39話─試合決着
「行くぞ! レイ家流格闘術、甲破正拳突き!」
「はや……うわっと!」
新たな武器を身に纏った直後、ウォンは一気に踏み込み加速する。目にも止まらぬ速度でフィルの懐に潜り込み、拳を突き出す。
回避は不可能……ウォンの神速の一撃を見た誰もが、そう思った。ただ一人、エヴァを除いて。そんななかで、フィルは攻撃を避けてみせた。
「避けたか、今の一撃を」
「ブレスコマンドで動体視力とか瞬発力がブーストされてるからね。ギリギリだったよ、結構」
『今のは冷や汗ものだったな、キルト。あと少し反応が遅れていたら、腹を貫かれるかもしれなかった。まあ、我がそんなことはさせぬが』
エヴァを除く観客たちがどよめくなか、キルトたちはそんな会話を行う。その最中、不意にウォンが拳を突き出した。
キルトの虚を突いた、完璧なる不意打ち。今度こそみぞおちに拳が叩き込まれるだろう……誰もがそう思っていたが、キルトは難なく拳を手で払った。
「危ないなぁ、不意打ちなんてズルいよ」
「相手の隙を突く、それもまた戦術の一つだ。戦いの中では、常に相手の攻撃に注意し……おっと!」
『む、惜しいなキルト。趣向返しは失敗だ』
「うん、残念ざんねん。ま、次からは正攻法でやるさ!」
お返しとばかりに剣を振るうも、ウォンは事もなげに篭手で受け止め弾く。そこからは、言葉を交わすことのない攻防が始まった。
フェイントを交えた正拳、裏拳、蹴りのラッシュを放つウォン。対するキルトは、その全てを剣で、あるいは己の手足で受け止め払う。
「な、なんだ。何が起きてるんだ!? 二人の動きが全く見えない!」
「なんとハイレベルな戦い……少年もだが、あの男もかなり……いや、物凄く強いぞ」
それを見ていた観客たちは、大いに盛り上がる。そんななか、ただ一人エヴァだけは腕を組んで得意気な笑みを浮かべていた。
「ふっ、当然よ。キルトにはアタシの血をこっそり与えてあるんだもの、闇の眷属の身体能力があるんだからそうそう負けないわ」
実は学園時代、エヴァは度々キルトが食事をする際に自身の血を混ぜた飲み物を与えていた。闇の眷属の身体能力は、人間をはじめとした大地の民を遙かに凌駕する。
闇の世界で生きていくためには、彼らに対抗出来るだけの身体能力が必要だった。そのため、エヴァは自分の血を与えることでキルトを強化したのだ。
「強い……! 久しぶりだな、これほどまでに魂が震えるのは。これだけの時間俺と戦っていられたのは、師を除けば君が初めてだ」
「それは……くっ、どうも! 僕も驚いて……はっ! いるよ。サモンマスターになったばかりで、ここまで戦えるなんてね!」
そのキルトの力をもってしても、容易には制圧出来ないほどにウォンは強かった。かれこれ十分近く、二人は攻防を繰り広げている。
大人と子どものスタミナの差がここで出てきたようで、キルトは少しずつ息があがりはじめている。対するウォンは、汗一つかいていない。
『キルト、大丈夫か? そろそろ体力がキツくなってくる頃だろう。……一気に終わらせるか?』
「そう、したいけど……さすがにこんなところでアルティメットコマンドは使えないよ! そんなことしたら、みんな巻き添えにしちゃう!」
ルビィの言葉に、キルトはそう答えながら相手の拳を弾く。観客席から多少は距離があるとはいえど、お互いの切り札がぶつかり合えば何が起こるか分からない。
もし攻撃の余波で観客たちに怪我を負わせるような事態になれば、キルトたちは最悪処刑されることもあり得る。そんな状況で、切り札は切れない。
「とうっ! そろそろお困りの頃ね、キルト! アタシに任せておきなさい、こうやって結界張っておくから!」
「エヴァちゃん先輩! いろいろ察してくれてありがとう!」
「頑丈な結界を三重に張っておいたわ。これでアルティメットコマンドを使っても平気よ! 景気よくぶっ放しちゃいなさい!」
そんななか、キルトの意思を感じ取った……かは定かでないがエヴァが行動を起こす。席から立ち上がり、椅子を蹴って跳躍し下に降りた。
頑強なドーム型の結界を三重に張り巡らせ、観客たちを衝撃から守る準備をしてくれた。キルトはお礼を言い、バックステップでウォンから離れる。
「フィリールっていったっけ、あんたもこっちに来てなさい。もっと下がらないと危ないわよ」
