていたぞ、クレイ殿。先ほどまで映像を見ていた。……あの少年がターゲットなのか?」
「そうよぉ、ドルト。今映ってる男の子がキルト。あなた……サモンマスターアーチの標的ってこと。うふふふふ」
路地裏には、フードの付いた灰色のマントを着た年若いエルフの男が待機していた。ドルトと呼ばれたエルフは、フードを被ったまま話し出す。
「……見たところ、まだ十歳くらいじゃないか。妹と同じくらいの歳の子どもを狩るなんて……」
「出来ない、なんて言わないわよねぇ? 忘れたのかしらぁ? あなた、病気の妹を治療するためのお薬を買わなきゃいけないのよねぇ? ん?」
「それは、そうだが……」
「それに、あなたはもう前金とデッキを受け取ってるのよぉ? もし反故にするってことになったら……あなたの妹、どうなっちゃうかしらねぇ?」
「! それだけはやめてくれ! ミーシャはたった一人の家族なんだ!」
「じゃあ、どうすればいいか分かるわよねぇ? 安心しなさい、キルトを狩ったら約束通り残りのお金をあげるから」
ドルトには、妹が一人いた。が、この妹が重い病気を患ってしまい、その治療に莫大な金が必要になったのだ。
親を早くに亡くし、兄妹二人で生きてきたドルトに大金を用意するツテはない。絶望していたその時、彼はタナトスに出会った。
『妹を助けたいのだろ? ならばコレを受け取れ。ヤドカリのモンスター『レールタイバー』を封印したこのデッキを。私の仲間と会い、依頼を達成しろ。そうすれば、お前の妹は救われるぞ』
クレイに脅迫されながら、ドルトはタナトスの言葉を思い出していた。たった一人の家族を救うには、すがるしかないのだ。
地獄の底から現れた死神であろうとも。例え、見知らぬ子どもの命を奪うことになったとしても。
「ああそうそう、言っておくけどぉ。キルトの方に鞍替えしようとしても無意味だからねぇ? 妹のことを話せないよう、呪いをかけてあるからぁ」
「……そこまでして、俺を駒にしたいのか」
「そうよぉ。一人目はあのザマ……ワタシを裏切った挙げ句、腕試しなんて始めちゃってぇ。あいつには後で刺客を送り付けてやるわぁ」
ウォンの裏切りに激怒していたクレイは、彼に制裁を下すことを決めていた。残り二人のサモンマスターには、そちらを任す予定なのだ。
「そんなわけでぇ、あなたには期待してるわぁ。キルトを殺して、首を持ってきてねぇ? トロトロしてると、妹ちゃん死んじゃうかも。アッハハハハハ!」
「……夜には行動を開始する。狙撃の腕には自信がある。……期待、していろ」
心底愉快そうに笑うクレイを、憎悪に満ちた目で睨むドルト。だが、こうなってしまった以上はもう退くことは出来ない。
心の中で涙を流しながら、ドルトは謝罪の言葉を呟く。
「……ごめんな、少年。俺は妹を……ミーシャを守らなきゃならないんだ」
己の持つ倫理観と、家族の命。両方を天秤にかけ、どちらかを選ばねばならない苦悩に苛まれながらドルトは路地裏へと消えた。
「ふふ、いいわぁ。あの悩める顔、見てるだけで濡れちゃう。さぁて、ウォンへの制裁の準備もしなくちゃねぇ? うふふふふふふ」
邪悪な笑みを浮かべ、クレイはポータルを開きその中に飛び込んでいった。
◇─────────────────────◇
「……ルガさん。おーい、ヘルガさーん。いいんですかー? 酒かっ食らって寝てるなんて。外ですんごい映像が見れたようですけど」
「……るせぇな。音が聞こえりゃ十分だ。オレぁオオカミの獣人だぞ? わざわざ見に行くなんざめんどうくせぇンだよ。大勢のヒトに囲まれるとイライラするしな」
演習場から十数メートル離れた通りに、冒険者ギルドの支部がある。皆が御前試合を見に行っているため、その中には二人しかいない。
一人は、運悪く先輩や同僚から仕事を押し付けられてしまった受付嬢。もう一人は、併設されている酒場の一角に陣取る、真っ黒いライダースーツのような衣服を着た女。
浅黒い肌と真っ赤な瞳、そしてぴょこんと犬耳が生えた純白の髪が印象的だ。腰まで伸びた髪は先端が二股に分かれ、毛先は内側へカールしている。
「はあ、そうですか。前から思ってましたけど、ヘルガさんって変わってますよね。誰とも組まずに、ソロ活動でAランクまで登り詰めちゃったり」
「……るせぇな。オレは一匹オオカミ……ザコとつるむのはイライラするから嫌いなんだよ。ただ、まあ……」
「ただ?」
「……あのガキ。キルトとか呼ばれてたな。アイツならよ……オレのイライラを鎮めてくれるかも、な」
獣人特有の驚異的な聴力で、ヘルガは民衆のざわめきを耳に入れず映像から聞こえてくる声だけを的確に拾っていた。
他の種族なら、十メートル以上離れた場所にある演習場近辺の音など拾えない。彼女だからこそ可能な芸当だった。
「あら、珍しい。ヘルガさんが他人を評価するなんて。明日は雪……いや、槍の雨が降るかも?」
「言ってろ。……いいオモチャも手に入ったしな。次は、オレがあのガキを『味見』するのも悪くねえかもしれねぇ。ヒヒヒ」
「はあ……。変なことはしないでくださいよ、最近またBランクのアホたちのせいで肩身の狭い思いしてるんですから」
グラスになみなみと注がれたビールをイッキ飲みしたヘルガは、スーツのジッパーをヘソまで下げて懐から『あるもの』を取り出す。
それは、何のエンブレムも刻印されていない闇色のデッキホルダー。クレイやボルジェイですらも知らない、イレギュラーの産物。
「……明日辺りでいいか。ヒヒヒ、飢えたケモノに目ぇ付けられると大変だってのを……嫌というほど味わわせてやるぜ」
受付嬢に聞こえないよう、ヘルガはデッキホルダーを見ながらそう呟く。キルトの出会いは、まだ終わらない。
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