「ああ、分かった。……それにしても、凄いのだな。サモンマスターの戦いというのは。こんなにも……心が躍っている。私も戦ってみたいと、久しぶりにゾクゾクしたよ」
「ふん、こんなもんまだ序の口よ。サポートカードを使ってないし、なにより……これから、ド派手な奥義も飛び出すしね」
子どものような純粋な瞳で二人の戦いを見ていたフィリールは、エヴァにそう語る。一人の騎士として、キルトたちの強さに惹かれたようだ。
そんな彼女の目の前で、キルトは一枚のカードを取り出す。彼の最大の切り札、アルティメットコマンドのカードを。
対するウォンも、デッキホルダーから切り札たるカードを引き抜く。二つの蛇の首を伸ばした亀の絵が描かれたソレを、キルトに見せる。
「これがアルティメットコマンド……これまで使った二枚のカードよりも、より強い力を感じる」
「そうだよ、それが僕たちサモンマスター最大の切り札。最後は……お互い奥義を撃ち合わなきゃ、盛り上がらないよね?」
「……エンターテイナーになったつもりはないが、いいだろう。全力の攻撃には全力の迎撃で応える。それがレイ家の流儀!」
『向こうもやる気だな。いつでもいいぞ、キルト。我はもう準備が出来ている』
「うん、行くよ! これで……この試合を終わらせる!」
『アルティメットコマンド』
言葉を交わした後、キルトとウォンは同時にカードをサモンギアに挿入する。それぞれの鎧から、契約モンスターが姿を現す。
「行くぞキルト! 今回は後ろに下がるから距離を稼げん、その分魔力全開だ!」
「うん! 二人の力を合わせて、いつもより派手に燃えちゃおう!」
今回は天井があるため、好きなだけ上昇することが出来ない。そのため、後ろに下がることに。加速が足りない分、魔力によって炎を激しく燃やし威力を補うことにしたキルトたち。
観客たちが声をあげるなか、ルビィはキルトを抱いて後方へと飛翔していく。
「ギャシャアアアアア!!」
「来たか、ファンシェンウー。見えるか、あれが俺たちの敵だ。迎え撃つ……力を貸してもらうぞ」
「シュァァァ!!」
一方、ウォンの元には亀型のモンスター『ファンシェンウー』が姿を現していた。胴に巻き付く二頭の白蛇の頭が前方に伸び、開いた口から覗く牙が床に食い込む。
ガッチリと蛇の頭が固定された後、大亀は後ろへ跳び頭を甲羅の中に引っ込める。その姿は、巨大なスリングショットのようだ。
ウォンは相棒の身体を飛び越え、亀の頭があった場所に張り付いた。そして、己の身体に魔力を纏わせ黒い結晶へと変えていく。
「行くぞキルト、目標確認!」
「これで終わりだ! バーニングジャッジメント!」
「迎え撃つ……! ギガントシェルキャノン!」
壁際まで下がったルビィは反転し、遠く前方にいるウォンめがけて急加速する。対するウォンは、魔力を流しファンシェンウーに合図を送る。
それを受け取った大亀は、踏ん張っていた四肢の力を抜く。本物のスリングショットのように、砲弾となったウォンが前方に射出された。
「うおおおおおおお!!」
「ハァァァァァ!!」
炎の塊となったキルト、ルビィの両名と黒い結晶に包まれたウォンが激突する。凄まじい衝撃波が放たれ、結界の中を暴れ回る。
「す、凄い……! 奥義のぶつかり合いとは、これほどまでに迫力があるのか!」
「ええ、でも……これは試合で、殺し合いじゃない。だから、二人ともパワーをセーブしてる。じゃなきゃ、とっくに結界をブチ割ってるわ」
目を輝かせるフィリールの横で、エヴァは脂汗を流しながら必死に結界の即時修復を行う。数分に渡る激突の末、ついに決着がついた。
「てやぁぁぁぁぁ!!」
「む……ぬぅぅっ!」
炎の塊が弾け、結晶が砕け散る。ウォンは吹き飛ばされ、地を転がった。彼らの試合、その結果は……サモンマスタードラクルの勝利で幕を降ろした。
「そこまで、試合終了だ! 勝者……サモンマスタードラクル!」
「やったな、キルト! 我らの絆の勝利だ!」
「うん! ありがとう、ルビィお姉ちゃん!」
観客たちの歓声と、万雷の拍手が鳴り響くなかでフィリールが決着を告げた。ルビィはキルトを抱き上げ、嬉しそうに頬ずりをする。
パートナーを労うように、キルトはルビィの鮮やかな赤い髪を撫でるのだった。




